第10章ー76
「……」
沈黙が、わずかに場を満たした。
血に満ちた空間の中、私はベルダンディーの問いを反芻する。その内容は驚くほど単純で、だが――だからこそ、逃げ場のないものだった。
「前々から気になってたんだ。君はどうして、そこまでして吸血鬼族の再興に拘るのかって」
……なるほど。
今、この瞬間にそれを問うか。
正直、予想はしていなかった。だが、同時に納得もする。この男ならば、最後にそれを知ろうとするだろうと。
「……そうだな」
私は一度、ゆっくりと息を吐く。
誤魔化す気はない。偽る意味もない。これが最期になるのなら――なおさらだ。
「私は、ただ憧れていたのだ」
静かに言葉を紡ぐ。
「幼い頃に読んだ、本の中の吸血鬼族に」
記憶の奥底に沈んでいた光景が、鮮明に浮かび上がる。
母に読み聞かせられた物語。そこに描かれていた吸血鬼族は、気高く、誇り高く、そして何よりも強かった。人類とも魔物とも渡り合い、一歩たりとも退かぬ絶対者。
己こそが最強の種であると、疑うことすらしない存在。
――あれが、私の理想だった。
「当時の私には、それがひどく眩しく見えた。滑稽なほどにな」
だが、現実は違った。
私が生まれた時には、そんな吸血鬼族は存在していなかった。誇りは失われ、力も衰え、ただ形だけが残った種族。
その乖離に、私は次第に疑問を抱くようになった。
「最初はただの憧れだった。だが、いつしか……それが本来の姿であるべきだと、思うようになっていた」
言葉を続けながら、自分の手を見る。
この手で、どれほどの選択をしてきたのか。
「誇りを重んじ、他の種族よりも優れた存在であると証明する。それを、思い知らせるべきだと……」
そこで一度、言葉を区切る。
そして、わずかに苦笑した。
「……今にして思えば、呪いのようなものだ。いや、盲信と言うべきか」
あの頃の私は、きっと狂っていた。
理想に囚われ、現実を歪め、自らの正しさを疑うことすらしなかった。
だが――
「それでも」
視線を上げ、ベルダンディーを見る。
「ここまで来てしまった以上、引き返すことはできぬ」
静かに、しかし確固たる意志をもって告げる。
「あのようなことを起こした以上、私は成し遂げねばならぬ。それが、責任だ」
どれほど身勝手であろうと構わない。
そうしなければ、この手にかけてきた者達が――報われない。
「……手前勝手な理屈だという自覚はある。だが、それでも私は進む」
それが、私の贖罪であり、選んだ道だ。
「笑うか?」
自嘲気味に問いかける。
愚かな夢。歪んだ正義。そう断じられても、仕方のない話だ。
だが――
「いや」
ベルダンディーは、あっさりと首を振った。
「子供の頃の夢を追いかけるなんて、素敵じゃないか」
その言葉に、わずかに目を見開く。
「君が責任を背負う必要なんてないさ。僕だって思うところはあったしね。君はただ、その夢を追い続ければいい」
軽く笑いながら、奴は続ける。
「ま、叶うかどうかは別だけどね?」
――やはり。
思わず、息が漏れた。
「……ふっ」
鼻で笑う。
この男は、本当に変わらない。
「んじゃ……そろそろ、お別れといこうか」
ベルダンディーが腰を落とす。
来る。
次で、終わる。
「ああ」
私もまた、構えを取る。
左手を前へ。意識を一点に集中させる。
背後の壁――いや、この結界そのものに干渉し、血を収束させる。魔導結界の維持もかなり限界に近い。これを撃てば恐らく消滅することだろう。
一本。
ただ一撃でいい。
最大、最速、そして――最強の一槍。
残された魔力はわずか。だが、奴のあの鎧を貫くには、この方法しかない。
外せば終わり。
躱されれば敗北。
だからこそ――
「……さらばだ」
「さよなら」
静かに言葉が重なる。
「「親友」」
その一言を合図に。
世界が、動いた。




