第10章ー57
「なっ!? 魔王軍と?!」
「本気、なのか……?」
「……」
族長の口から放たれた一言は、場の空気を一瞬で凍りつかせた。
誰もが言葉を失い、動揺を隠しきれていない。
ざわめきすら生まれない静寂。
それほどまでに、その宣言は衝撃的だった。
――魔王軍の傘下に入る。
その意味を理解できぬ者など、この場には一人としていない。
かく言う私も、内心では決して穏やかではなかった。
吸血鬼族は孤高の一族。
他の種族に媚びることも、従うこともなく、独立を貫いてきた存在だ。
その戦闘能力は魔王軍にも匹敵する。
いや、条件さえ整えば凌駕することすら可能だと、私は確信していた。
事実、これまで何度か魔王軍からの勧誘はあった。
だが、その全てを退けてきた。
時には返り討ちにすらして。
それが我らの誇りだった。
魔王すら恐れぬ、至高の種族。
それこそが吸血鬼族であるべき姿だと、私は疑っていなかった。
――それなのに。
「……ふざけるな!」
気づけば、怒声が喉を突き破っていた。
抑えるつもりなどなかった。
抑えられるはずもなかった。
「我らは誇りある吸血鬼族だ! どこにも与せず、第三の支配権を担う存在である我々が、魔王の下に付くだと?! 冗談も大概にしろ!!」
怒りの矛先を、真正面から族長へと叩きつける。
この世界の主導権は、三つに分かれている。
人族。
魔族。
そして――吸血鬼族。
その均衡の中で、我らは独立した立場を築いてきた。
それを、自ら崩すなど愚の骨頂。
主導権を放棄し、他種族の配下に成り下がるなど、到底受け入れられるものではない。
「……ブラム。貴様の言い分も分からなくはない」
族長は、静かにそう言った。
声には怒りも焦りもない。
むしろ、どこか諭すような響きすらある。
「事実、私も若い頃は同じ考えを抱いていた。それが正しいと、疑いもせずにな」
――同調か。
まず私の意見を認め、懐柔しようという腹か。
浅ましい。
そう思った瞬間、次の言葉が続いた。
「だがな。長く生きて、ようやく理解したのだ。我ら吸血鬼族は……頂点に立てる存在ではない」
「……なに?」
一瞬、思考が止まる。
今、こいつは何と言った?
「日も浴びられぬ我らは、所詮“日陰者”。この世界を真に支配することは叶わぬのだ」
――言い訳だ。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に冷たい怒りが広がる。
「それがどうした?」
私は即座に言い返した。
「昼が無理なら夜を支配すればいい。闘の時間においては、我らの独擅場だ。眠りにつく愚かな連中を蹂躙すれば済む話だろう?」
夜。
それは我らの領域だ。
多くの生物は夜に弱い。
ならば、その時間を制すればいい。
人族など、夜襲を仕掛ければ容易に壊滅する。
魔族とて例外ではない。
奴らの多くは日中に活動する。
夜を支配されれば、恐怖に怯え、眠ることすらできなくなるだろう。
やがて疲弊し、日中の活動すらままならなくなる。
――そうなれば、世界は我らのものだ。
それこそが、最も合理的な支配の形。
私はそう確信していた。
「……ブラム」
族長が、深く息を吐く。
そして――
「お前は世界を軽く見すぎている」
静かに、だが断定的に言い放った。
「そんなことが可能なら、とっくの昔に誰かがやっておるわい。加えて、我らは数が少なすぎる。夜を制したところで、昼に動ける連中からすれば格好の的よ」
「……」
言葉を返そうとして、僅かに詰まる。
「世界を牛耳るには、力だけでは足りん。数も、持続力も必要だ。我らにはそのどちらも欠けておる」
淡々と突きつけられる現実。
「いいか、ブラム。我らが生き残るためには“共存”が必要不可欠だ。人間とは相容れぬ以上、選択肢は一つ。魔物を統べる王――すなわち魔王の下につくのが、最も合理的なのだ」
――要するに。
こいつは恐れているのだ。
滅びを。
吸血鬼族がいずれ淘汰される未来を。
その恐怖が、この決断をさせた。
一族を背負う者としての判断。
それは理解できる。
理解は、できるが――
「……それでもだ」
私は食い下がる。
引くわけにはいかない。
「我らは高貴にして至高なる吸血鬼族だ。その誇りを捨ててまで生き延びるなど――死んだも同然だろうが!」
誇りなき生など、無価値だ。
そう言い切るつもりだった。
だが。
「ハァ……」
族長は露骨にため息をついた。
そして。
「いい加減にしろ、ブラム」
心底呆れたような声音で、私の言葉を切り捨てた。
その一言が――
何よりも強く、私の神経を逆撫でした。




