第10章ー64
「だ、だれか……助けて……」
かつて一族の頂点に立っていた男の口から零れたのは、あまりにも無様な懇願だった。
腰を抜かし、四つん這いになりながら、それでも必死に出口へと這い進もうとする族長。その背中には、先ほどまでの威厳も、傲慢さも、何ひとつ残っていない。
……見苦しい。
そう思った矢先——
「くれま、せ~ん!」
軽薄な声音が割り込む。
次の瞬間。
「ぐえっ!?」
鈍い音と共に、族長の身体が跳ねた。
ベルダンディーの一閃。
それだけで、すべてが終わった。
刎ね飛ばされた首は、空中でくるくると回転しながら弧を描く。その軌道を、彼はまるで最初から分かっていたかのように見据え——落ちてきたそれを、片手で見事に受け止めた。
無駄のない動き。
どこか芸術じみた流れ。
……遊んでいるのか、あいつは。
新しい芸でも試しているかのような一連の所作に、思わず呆れが漏れそうになる。
だが、それでいい。
族長は、これで終わりだ。
残るは——あと一人。
「ベルダンディー」
私は短く呼びかける。
「お前は奴らの首を持って外で待機しておけ。私も終え次第、合流する」
「……オッケー。んじゃ、ちゃっちゃと集めちゃいますかね」
軽く手を振りながら、ベルダンディーは動き出した。
散乱した首を一つずつ回収していく。その意図は、言葉にせずとも理解しているはずだ。
今はまだ再生しないとはいえ、このまま放置すれば、やがて復活する可能性がある。ならば——陽の当たる場所へ運び、完全に消滅させる。
それが、最も確実な処理だ。
任せておけば問題ないだろう。
「……」
私は背を向け、ゆっくりと歩き出す。
向かう先は——ただ一人、椅子に腰掛けたまま動かぬ男。
祖父。
かつて族長に次ぐ存在として、一族を率いた男。
誇り高く、実力も伴っていたと聞く。だが、勇者との戦いで致命的な傷を負い、その力を大きく損なった。
鮮血魔法をもってしても癒えぬ傷。
視力は衰え、戦う力もほとんど残されていない。
それでもなお、生き延びた。
勇者と相対し、生還した唯一の吸血鬼。
……その事実だけで、十分に尊敬に値する。
私にとって、数少ない“認められる”存在だった。
だが——
今は違う。
力なき者に、価値はない。
この世界は、そういう理だ。
いかに過去がどうであれ、今がすべて。
戦えぬ以上——例外はない。
「……のう、ブラムよ」
祖父が、静かに口を開く。
私が近づいたことを、正確に察知していた。
視力は落ち、耳も遠くなっているはずだ。それでもなお、こうして私の位置を捉えているのは——魔力感知か。
……まだ衰えてはいないらしい。
「お前さんは、これからどうするつもりだい?」
その声音は、あまりにも穏やかだった。
まるで、何気ない日常の中で孫に語りかけるかのような——そんな柔らかさすら感じさせる。
状況は、理解しているはずだ。
この後、自分がどうなるのかも。
それでもなお、この落ち着き。
……大したものだ。
問いの意図も、明白だった。
自分を殺した“その先”を、問うている。
「私は——一族を再建する」
私は立ち止まり、人差し指を祖父の眉間へと向ける。
迷いはない。
「弱肉強食の理を貫き、真に強き者だけが生き残る一族を築く」
言葉に、力を込める。
「たとえ何百年かかろうとも——必ず実現してみせる」
それが、私の答えだった。
私の覚悟だった。
「……そうか」
祖父は、わずかに微笑んだ。
否定も、肯定もない。
ただ、受け入れるように。
それだけを残して——
私は、指先に意識を集中させる。
血が集まり、形を成す。
「——【血矢】」
放たれたそれは、父の時と同様、迷いなく祖父の眉間を貫いた。




