第10章ー43
「……な、ぜだ?」
宙を舞う最中、思考よりも先に言葉が零れ落ちた。
理解が追いつかぬ。
なぜ小娘は無事で、私の首が斬られている。
確かに、私は見抜いたはずだ。
小娘は地に潜み、私の影へと隠れた――そう、思っていた。
「どうやら、思い違いをしていたようでござるな」
地に転がった私の首を見下ろしながら、小娘は淡々と語り出す。
その声音には、勝ち誇りも、慢心もない。
「……なに?」
問い返した私に、小娘は刀を収めながら続けた。
「影法師の能力は、拙者自身を影へと変換する力。魔力は分散されるが、分裂させることも可能でござる」
「――ッ!?」
言葉の意味を咀嚼した瞬間、思考が硬直する。
「つまり、お主が攻撃していたのは――紛れもなく、全て拙者本体でござるよ」
……馬鹿な。
私の視界を埋め尽くしていた、あの十体近い影。
あれが全て、同一存在――小娘自身だったと?
では、私に斬りかかってきた影も。
私の死角を衝いた影も。
囮と見なしていた影も。
全てが“本体”。
「……なるほどな」
理解と同時に、苛立ちが込み上げる。
魔力を感知できなかった理由も、これで説明がつく。
分散され、薄まり、周囲の影と同化することで、存在そのものを曖昧にしていたのだ。
やつ自身の魔力も、魔剣の魔力も――
“一体”として捉えようとした私の感知では、見逃すのも無理はない。
「だが、この力は長時間使えば元に戻れぬ危険がある上、決め手にも乏しい。ゆえに、あまり使う機会はござらんかった」
小娘は静かに語る。
「拙者の性にも合わぬ、小細工でござるしな。だが――時間稼ぎには打ってつけでござろう?」
「……」
時間稼ぎ。
その言葉に、胸中で何かが冷えた。
なるほど。
この女の狙いは最初から一つ。
己が勝つことではない。
小僧に“猶予”を与えること。
誇りも、信条も、一時的に脇へ捨て、役割に徹する。
己が斬られる可能性すら織り込んだ上で。
「……くだらぬ」
気づけば、私は吐き捨てていた。
人間とは、かくも脆弱な生き物か。
自分では勝てぬと悟った途端、誇りすら投げ捨て、命と仲間の可能性に賭ける。
実に――滑稽だ。
確かに、小僧には多少の才はある。
だが、それだけで勝機を見出したつもりなら、愚行もいいところ。
「ぐっ……!?」
失望と共に、私は再生へと意識を切り替える。
血管を伸ばし、首と胴を繋げる。
吸血鬼族にとって、首の切断など致命ではない。
この程度で終わるなど――
断じて、あり得ぬ。
教えてやろう。
我ら吸血鬼族の、本領というものを。




