第10章ー60
「いつにも増して見事な腕前だな。流石だ」
円卓の中央に転がるゴブリンの生首を一瞥し、私は率直な感想を口にした。皮肉でも嫌味でもない。純粋な評価だ。
「でしょ~? 今日は調子よかったみたいだ。これなら、あと数分は持つだろうね」
ベルダンディーは相変わらずの軽さで応じる。まるで些細な余興でも披露したかのような口ぶりだが、その実、やっていることは常軌を逸している。
本来、魔物は死ねばその肉体を保つことはできない。核を失った時点で存在を維持できず、霧散する。それがこの世界の理だ。
だが、ベルダンディーは例外だ。
鮮血魔法——血を媒介とするその異質な術式を極めた彼は、死体の一部を一時的にこの世へ繋ぎ止めることができる。理屈は聞いたことがあるが、理解には至っていない。
正直、私には到底真似できる領域ではない。
そもそも、あそこまで精緻に血を操れる者など、この一族でも彼くらいのものだろう。もっとも、維持できる時間は本人の状態に依存するらしく、今のように「あと数分」と軽く言えるのは、調子が良い証拠なのだろうが。
一見すれば、無意味な曲芸に近い。
だが——こうして実物を突きつけられれば、その評価は一変する。
視覚的な威圧。現実を突きつける証明。言葉よりも雄弁に、状況を語る材料。
少なくとも今、この場においては、これ以上なく効果的だった。
事実、それによって——
「……ベルダンディー。貴様、よくも……」
族長の“化けの皮”は、見事に剥がれ落ちた。
怒りと焦燥が入り混じった表情で、彼は身体を震わせながらこちらを睨みつけている。先ほどまでの余裕は跡形もない。計画が崩れたのだ。無理もない。
今回の一件で、この男は魔王軍からの信頼を大きく損なったはずだ。少なくとも、しばらくの間は接触すら叶わないだろう。使いとして送り込まれた魔物を、こうして無残な形で失ったのだから当然だ。
信頼とは、一度崩れれば容易には戻らない。
ましてや、相手が魔王軍ともなれば尚更だ。
……自業自得だな。
胸中で冷ややかに断じながら、私は視線を隣へと移した。
「なあ、ベルダンディー。今回の議題、貴様はどう考える?」
あのゴブリンを始末したのは、あくまで偶然のはずだ。彼が族長の思惑を知った上で動いたとは考えにくい。だからこそ、確認しておく必要があった。
この場において、彼がどういう立場を取るのか。
「魔王軍に与するって話だっけ? うーん……そうだね」
いつもの調子で返しつつも、ベルダンディーはわずかに視線を落とし、思考を巡らせる。軽薄に見えて、その実、要所ではきちんと考える男だ。
そして——
「僕も、やっぱ反対かな」
あっさりと、だが迷いなく答えた。
……やはりな。
内心で頷く。予想通りの答えだった。
ベルダンディーは、この場にいる誰よりも“吸血鬼族らしい”男だ。誇りを重んじ、束縛を嫌い、力で道を切り開く。その在り方は、良くも悪くも純粋だ。
だからこそ、他者の傘下に入るなどという選択を、受け入れるはずがない。
「き、貴様らが反対したとて、決定権は私にある! 結論は覆らん!」
族長が声を荒げる。余裕を失った声音。だが、それでもなお引き下がる気はないらしい。
「今回は一足遅かったが、奴等に取り繕う術はまだある。……二人とも、私に従えば今回の無礼、水に流してやっても構わんぞ?」
……懐柔か。
いや、半ば脅しだな。
言外に含まれた意味は明白だ。
——従わなければ、どうなるか分かっているな?
その圧が、空気を通してひしひしと伝わってくる。
ふと、横から突き刺さるような視線を感じた。
父——グロスだ。
その目には、もはや情など欠片もない。ただの敵を見るそれだ。血の繋がりなど関係ないと言わんばかりの、露骨な殺意。
……大したものだ。
実の息子にここまで敵意を向けられるとは、ある意味では感心すら覚える。
だが——それで怯む理由にはならない。
私はゆっくりと、ベルダンディーへと視線を向けた。
彼もまた、同じようにこちらを見ている。
言葉は交わさない。
だが、それで十分だった。
考えていることは同じだと、理解できる。
迷いはない。
「「断る!!」」
次の瞬間、私たちの声は、寸分違わず重なった。
それが、答えだった。




