第3章ー6
それから三十分後。
特に何事も起こらないまま、穏やかな時間が過ぎていた。
「よし。そろそろ出発するぞー」
ラエルの合図で、自分とミオは再び魔道馬に跨る。
他の子供たちも、まだ眠そうな顔をしながら荷馬車へと乗り込んでいった。
「んー……まだ眠いよぉ……」
「馬車の中でも寝られるだろ。ほら、もう少しだけ頑張れ」
「んー……」
ラエルは優しく声をかけながら、子供たちを順に馬車へ誘導していく。
無理に急かすわけでもなく、かといって、いつまでも迷わせることもない。
皆の様子を見ながら、自然と声をかけていくその手際の良さ。
最年長として、当たり前のように皆をまとめている姿に、思わず感心してしまった。
――自分だったら、ここまで上手くできるだろうか。
多分、無理だな。
自分だって、皆を守ろうとは思っている。
けれど、こうして一人ひとりの様子を気に掛けながら、全員をまとめるのは簡単なことじゃない。
これが、“兄貴肌”というやつなのだろう。
「全員乗ったな? よし、出発するぞー!」
「「はーい!」」
ラエルが御者席に座り、馬車を走らせる。
それに合わせて、自分も魔道馬を進ませた。
◆
そこからさらに三十分ほど走り続けた。
仮眠は短かったはずなのに、思いのほか頭は冴えている。
眠気もほとんど感じない。
――やはり、少しでも目を閉じるだけで違うものだ。
身体の疲れが完全に取れたわけではない。
それでも、さっきまでのように頭がぼんやりすることはなくなっていた。
「ねえ、サダメ」
背後からミオの声がする。
「ん? どうした?」
「魔物の人たち、全然追ってこないね?」
「……ああ、そうだな」
ミオの言葉に、ふと後方を振り返る。
そこには、闇に包まれた森が広がっているだけだった。
追手の姿は見えない。
馬と徒歩では、移動速度が違いすぎる。
よほど特殊な移動魔法でも使わない限り、魔物たちが追いつくのは難しいはずだ。
――魔法、か。
その単語を思い浮かべた瞬間、嫌でも脳裏に浮かぶものがあった。
白い夢。
父の背中。
そして、エイシャの影。
(……あいつは、あの時どこにいた?)
ドレーカ村が襲われていた最中。
エイシャは、本当に“偶然”あの場に現れなかったのか?
いや、そもそも――
タイミングが良すぎる。
まるで、最初から“別の場所で何かをしていた”かのように。
村を襲った魔物たち。
子供たちを閉じ込めていた魔障結界。
そして、自分たちが逃げ出すまでの一連の出来事。
あいつは、本当に何も関係していなかったのだろうか。
……考えれば考えるほど、疑問が浮かんでくる。
「……サダメ?」
「ッ!?」
考え込んでいた意識が、ミオの声によって現実へと引き戻された。
気づけば、ミオが不安そうにこちらを見上げている。
「大丈夫? なんか、怖い顔してたよ?」
「あ、いや、大丈夫だ。ちょっと考え事してただけ」
「ひょっとして、まだ眠い? 悪い夢でも見たの?」
「……悪い夢は見たけど、もう平気だよ」
そう答えた瞬間、夢の最後の光景が再び脳裏をよぎった。
――黒い影。
背後から伸びる殺意。
父の背中に迫る、あの鉤爪。
……くそっ。
思い出すな。
そう自分に言い聞かせるように、自分は前を向いた。
だが、夢の中で感じた恐怖は、そう簡単に消えてくれない。
そのイメージに引っ張られるように、自分の視線が前方の馬車へと向かう。
正確には――
その馬車の“影”へ。
◆
――影が、動いていた。
月明かりに照らされ、地面へと伸びる荷馬車の影。
だが、その形が、微かに“波打っている”。
「……?」
風は吹いていない。
周囲の木々も、ほとんど揺れていない。
それなのに、影だけが生き物のように蠢いていた。
「ッ……!?」
背筋に冷たいものが走る。
――何だ、あれ。
普通じゃない。
そう直感した瞬間、自分は馬車へと視線を向けた。
「ラエル!! その馬車から全員――」
叫ぼうとした、その瞬間。
影が、跳ね上がった。
「【黒影多槍】」
低く、耳障りな声が響く。
次の刹那――
馬車の影から、無数の黒い槍が噴き出した。
それは、荷馬車を。
そして、それを引く魔道馬ごと――
――串刺しにした。




