第10章ー70
「……今、なんと言った?」
自分でも驚くほど低い声だった。
耳に届いた言葉を、脳が拒絶している。聞き間違いであってほしい——そんな浅ましい願いが、わずかに残っていた。
だが。
「僕は魔王側に与する。そう言ったのさ」
あっさりと、否定された。
余計な装飾も、言い淀みもない。まるで既に何度も口にしてきたかのような、淀みのない声音。
……間違いではない。
理解せざるを得ない現実が、そこにあった。
「……何故だ」
喉の奥が軋む。
「貴様ほどの男が、何故奴等につこうというのだ?!」
抑えきれぬ動揺が、言葉に滲む。
目の前にいるのは、誰よりも吸血鬼族らしい男だ。誇りを重んじ、戦いを愛し、何者にも媚びぬ存在。
そんな男が——なぜ。
魔王軍などという“寄生する側”に身を置く?
理解できない。
いや、理解したくない。
「んー……まあ、理由は色々あるけど」
ベルダンディーは、いつも通りの軽さで言葉を転がした。
「一番は——そっちについた方が面白そうだな、って思ったからかな」
「……面白い、だと?」
思わず、聞き返す。
あまりにも——軽い。
この状況において、その理由はあまりにも軽薄すぎた。
「彼等が何度も人類と戦争を起こしてるのは知ってるだろ?」
ベルダンディーは肩をすくめる。
「つまりさ、あっちにつけばいずれ大きな戦場にありつけるってこと。だから僕は、そっちに行くことにした」
「……なるほどな」
短く、息を吐く。
理解はできる。
奴の性質を考えれば、筋は通っている。
戦場を求める。
より激しい戦いを。
より多くの命が交錯する場を。
それが——あの男の本質だ。
「……ならば、あの時はどうだ」
私はさらに踏み込む。
「あの集会で、族長が魔王軍への従属を掲げた時——何故貴様は反対した?」
あの時、奴は確かに私と同じ側に立っていた。
誇りを捨てる行為だと、明確に拒絶したはずだ。
それなのに——
「状況は変わるものさ」
あっさりと返される。
「その時はその時。今は今。君が眠ってる間に、僕も色々考えたってだけだよ」
「……」
軽い。
だが——嘘ではない。
少なくとも、この場において奴は偽ってはいない。
それが、余計に腹立たしかった。
「知ってるかい?」
ベルダンディーは、ふと声音を落とした。
「我々の同族——もう、ほとんど残ってないんだ」
「……」
「君が壊したあの一件が大きいのは間違いないけどさ。それだけじゃない。生き残った連中も、どんどん減ってる」
淡々と告げられる現実。
「優秀な個体なんて、結局一人も現れなかった。今、生きてるのは——たぶん、僕と君だけだよ」
静寂が、重くのしかかる。
「そんな状況でさ、あと何十年、何百年待てば君の理想は叶う?」
問いかけ。
いや——確認か。
「僕はね、こう見えても気が短いんだ。これ以上は待てない。悪いけど——僕は降りるよ」
その言葉に、迷いはなかった。
……なるほど。
ようやく、腑に落ちる。
唆されたわけではない。
取引でもない。
これは——純粋な“選択”だ。
こいつ自身が考え、決めた結論。
「……そうか」
私は、静かに呟いた。
胸の奥で、何かが完全に断ち切られる音がした。
ならば——
もう、言葉は不要だ。
「ならば」
一歩、前に出る。
「今より貴様は、私の敵だ」
視線を真っ直ぐに向ける。
かつての友へ。
「——もう、貴様を友とは呼ばん」
宣言。
それが、決別の証。




