第10章ー59
「ベルダンディー!? 貴様、会合の時間はとっくに始まっておるぞ! 遅参した者が、どの口で異論を唱えるつもりだ?!」
族長の声には、露骨な動揺が滲んでいた。無理もない。あれだけ場を威圧し、反論の芽を摘み取った直後に、まったく臆することなく異を唱える者が現れたのだ。
しかも、それが——ベルダンディー。
「つれないなー。議論ってのはさ、お互いの意見をぶつけ合う場だろー? 遅れたのは悪かったけど、参加くらいはさせてくれよー。なにせ、いつもの連中が来ててさ、追い返すのに手間取ったんだからー」
飄々とした口調。場の空気など意に介さぬ態度。まるで散歩の途中で立ち寄ったかのような気軽さで、彼は円卓の間へと踏み込んでくる。
「なっ……なんだと?! 貴様、何をしたと言うのだ!」
族長の顔が引き攣る。その反応を見て、私は確信に近い予感を抱いた。
——やはり、来ていたのか。
「ほい。これ、お土産~」
軽い調子で、ベルダンディーは何かを放り投げた。
どしゃり、と湿った音が広間に響く。
自然と視線が集まる先——円卓の中央に転がっていたのは、血に濡れた異形の首だった。
ゴブリン。魔王軍の尖兵として知られる下級魔物。
その生首だ。
「ひっ……!?」
短い悲鳴があがる。主に女たちだ。普段、籠の中で男たちの相手をすることが役割の彼女らにとって、このような光景はなじみが薄いのだろう。だが、それだけではない。数人の男たちですら、顔を強張らせていた。いかに戦いに慣れた種族といえど、不意に突きつけられる“現実”には、抗い難いものがある。
だが——
「……なるほどな。そういうことか」
私は、動じなかった。
むしろ、胸の中にあった靄が晴れていくのを感じていた。
すべてが繋がる。
族長が異様なまでに結論を急いでいた理由。威圧によって意見を封じた理由。そして、この場に現れた“使い”の痕跡。
魔王軍からの接触は、すでに始まっていたのだ。
おそらく、あのゴブリンどもは交渉、あるいは圧力のために送り込まれた存在。ベルダンディーはそれを排除して、ここへ来た。
つまり——族長は、あれが到着する前に話をまとめてしまいたかったのだ。
最初から、議論などする気はなかった。
皆の意見を聞くつもりなど、微塵も。
……やはりか。
内心で冷笑する。
この男は、随分前から魔王軍と繋がっていたに違いない。これまで吸血鬼族が勧誘を拒み続けていたのは、族長以外の意志によるものだったのだろう。かつては同世代の者も多く、互いに牽制し合うことで、軽率な決断は抑えられていた。
だが今は違う。
族長は最年長——それが暗黙の了解として絶対視されるこの一族において、彼に真っ向から意見できる者はいない。
抑止力は消えた。
だからこそ、今に至る。
……黒だな。
疑念は確信へと変わった。
「やっほー。調子はどうだい、ブラムー?」
不意に、背後から陽気な声がかけられる。
振り返らずとも分かる。この場において、こんな軽口を叩けるのは一人しかいない。
「……少し気が晴れた。お前は相変わらずのようだな、ベルダンディー」
肩越しに振り返り、短く応じる。先ほどまで胸を苛んでいた不快感は、確かに薄れていた。真実が見えたことで、迷いが消えたのだろう。
それに——
わずかながら、感謝もしていた。
「え? ダンディだって?! そりゃあそうさ! 何せ僕の名は——そう! ベルダンディ~~~~~~!!!」
「……」
……撤回しようか。
彼はなぜか私の言葉を都合よく聞き違え、その場でくるくると回転し始めたかと思えば、意味不明なポーズを決めて高らかに名乗りを上げた。
場違いにも程がある。
緊迫した空気などどこ吹く風。いや、むしろ壊しに来ているとしか思えない。
だが——それが、ベルダンディーだ。
昔から変わらない。
戦場では誰よりも鋭く、苛烈でありながら、ひとたび日常に戻ればこの調子。常識の枠に収まらない奔放さこそが、彼という男の本質だった。
……そして。
その“ノリ”だけは、どうにも気が合わない。
私は小さく息を吐き、額を押さえた。
だが不思議と、それも不快ではなかった。




