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転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
3章 逆襲編

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第3章ー5

 「んっ……んんっ……」


 誰かに起こされたわけでもなく、ふと目が覚めた。


 起こされるまでぐっすり眠るつもりだったのに、案外、自分で目を覚ますこともあるらしい。


 ……まあ、まだ眠いけど。


 「……?」


 だが、目を開けた瞬間、妙な違和感に襲われた。


 ――白い。


 いや、正確には、景色そのものが真っ白だった。


 さっきまで森の中にいたはずなのに、木も草も、焚き火も見当たらない。


 ただ、果てしなく白い空間が広がっている。


 「……どうなってんだ?」


 寝起きの頭が上手く働かない。


 ミオもラエルも、他の皆の姿も見えない。


 自分が眠っている間に、一体何が起きたんだ?


 まさか、何かあったのか――


 「……いや、待て」


 そこで、ふっと冷静さが戻った。


 「これは……夢の中か?」


 考えてみれば、当然だ。


 いきなり世界が真っ白になるなんて、現実で起こるはずがない。


 試しに、自分の腕を強くつねってみる。


 ……痛みはない。


 「やっぱりな」


 ここは夢。


 そう理解した途端、少しだけ安心した。


 現実で何かが起きたわけじゃない。


 少なくとも、今すぐ何かに襲われる心配はなさそうだ。


 ――しかし。


 夢にしては、あまりにも寂しい。


 音も風も匂いもない。


 ただ、どこまでも白い空間が広がっているだけ。


 こんな夢を見るのは初めてだ。


 正直、悪夢よりも居心地が悪い。


 何もない場所に一人で取り残されたような、妙な不安が胸の奥に広がっていく。


 そのとき。


 「―――、――、――――」


 微かな声が聞こえた。


 「……?」


 耳を澄ませる。


 声は、遠くから聞こえてくるようだった。


 やがて、霧のようなものが、いつの間にか白い空間に滲み出してくる。


 その向こうに、人影が立っていた。


 「燎原《りょうげん》の火、劫火《ごうか》、業火、瞋恚《しんい》の炎――!」


 「ッ!」


 聞き覚えのある声。


 忘れるはずのない声だった。


 「……お父、さん……」


 霧がゆっくりと晴れていく。


 そこに立っていたのは、業火剣《ヘルファード》を構える父の背中だった。


 「業火滅却!」


 ――思い出した。


 これは、あの日の光景。


 自分の人生を決定的に変えた、あの瞬間。


 「それはダメだ! お父さん!!」


 夢だと分かっている。


 この先に何が起こるのかも、嫌というほど理解している。


 それでも――


 身体は勝手に動いていた。


 父を救わなければ。


 今度こそ、あの悲劇を止めなければ。


 そう思い、父のもとへ駆け寄ろうとする。


 ――しかし、近づけない。


 まるで見えない壁があるかのように、足が前へ進まない。


 どれだけ手を伸ばしても、父には届かなかった。


 「くっ……!」


 嫌だ。


 もう、あの光景を見たくない。


 夢の中くらい、自由に動かせたっていいじゃないか。


 せめて、ここだけは。


 せめて夢の中だけでも、父を救わせてくれ――


 だが、願いは届かない。


 父の背後で、影が蠢いた。


 「……やめろ」


 影がゆっくりと形を成す。


 エイシャ。


 あの日、父を襲った魔族。


 鉤爪のように変形した腕が、父の背中へと伸びていく。


 その先にあるのは――心臓。


 「やめろ!!」


 声は届かない。


 身体も動かない。


 目の前で、父が殺されようとしている。


 なのに、何もできない。


 「や゛めろぉぉぉぉぉぉ――!!」


 ――その瞬間。


 「……ダメ」


 「……んっ。んん……」


 「サダメ?」


 現実の声が聞こえた。


 「……ミオ?」


 ゆっくりと目を開ける。


 そこには、心配そうに自分を覗き込むミオの姿があった。


 焚き火の橙色の光。


 木々のざわめき。


 夜の森の匂い。


 ――今度こそ、現実だ。


 「……もう時間か?」


 「う、うん……」


 悪夢の余韻が、胸の奥に残っていた。


 身体の疲労は取れている。


 それなのに、妙に重い。


 まるで、夢の中で感じた無力感だけが、身体にまとわりついているようだった。


 「はぁ……」


 「だ、大丈夫?」


 ミオが不安そうに顔を覗き込む。


 「うん。大丈夫だ」


 「……それ、どっちの意味?」


 「問題ないって意味」


 ……我ながら、あまり説得力のない返答だ。


 ため息が出る。


 ミオの表情が、さらに不安そうになった。


 ――夢を引きずるな。


 過去は変えられない。


 何度思い返したところで、あの日の出来事が変わるわけじゃない。


 それは、分かっている。


 分かっているはずなのに――


 「じゃあ私、他のみんなを起こしてくるね」


 「いや、いい」


 自分は首を振った。


 「見張りは俺がやる。みんなはもう少し寝かせておいていいよ」


 「えっ? 一人で大丈夫?」


 「魔力感知がある。何かあればすぐ起こす」


 戦力的にも、理にかなっている。


 それに――もう眠る気分ではなかった。


 今、目を閉じれば、またあの夢を見てしまいそうな気がする。


 そんなことを考えながら、自分は焚き火の向こうへ視線を向けた。


 「……わかった。じゃあお願いね」


 「ああ。おやすみ」


 「おやすみなさい、サダメ」


 ミオは少し名残惜しそうに微笑み、ラエルの方へ戻っていった。


 自分は欠伸を一つ噛み殺しながら、その背中を見送る。


 夜は静かだった。


 焚き火の音も、森のざわめきも、さっきまでと変わらない。


 だが、胸の奥では、まだ白い夢の残像がくすぶっていた。


 父の背中。


 届かなかった手。


 そして、何もできなかった自分。


 ――それでも、今は前を向くしかない。


 過去は変えられない。


 けれど、これから先に起こることまで、諦める必要はないはずだ。


 そう自分に言い聞かせながら、自分は一人、見張りの夜に入った。

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