第10章ー56
三百年ほど前。
私はブラッドフィールド家の一人息子として、この世に生を受けた。
我ら吸血鬼族は、魔物の中でも極めて稀有な特性を持つ種族である。
それは、子孫を残すことができるという点だ。
多くの魔物が繁殖という概念を持たぬ中、我らは例外だった。
しかもその方法は一つではない。
無性生殖と有性生殖、その両方を併せ持つ。
この世界広しといえど、この二つを同時に有する種族は、我らの他には存在しないだろう。
それほどまでに、我らは特異であり、そして優れた存在だった。
……だが。
その優位性も、ある一点において大きく損なわれる。
太陽。
その存在ゆえに、我らは活動の場を制限されていた。
陽の光を浴びることは死に直結する。
ゆえに我らは、薄暗く湿った土地での生活を余儀なくされていた。
地下。
洞窟。
あるいは森の奥深く。
本来であれば、高貴たる我らが身を置くにはあまりにも相応しくない場所。
だが、太陽を避けねばならぬ以上、それもやむを得ない。
誇り高き種族でありながら、光を拒まれ、闇に縛られる。
――なんとも歪な話だ。
それから百年程の月日が経ち、そんな生活が当たり前となっていた頃。
ある日のことだ。
私は、定期的に開かれる一族の集会に参加していた。場所は歪な形をした城。そこに円卓を囲うように集められた者達が次々と座っていく。
集会はおよそ三十名ほどで構成される。
出席するのは、長きにわたり一族を率いてきた老人たちと、その血を引く者たち。
加えて、実戦経験が豊富な武闘派が数名。
そのような構成で成り立っていた。
ブラッドフィールド家は前者に属する。
この場にいるのは、祖父、父、そして私の三名。
母も存命ではあったが、このような場に呼ばれることはない。
というより――
女は基本的に排除されている。
例外があるとすれば、族長の妻や娘。
あるいは、族長に気に入られた愛玩の女くらいなものだ。
実際、今この場でも。
族長の両脇には、露出の多い服装をした女が二人、恥じる様子もなく身体を寄せている。
その光景を、妻も娘も黙って見ているだけだ。
止めることなどできない。
男尊女卑。
それが、この一族の絶対的な掟であるがゆえに。
逆らえばどうなるかなど、言葉にするまでもない。
「皆の者、集まったな」
やがて、族長が口を開いた。
低く、重々しい声。
「これより会合を執り行う。今回は我ら吸血鬼族にとって重要な議題がある。心して聞くがよい」
場の空気が僅かに張り詰める。
だが。
次に続いた言葉に、私は内心で舌打ちした。
「我ら吸血鬼族は、これまで誇りを持って独立を貫いてきた。ワシもまた、その誇りと共に生き抜いてきた一人である」
……始まった。
老人特有の、過去の栄光に縋る語りだ。
誇りだの、伝統だの。
聞き飽きた言葉ばかりが並ぶ。
今のこの男からは、そのどれもが感じられないというのに。
威厳もなければ、気高さもない。
あるのはただ、欲望に忠実な老いぼれの姿だけだ。
――老害。
その言葉が、これほど似合う存在もいないだろう。
こんな者が、一族の頂点に立っている。
そう思うだけで、反吐が出そうになる。
……さて。
そんな落ちぶれた老いぼれが語る「重要な議題」とやらは、いったいどれほどのものか。
くだらぬ内容であれば。
この場で首を落としてやるのも一興か。
そんなことを、冗談半分で考えていた。
その矢先――
「だが、それも最早限界がきた」
族長の声色が変わった。
わずかに。
ほんのわずかに、だが。
先ほどまでの虚飾に満ちた響きが消えた。
そして。
次の言葉が放たれる。
「よって、我ら吸血鬼族は――『魔王軍の傘下』に加わることを決定した」




