第10章ー44
「――抜刀。土蜘蛛」
その言葉と同時に、小娘はゆっくりと魔剣を引き抜いた。
「ぐっ……!? う、ぅ……」
再生の最中だった私の胸へ、ためらいなく刃が突き立てられる。
同時に、小娘の髪と瞳が茶色へと変化していくのが視界の端に映った。
また別の能力か。七つの力を宿す魔剣――やはり厄介だ。
刃が肉を裂く感触とは、明らかに違う。
胸の奥へと流れ込んでくるのは、粘度を持った“何か”。
刃物ではない。
血でもない。
――毒だ。
瞬間、体内に異変が走った。
全身が、内側から締め付けられるように痺れていく。
神経を撫で回されるような不快な感覚が、血管に沿って拡がる。
致死毒ではない。
殺すための毒ではなく――動きを奪うための、麻痺毒。
「がっ……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
思わず叫び声が漏れる。
指先に力を込めようとするが、まるで他人の身体のように反応しない。
頭部と胴体を繋げようと伸ばしていた血管も、うまく制御できずに震えるばかり。
再生が、阻害されている。
――強力だ。
普通の魔物であれば、これだけで意識を失っていてもおかしくはない。
小娘、なかなかに的確な一手を打ってきたものだ。
「ぐっ……! うぬあぁぁぁぁぁ!!」
だが、私は歯を食いしばる。
これしきで、戦闘不能になるほど――
我ら吸血鬼族は、脆弱ではない。
力尽くで毒に抗うのではない。
私は、“構造”を理解している。
私の魔法は、血を操る魔法。
そして今は、魔導結界が展開されている。
――つまり。
この空間に存在する、ありとあらゆる血液。
それは全て、私の支配下にある。
「ふ、旧き血よ、失せろ。新しき血よ、満ちろ」
詠唱と同時に、結界内の血がざわめき始める。
壁、床、空気中に滲む血液が、一斉に私へと引き寄せられていく。
「我は死を……踏み台に、なお立たせん」
自身の体内に残る血を、強制的に排出。
そして、新たな血を“注ぎ込む”。
「――【血骸再構】!」
「なっ……!?」
小娘が息を呑むのが分かる。
私の肉体が、今にも爆ぜそうなほど脈動を始める。
全身の血が、一斉に入れ替わるのだ。
危険でないはずがない。
だからこそ――小娘は判断を誤った。
爆発を警戒し、刀を引き抜き、距離を取る。
賢明な判断だ。
だが、遅い。
仮に爆発していたとしても問題はない。
魔導結界がある限り、血は無限に湧き続けるのだから。
「はあ……はあ……」
全ての血を吐き出し、新たな血で満たされた私は、ゆっくりと立ち上がる。
呼吸は荒いが、それも一時的なもの。
「……ふう」
腕を軽く動かす。
痺れはない。
違和感も消えている。
魔法は、完全に成功した。
「さて……」
私は視線を上げ、小娘を見据える。
先ほどまでの勢いは消え、明らかに動揺している。
時間は多少、食われた。
だが――問題ない。
「そろそろ、貴様との戯れも終いにしようか」
茫然と立ち尽くす小娘に向け、私は告げた。
――ここからは、本番だ。




