第10章ー42
天井から降り注ぐ無数の血の槍が、空間を覆い尽くす。
狙いは一つ。
小娘の生み出した影の群れ。
上方から、逃げ場を塞ぐように叩き潰す。
隠れようが、散ろうが関係ない。大量の攻撃を浴びせれば、影であろうと無傷では済まぬ。
そう――思っていた。
「なにっ……!?」
影は確かに貫かれ、裂かれた。
だが、次の瞬間、まるで水面が元に戻るように、分断された影が再び繋がり、元の姿へと復元されていく。
消えぬ。
何度壊しても、消えぬ。
「……ちっ」
思わず、舌打ちが漏れた。
どういう理屈だ。
再生ではない。私のそれとは根本的に違う。
(解除条件があるのか……?)
小娘が刀を抜いている限り、影は存在し続ける。
つまり、影をいくら潰そうが無意味。斬るべきは“本体”。
しかも厄介なのは、私と違い――
“複数を同時に相手にしなければならぬ”点だ。
影の圧力そのものは致命ではない。
だが、視界、判断、魔力操作を確実に削ってくる。
「どこだ……!」
私は即座に魔力感知を展開する。
空間に満ちる魔力の流れを、強引に掴み取る。
近距離に薄い魔力反応が複数。
これは影のものだ。
少し離れた位置に、比較的高い魔力量が一つ。
赤髪の小僧だな。
さらに、散発的に四つほど。
有象無象の小物ども。脅威ではない。
――だが。
ない。
肝心の、小娘の魔力が。
(馬鹿な)
魔剣を使っている以上、魔力は隠しようがないはず。
あれは異質な魔力を放つ。抜刀していれば、漏れ出ぬ方がおかしい。
見逃すはずが……。
「……ッ」
その時、脳裏に一つの可能性が過ぎった。
エイシャ。
あやつも、影魔法の使い手だった。
ずる賢く、狡猾で、魔力の在り処すら欺く存在。
――地と一体化した場合に限り。
「……そこかぁ!!」
思考が結論に至った瞬間、私は振り返り、自身の影へと拳を叩きつけた。
逃げたつもりか、小娘。
私の影に潜み、時間が経つのを待つ算段だったか。
愚かだ。
魔導結界下では、地そのものが私の支配領域。
どれほど潜ろうと、外へは出られぬ。
「逃げ切れると思うなよ……!」
怒りを乗せ、血の地面を殴り抜く。
結界とはいえ、衝撃は確かに地を抉る。
すぐに修復される仕組みだが――
今の一撃は、確実に届いた。
……はず、だった。
「……なん、だと?」
手応えが、ない。
血の地面は抉れたまま、だが――
小娘の姿は、どこにも現れない。
あり得ぬ。
私の攻撃を受けてなお、意識を保ち、潜り続けるなど……。
「残念でござったな」
「――ッ!?」
刹那。
背後。
距離、ゼロ。
振り向く間もなく、理解が遅れたことを悟る。
(躱した……? あの一撃を……?)
次の瞬間――
視界が、回転した。
床が、空に変わる。
そして、自分の身体が、異様に遠ざかっていくのを感じた。
……首、か。
宙を舞いながら、私は遅れて理解した。
――やられた、と。




