第10章ー74
「はあっ!?」
「ぐあっ!?」
互いに奥の手を解放した瞬間から、戦いは新たな局面へと突入していた。
私の展開した魔導結界――“死血の決戦場”。この領域において、私はほぼ無尽蔵の再生力を得ると同時に、空間そのものを武器として扱うことができる。壁、床、空間の隙間、そのすべてから血を媒介とした攻撃を放つことが可能だ。
本来であれば、相手を一方的に追い詰めるはずの支配領域。
だが――
その理屈は、目の前の男には通用していなかった。
「ぐっ……!」
気付いた時には、既に懐へと踏み込まれていた。
速い。あまりにも速い。先ほどまでとは比べ物にならぬ踏み込み。反応する間もなく、ベルダンディーの拳が私の腹部へと突き刺さる。
次の瞬間、衝撃と共に身体が宙を舞い、背後へと吹き飛ばされた。
――そして。
視界の端に、自身の肉体に穿たれた“穴”が映る。
「……ッ!」
理解が遅れるほどの威力。痛覚が追いつくより先に、再生が始まる。
だが、ここで止まるわけにはいかない。
吹き飛ばされながらも意識を集中させ、背後の壁へと干渉する。
「――来い!」
直後、壁面から無数の血が噴き出し、鋭利な槍へと変貌する。そのまま一斉に、ベルダンディーへと殺到した。
「ふん!」
だが――
奴は、真正面からそれを迎え撃った。
叩き落とす。弾き飛ばす。薙ぎ払う。
まるで小枝でも払うかのように、血の槍を素手で処理しながら、なおも前進してくる。
――硬い。
あの鎧は、単なる防具ではない。強化された肉体そのものと一体化しているかのような、異常な強度と出力を備えている。
このままでは押し切られる。
「くそっ……!」
即座に次の手を打つ。
今度は足元だ。
「――穿て!」
ベルダンディーの進行方向、その直下の地面から血を噴出させ、槍を生成する。死角からの一撃。さしもの奴も――
「おっと」
寸前で足を止め、後方へと飛び退いた。
「危ない危ない」
軽口を叩きながら距離を取るその姿に、思わず舌打ちが漏れる。
「ちっ……」
余裕綽々。まるで命のやり取りの最中とは思えぬ態度。
こちらは再生を続けながら、ようやく体勢を立て直したというのに。
――甘く見ていたつもりはない。だが、それでもなお想定を上回る。
結界を展開した時点で、流れはこちらに傾いたはずだった。いや、少なくとも拮抗には持ち込めると踏んでいた。
だが現実は違う。
これは優位ではない。
ようやく“対等”に届いた程度――いや、それでもなお、僅かにあちらが上を行く。
「ん~……これだよこれ! 面白くなってきたじゃないか!」
心底楽しげに笑うベルダンディー。その様子が、何よりの証明だった。
奴には、まだ余裕がある。
対して私は、再生を繰り返しながら戦線を維持するので精一杯だ。
「ふん……何が面白いものか」
損傷が修復され、私はゆっくりと立ち上がる。吐き捨てるように言葉を返すが、その声にはどこか熱が混じっていた。
命を削り合う戦いだ。楽しむ余裕など、本来あるはずがない。
「そうかい? でもさ、君――」
ベルダンディーは首を傾げ、不思議そうに私を見つめる。
何を言い出すつもりだ。
警戒と苛立ちが混じる中、奴はあっさりと言い放った。
「笑ってるじゃないか」
「……ッ!?」
一瞬、思考が止まる。
何を馬鹿な――そう言い返そうとした、その時だった。
違和感。
自分の表情に、僅かな引きつりを覚える。
否、引きつりではない。
――上がっている。
口角が。
無意識に。
「……なにを、」
否定の言葉は、最後まで形にならなかった。
視線の先で、ベルダンディーが愉快そうに笑っている。
その姿を見て、理解する。
――ああ、そうか。
私は今、この戦いを。
この極限の状況を。
どこかで“楽しんでいる”。
認めたくはない。だが、否定もできない。
胸の奥で高鳴る鼓動。血が沸き立つような感覚。全身を巡る熱。
それらすべてが、何より雄弁に物語っていた。
「……くだらん」
そう吐き捨てながらも、口元の歪みは消えなかった。
――まったく。
こんなところまで、貴様に似てしまったというのか。
だが、悪くはない。
この狂気じみた戦場で、ようやく理解した。
こいつが、なぜここまで戦いに魅せられているのかを。
「来い、ベルダンディー……!」
血の槍が再び空間を満たす。
次の一撃は、先ほどとは違う。
この昂ぶりを、力に変えてみせよう。




