第10章ー58
「さっきからガキのような戯言ばかり言いよって。いい加減大人になれ、ブラムよ」
低く押し潰すような声だった。先程までの取り繕った宥め口調は消え失せ、まるで聞き分けのない子供を叱るかのような響きへと変わっている。
「……」
言葉を返す代わりに、私はただ黙して族長を見据えた。その目の奥に潜むものを探るように。
違和感が、胸の奥に引っ掛かって離れない。
本当にこの男は、一族の存続を案じているのか?
もし絶滅を恐れているのなら、やりようはいくらでもあるはずだ。人目を避け、影に潜み、ひたすらに数を増やせばいい。吸血鬼である我らに老衰はない。時間は無限に等しい。ならば、争いを避け、静かに血を繋ぎ続ける道こそ最も確実なはずだ。
それなのに——なぜ、わざわざ魔王軍に与する必要がある?
思考を巡らせるほどに、ひとつの結論が嫌でも浮かび上がってくる。
この男が恐れているのは、一族の滅びではない。己の死だ。老衰はないとはいえ、戦いになれば死ぬリスクもある。特に人類には勇者という厄介な存在がいる。
その可能性が脳裏をよぎった瞬間、背筋に冷たいものが走った。
まさか……。
「グロス。一人っ子とはいえ、少し甘やかしすぎたのではないか?」
族長は興味を失ったかのように私から視線を外し、隣に控える父へと話を振った。
「はっ。申し訳ありません」
父は即座に頭を垂れる。反論の素振りすら見せない。いつものことだ。族長の言葉は絶対であり、それに従うことが彼にとっての全てなのだろう。
……私に対しても同じだ。
関心など微塵もない。ただ血が繋がっているというだけの存在。吸血鬼族において親子の情など希薄なものだが、それにしても徹底している。上に従うための駒。あるいは、命じられた通りに動くだけの人形。
そんなものに、私はなりたくはない。
「では、他に異論はないようだし、今回の議論は可決ということで——」
族長が淡々と結論を告げようとする。
「なっ!? 待て! まだ誰も納得してなど——」
思わず声を張り上げる。だが、その言葉を最後まで言い切ることは叶わなかった。
「結論はとうに出ている。そうであろう、皆の者?」
場を制する一言。
重く、圧し掛かるような威圧が広間を満たす。視線を巡らせれば、誰もが口を噤み、息を潜めていた。反論するどころか、声を発することすら許されていないかのようだ。
沈黙。
それが、この場における唯一の“同意”として扱われる。
「うむ。やはり異論はなし! では、これから我々吸血鬼族は魔王軍の傘下に——」
「貴様! さては一族のことなど微塵も考えてはおらぬな!? もしや奴等と交渉し、己の保身を担保したのではあるまいな……!」
堪えきれず、私は叫んでいた。
胸の奥で燻っていた疑念が、怒りとなって噴き出す。もはや黙って見過ごすことなどできなかった。
「ブラム!」
鋭い怒声が飛ぶ。父——グロスだ。席を蹴るように立ち上がり、私を制止しようとする。
だが、構うものか。
ここで引き下がれば、全てが決まってしまう。この男の思惑通りに、一族は利用され、やがては食い潰されるだろう。
そんな未来を、認めるわけにはいかない。
さらに言葉を重ねようとした、その時だった。
「おやおやおや。族長殿、いささか結論付けるのが早過ぎではありませんか?」
場違いなほどに軽やかな声が、静まり返った広間に響いた。
「ッ!? 貴様は……」
族長の顔色がわずかに変わる。
私もまた、その声の主へと視線を向けた。
そこに立っていたのは——かつての友。
ベルダンディーであった。




