第10章ー61
「……愚か者め」
私たちの返答を受けた瞬間、族長の表情が静かに変わった。
先ほどまで浮かべていた焦りも、怒りも、そこにはない。むしろ感情そのものが削ぎ落とされたかのような、冷え切った眼差しだった。底の見えない暗い湖面のように、ただ冷酷さだけを湛えている。
……来るな。
直感が、そう告げる。
「グロス」
「はい」
短いやり取り。だが、それで十分だった。
父は族長の意図を一瞬で理解し、躊躇なく指を鳴らす。
——パチン。
乾いた音が、やけに大きく広間に響いた。
その意味を、理解できぬほど愚かではない。
「ベルダンディー・ダーラッド。ブラム・ブラッドフィールド。貴様らを反逆者と認定し、この場で処分する」
宣告。
それはあまりにも簡潔で、あまりにも一方的だった。
そして——その直後。
重い足音が、いくつも重なって近づいてくる。
扉という扉が開き、城内に控えていた吸血鬼族たちが一斉に雪崩れ込んできた。数秒も経たぬうちに、私たちは完全に包囲される。
……なるほど。
周囲を見渡しながら、内心で冷笑する。
一人一人が、明らかに私たちよりも体格に優れている。筋肉のつき方、重心の低さ、統制の取れた動き。前線で暴れる戦士とは違うが、守りに特化した連中だと一目で分かる。
守備隊。
族長直属の盾。
以前の族長たちは、このような露骨な護衛を持たなかった。力で黙らせる自信があったのだろう。だが、今の族長は違う。
自らの周囲を固め、あらゆる不測に備える。
……徹底しているな。
そこまでして、生に縋りたいか。
「ふっ……今さら命乞いなどしても、もう遅いぞ」
族長は、包囲の外側——安全圏からこちらを見下ろし、鼻で笑った。
その顔には、確信がある。
勝利を疑っていない者の顔だ。
「貴様らは少々図に乗り過ぎた。だが、まあいい。誇りを抱いたまま死ねるのなら、本望であろう?」
……滑稽だな。
心の底から、そう思う。
誇りを捨てた男が、誇りを語るとは。
自らの命を守るために一族を売り渡そうとした男が、よくもそんな言葉を口にできたものだ。
哀れですらある。
「よいか。手心を加える必要は一切ない。容赦なくやれ!」
族長の命令が飛ぶ。
それを受け、守備隊の面々が一斉に気配を変えた。空気が張り詰める。殺意が、目に見えるかのように濃くなる。
だが——
言われるまでもないだろう。
こいつらは、命じられたことを遂行するだけの存在だ。最初から、加減などするつもりはない。
ただの“人形”。
意思なき刃。
「さ~てと。どうしまっしょかね、ブラムどの?」
そんな張り詰めた空気の中で、場違いなほど軽い声が隣から聞こえてくる。
ベルダンディーだ。
ちらりと視線を向ければ、彼は肩をすくめながら、いつもの調子で笑っている。まるでこれから宴でも始まるかのような気楽さだ。
……まったく。
こいつは、本当に変わらない。
「……ふん。決まっているだろう」
私は小さく鼻で笑い、答える。
その際、無意識に拳へと力が籠もった。
抑えていたはずの感情が、滲み出ているのが自分でも分かる。
怒りだ。
族長に対して。
この状況に対して。
そして——この場にいる“全て”に対して。
だが、不思議と頭は冷えている。
やるべきことは、明確だ。
迷いはない。
「我ら吸血鬼族の誇りを捨てた愚者共——」
ゆっくりと息を吐き、私は前を見据える。
包囲する守備隊。その向こうで、嘲笑を浮かべる族長。
すべてを視界に収めながら、言葉を紡ぐ。
「——全員、皆殺しだ!」
その宣言と同時に、場の空気が弾けた。




