第3章ー3
「ぷはっー、うめぇー!」
「久しぶりのお肉、おいしいねー」
「うん。ちょっと硬いけど……でも、すごくおいしい」
小屋の外。焚き火を囲みながら、自分たちは簡素な食事を取っていた。
メニューはジャーキーとビスケット。
冷静に考えれば、おやつみたいな組み合わせだ。まともな食事とは言い難いし、栄養面でも決して十分とは言えないだろう。
それでも、ここ数日まともな食事にありつけていなかった自分たちにとっては、これ以上ないご馳走だった。
皆が嬉しそうに頬張る姿を眺めていると、自然と苦笑が漏れる。
――このあと、腹を壊さなければいいんだけどな。
一応、火で炙って殺菌した“つもり”ではある。
ミオにも「治癒魔法があるから大丈夫」と太鼓判を押されてはいるが、やはり一抹の不安は拭えない。
そもそも、どれだけ火を通せば安全なのか、自分自身もよく分かっていないのだ。
とはいえ、食べなければ生き残れない。
今は贅沢を言っていられる状況ではなかった。
「……うん、美味い」
自分も意を決して、ジャーキーを一口かじる。
想像以上に硬い。
何度も噛み締めなければ、なかなか噛み切れそうになかった。
それでも、口の中に広がる肉の旨味は、胸の奥までじんわりと沁み渡っていく。
……ああ、肉ってこんなに美味かったんだな。
普通の生活を送っていた頃なら、きっと「安物だな」とか「パサついてるな」とか、そんな文句を言っていたかもしれない。
だが、今は違う。
腹を満たせること。
食べ物を口にできること。
そして、こうして皆と一緒に食事を取れること。
当たり前だったはずのものが、今ではどれほどありがたいことなのか。
生きている実感とともに味わう肉は、何よりも尊いものに感じられた。
「……」
ふと、ラエルの方へ視線を向ける。
ここまで辿り着けたのは、間違いなく彼のおかげだ。
道を知っていたこと。
休憩場所を覚えていたこと。
そして、何より――皆を導こうとする責任感。
もしラエルがいなければ、自分たちはとっくに森で迷い、飢えに苦しんでいたかもしれない。
下手をすれば、魔物に襲われて全滅していた可能性だってある。
――本当に、感謝している。
そう思う一方で、胸の奥には、まだ引っかかっているものがあった。
あの喧嘩のことだ。
村を出る直前、互いに感情をぶつけ合った。
あの時は、自分も余裕がなかった。
ラエルも同じだったのだろう。
結局、きちんと謝らないまま、ここまで来てしまっていた。
今さら蒸し返すのもどうかと思うが、このまま曖昧にしておくのは嫌だった。
中身はともかく、今の自分は子どもの姿だ。
それでも、精神的にはラエルより年上のつもりだし、少なくとも自分からぶつけた言葉については、きちんと筋を通しておきたい。
そう考えた自分は、少しだけ息を整えてから口を開いた。
「……ラエル」
「ん?」
呼びかけると、ラエルがこちらを向く。
「その……えっと……あ、あの時は……悪かった、な」
言葉にした瞬間、妙に緊張してしまった。
思い返せば、前世でも誰かに謝ることくらい何度もあったはずなのに、いざとなると、どうにも歯切れの悪い言い方になってしまう。
……我ながら情けない。
もう少し、まともに言えないものか。
だが――
「……ああ、あれか」
ラエルは少し考えるように目を細め、それから肩をすくめた。
「もう気にしてねぇよ。むしろ、俺の方こそ悪かった」
「……え?」
予想外の返答に、思わず目を丸くする。
「お前の方が、ずっと辛かっただろ。なのに、俺は余裕がなくて、きつい言い方しちまった。本当に悪かった」
そう言って、ラエルは少しだけ視線を落とした。
その声音には、取り繕った様子も、無理に格好をつけるような響きもない。
ただ、心から謝っている。
そんな誠実さが、言葉の端々から伝わってきた。
「い、いや、俺こそ……身勝手なこと言って怒らせたのはこっちだし、謝られる筋合いなんて――」
「だったら、この話はおしまいだ」
ラエルはきっぱりと言った。
「これ以上続けたら、互いに“どっちが悪いか”探すだけになる。それより今は――これからどう生き残るかを考えようぜ」
「あ……ああ。そうだな」
その言葉に、胸の奥に溜まっていたわだかまりが、すっと溶けていく。
そうだ。
今は、誰が悪かったのかを決めるために時間を使っている場合じゃない。
自分たちが考えるべきなのは、これから先、どうやって皆を守りながら生き延びていくかだ。
それに――
ラエルは、自分が思っていた以上にしっかりしている。
年齢だけで言えば、自分より年下のはずだ。
けれど、今の言葉には、ただ謝罪を受け入れるだけではない、相手を思いやる余裕があった。
自分だって辛いはずなのに、自分のことまで気に掛けてくれている。
……こいつ、こんなに大人だったんだな。
いや、もしかしたら、自分が勝手に子ども扱いしていただけなのかもしれない。
村での出来事を経験して、ラエルも変わったのだろう。
それでも、今こうして目の前にいる彼の姿は、以前よりもずっと頼もしく見えた。
――こいつは、強い。
素直にそう思った。
そして、少しだけ尊敬の念が芽生える。
焚き火の火が、パチリと音を立てて揺れた。
薪が崩れ、火の粉が小さく舞い上がる。
その暖かさに包まれながら、自分は改めて周囲を見渡した。
皆、疲れ切っている。
これから先だって、決して楽な道のりではないだろう。
それでも、今はこうして食事を取り、互いに言葉を交わすことができている。
そして、ラエルとの間にあったわだかまりも、ようやく消えた。
自分たちはまだ、失ったものを取り戻せたわけじゃない。
けれど――
少なくとも、これから先を一緒に歩いていくための一歩は踏み出せたはずだ。
焚き火の暖かさの中で、自分たちはようやく「仲間」として、同じ方向を見始めていた。




