第10章ー67
さらに数日後——私は迷宮から戻り、かつて身を潜めた洞窟へと再び足を踏み入れていた。
薄暗い空間の奥、見慣れた気配が一つ。
「んで、どうだった? 伝説の龍殿にはお会いできたのかな?」
壁に背を預けたベルダンディーが、待ちかねた様子で口を開く。相変わらず気楽な調子だが、その目にはわずかな興味が宿っていた。
「ああ。対面は果たした」
私は短く答える。
「だが、氷漬けの状態だった。傷もまだ癒えていない。万全を期すには、しばらく時間が必要だろう」
「へー……っていうか、本当にいたんだ? 人間の与太話かと思ってたけど。いいな~、それなら僕も一緒に行けばよかったよー」
「……確かに、見目は絵で見る以上に美しかった」
脳裏に、あの姿が蘇る。
銀の鱗。鏡のように光を反射する翼。凍てついた空間の中でなお、神秘性を損なわぬ存在感。
だが——
「戦闘経験は浅い。おそらく、生まれて間もない段階で瀕死に追い込まれたのだろう。知識も不足している」
現実的な評価を下す。
「適切に導けば戦力にはなるだろうが……過度な期待は禁物だ」
「ふーん。そんなもんか」
ベルダンディーは肩をすくめ、あっさりと興味を引っ込めた。
……まあ、こいつらしい反応だ。
だが、私としては収穫はあったと考えている。
戦力として完成するまでには時間がかかる。数百年単位は覚悟せねばならんだろう。
それでも——確実に“芽”はある。
傷が癒えた暁には、こちらに加わると約束も取り付けた。
長期的に見れば、十分すぎる成果だ。
「して、お前の方はどうだった?」
今度はこちらから問い返す。
「戦力になりそうな輩は見つかったか?」
ベルダンディーもまた、この数日、各地を回っていたはずだ。新たな同胞の芽を探すために。
吸血鬼族は、有性・無性の双方で増えるが、それだけではない。濃密な魔力の塊から、自然発生的に生まれる個体も存在する。
だが——それは極めて稀だ。
「いーや。こっちはぜんっぜん駄目だったね」
案の定、彼は苦笑混じりに首を振った。
「そもそも僕らみたいなのがポンポン生まれるわけないし。期待薄だったしね」
「……そうか」
予想通りの結果だ。
やはり、数日で戦力を整えるなど甘い考えだったか。
だが、焦る必要はない。
時間はいくらでもある。
「……そういえば」
ふと、思いついたように口を開く。
「お前は子を持つつもりはないのか?」
ベルダンディーは有性生殖が可能だ。実力も申し分ない。容姿も整っている。
望めば、いくらでも子孫を残せるはずだ。
だが——
「ん? 僕が?」
彼は一瞬きょとんとした後、軽く頭を掻いた。
「んー……考えたことなかったかもなぁ」
あっさりしたものだ。
「女の子が嫌いってわけじゃないけどさ、やっぱり前線で戦ってる方が楽しいし。それに、今さら相手探すにしても……あの時の未亡人たちに手を出すのは、ダンディーに反するからねー」
「……お前の言う“ダンディー”という基準が、私には理解できん」
率直な感想を述べる。
何を基準にしているのか、本気で分からない。
「ええ?! ダンディーかだって?! そうさ! なぜなら僕の名は——ベルダンディ~~~~~~!!!」
「……」
……やはり、意味は理解していないな。
むしろ、わざとやっているのではないかとすら思えてくる。
この妙な聞き間違いも含めて。
だが、今さら矯正する気もない。
「それを言うならさ」
と、今度はベルダンディーがこちらに視線を向けてきた。
「君こそどうなんだい? 自分の強い遺伝子を残したい、とか思わないの?」
「ふん。馬鹿を言うな」
私は即座に否定する。
「貴様も分かっているだろう」
「あっ……そういえば」
ベルダンディーの表情が、ようやく理解に至ったというように変わる。
そう——
私には、その選択肢が存在しない。
何故なら、私には生殖する術がないのだから。




