第10章ー75
それから、どれほどの時が流れただろうか。
もはやこの空間において、時間という概念は意味を失っていた。仄暗く、血に満ちた“死血の決戦場”。外界との繋がりを断たれたこの閉鎖領域の中で、私とベルダンディーはただひたすらに刃を交え続けていた。
無我夢中――まさにその言葉が相応しい。
思考よりも先に身体が動き、理屈よりも先に血が沸き立つ。互いの攻撃を捌き、躱し、打ち返す。その応酬は、もはや技の応酬というより、本能のぶつかり合いに近い。
だが、決着はつかない。
互いに互いを理解し始めていた。踏み込みの癖、攻撃の起点、視線の揺らぎ――それらすべてを読み合い、先を取り合う。だからこそ致命打に至らない。一進一退。均衡は崩れぬまま、ただ消耗だけが積み重なっていく。
それなのに――
「……」
ふと、奇妙な感覚が胸をよぎる。
――このままでいい。
いや、むしろ。
――このままであってほしい。
そんな思いが、確かに自分の内側に存在していた。
あり得ぬことだ。戦いとは本来、決着をつけるためのもの。終わりを求める行為のはずだ。
だが、私は願っている。この均衡が、この時間が、続くことを。
視線を向ければ、ベルダンディーは変わらず笑っていた。あの時からずっと、狂気じみた歓喜をその顔に浮かべたまま。
――ならば、きっと。
私も同じ顔をしているのだろう。
自嘲にも似た感情が、胸の奥で小さく揺れた。
気付けば、私達の内は闘争心だけでなく、好奇心で満たされていた。相手の限界を見たい。未知の一手を引き出したい。その欲求が、戦いをさらに深く、濃密なものへと変えていく。
発端は仲違いだったはずだ。
だが今は違う。
ただ純粋に――この戦いを、楽しんでいる。
「……まったく」
思わず、かすかな苦笑が漏れる。
奴はともかく、この私がここまで戦いに没頭するとはな。
「ハア……ハア……ハア……」
だが、その時間も終わりを迎えつつあった。
荒くなる呼吸。鈍る動き。視界の端が僅かに暗く滲む。
「ぐっ……!?」
受け損ねた一撃が身体を掠め、私は膝をつきかける。すぐに体勢を立て直すが、もはや誤魔化しは利かない。
限界が近い。
それは、ベルダンディーも同様だった。
魔力が尽きかけている。
本来、我ら魔物は人類とは比較にならぬほどの魔力量を有する。ましてや、私達のような特異な種に至っては、枯渇などまずあり得ぬ。
だが――
これほどの長時間、全力で魔力を消費し続けたことなど、かつて一度もなかった。
回復が、追いつかない。
そして、理解している。
魔物にとって、魔力とは生命そのもの。
それが尽きるということは――死だ。
「ハア……ハア……。ふぅ……お互い、終わりが近そうだね」
呼吸を整えながら、ベルダンディーが言う。
その声音には、恐れも焦りもない。ただ静かな実感だけがあった。
「……そのようだな」
私もまた、短く応じる。
無駄な言葉は要らぬ。
互いに理解しているのだ。
――次の一撃で、終わる。
「なあ、親友。一応聞いておくけどさ。ここで一度見逃して、また今度決着っていうのは……ありかな?」
「ふん」
思わず鼻で笑う。
「そんな興が冷める真似、するわけがなかろう」
この戦いは、ここで終わらせるべきだ。中断など、あってはならぬ。
「だよね。よかった。僕もそういうの嫌いなんだ」
嬉しそうに笑うベルダンディー。
まったく、最後まで変わらぬ男だ。
「やっぱり君が友達で、本当に良かったよ」
「……まだ言うか」
「何度でも言うさ。止めたければ――僕を殺してみな☆」
軽薄な口調。その奥にある本気を、私は知っている。
だからこそ、否定はしない。
――楽しかった。
確かに、そう思う。
この男との戦いは、紛れもなく私の生の中でも指折りのものだった。
だが、それでも。
私の決意は揺るがない。
ベルダンディーを魔王軍へ行かせるわけにはいかぬ。
それは、私という存在の根幹。
吸血鬼族としての誇りが、それを許さない。
「んじゃあさ、最後に一つだけ聞いていいかな?」
「……なんだ?」
静かに問い返す。
その目を見れば分かる。
これが本当に、最後の問いだ。
「君はさ――どうしてそこまで、一族の再興を望むんだい?」




