第3章ー4
「ふわぁっ……ごはん食べたら、なんだか眠くなってきちゃったよー」
「うん、僕も……」
晩飯を終えると、子どもたちは次々と目を擦り、うとうとと船を漕ぎ始めた。
空には大きな月が浮かび、辺りは静かな夜に包まれている。
正確な時刻は分からないが、深夜に差し掛かっていてもおかしくないほど、辺りはすっかり暗くなっていた。
朝から休む間もなく動き続け、逃亡と戦闘を繰り返してきたのだ。
むしろ、これだけ疲れているのに、今までよく起きていられたものだと思う。
――正直、自分自身も限界に近かった。
身体は重く、頭もぼんやりしている。
少しでも気を抜けば、そのまま眠ってしまいそうなほどだった。
「……そうだな」
焚き火の向こうで、ラエルが皆の様子を見渡しながら口を開く。
「今日は動きっぱなしだ。交代で見張りを立てて、少し仮眠を取ろう。全員が倒れたら元も子もないからな」
もっともな提案だった。
この状態で無理に進み続ければ、集中力も判断力も落ちていく。
いざ魔物に襲われた時、疲労でまともに動けなければ、それこそ命取りになりかねない。
今は少しでも体力を回復させるべきだろう。
「よし。先にお前らが寝ろ。三十分したら交代だ。……サダメ、お前も寝ろ」
「えっ? 俺も?!」
思わず声が裏返る。
戦えるのは、自分とラエルくらいだ。
だからこそ、見張り役はどちらかが起きているべきだと思っていた。
少なくとも、自分が先に寝るわけにはいかない。
「当たり前だろ」
ラエルは呆れたように肩をすくめた。
「お前、さっきまで魔物とやり合ってただろ。疲労も溜まってるはずだ。無理して動けなくなったら意味がねぇ」
「でも、俺が起きてた方が――」
「大丈夫だ」
ラエルは静かに、だが確信を持った声で言った。
「ここは村からかなり離れてる。馬なしで魔物が追いついてくるには、まだ時間がかかる。今は安心できるうちに、お前の体力を回復させたいんだ」
「……いざ追いつかれた時、一番頼りになるのはお前だからな」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなる。
――信頼されている。
そう感じた瞬間、さっきまで抱いていた不安が、少しだけ軽くなった。
自分は皆を守るために、少しでも長く起きていた方がいいと思っていた。
けれど、ラエルは違う。
自分が無理をして倒れることも、皆にとって危険になると考えているのだ。
……そういうことか。
自分だけが頑張ればいいわけじゃない。
皆で生き残るためには、誰か一人が無理をするのではなく、互いの状態を気遣うことも必要なのだろう。
「……わかった。じゃあ、お言葉に甘える」
「それでいい」
ラエルは満足げに頷き、続けてミオの方へ目を向けた。
「ミオ。悪いけど、サダメが寝てる間に治療できるだけしてやってくれ」
「うん、わかった。任せて」
ミオは柔らかく微笑んだ。
その表情を見て、自分も少しだけ安心する。
今は、二人に任せてもいいのかもしれない。
そう思いながら、自分は草の上に横になり、外套を簡易的な毛布代わりにして身体に掛けた。
地面は少し冷たい。
けれど、今はそんなことを気にする余裕もなかった。
目を閉じた瞬間、今まで張りつめていた神経が一気に緩んでいく。
――やばい。これは即落ちする。
自分でも驚くほど、眠気が強かった。
少し前まで、まだ見張りをしなければと考えていたのに、今では目を開けていることすら辛い。
「……悪い、ミオ。時間になったら起こしてくれ」
「うん。だから、今はゆっくり休んで」
「おやすみ」
「おやすみなさい、サダメ」
ミオの優しい声を聞きながら、自分はゆっくりと意識を手放していく。
その直後、微かな魔力の温もりが身体を包み込んだ。
――治癒魔法だ。
優しい光が、疲れ切った身体を内側から解きほぐしていく。
痛みや疲労が、少しずつ遠のいていくような感覚。
まるで、ぬるい湯に浸かっているような心地よさだった。
……ああ、これは気持ちいい。
身体の奥に残っていた緊張が、ゆっくりと溶けていく。
――これは……起きられなくなりそうだな。
そんな半ば冗談めいた心配を最後に、自分の意識は深い眠りへと落ちていった。
静かな夜。
焚き火の爆ぜる音だけが、遠くで微かに響いていた。




