表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
1章 転生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/545

第1章ー④

 この世界に転生してから、ちょうど一年。

 まだちゃんと喋れるようになるのは難しいが、そのことにもすっかり慣れてしまった自分がいる。もともと口数は少ないほうだったし、ばぶばぶとしか言えなくなったところで困ることは――いや、思い返してみると結構あったな。特に排泄まわりは本当に大変だ。


 それでも、不思議と人は慣れるものだ。前世の頃も、最初は同じように不自由さを感じていたのだろうか、などとふと思う。


 それはさておき、今日は朝から家の中がやけに慌ただしい。父は家中をうろちょろしながら一人でぶつぶつと呟いているし、母は……いつも通り料理をしているだけなので、原因はほぼ父で間違いないだろう。

 もっとも、その理由はなんとなく察しがついている。


 部屋のあちこちに飾られた紙の輪飾り。

 いつもより豪華な食事の準備。

 必要以上に並べられた椅子とテーブル。


 そして今日の日付を考えれば、すぐに答えは出る。


 今日は――自分がこの世界に生まれて一年の記念日。

 つまり誕生日だ。


 数日前から両親は浮かれっぱなしで、親戚を招いての誕生日パーティーを計画していた。その話を、まさか主役本人がすべて聞いていたとは思っていないだろう。


 「そろそろ皆、来る頃かしら?」


 「ああ、もうこんな時間か。そろそろ到着してもおかしくないな」


 昼時。準備を終えた両親が今か今かと待っていると、玄関のノック音が響いた。どうやら最初の客が来たようだ。


 「おお、来てやったぞイノス」


 「父さん、母さん、わざわざありがとう」


 ドアを開けると、数名の客人が立っていた。皆、母より年上に見える。そのうちの一人――母方の祖父らしき人物が、両親を見るなり優しくハグを交わす。

 見た目は父とあまり年が変わらないため、兄弟と言われても違和感がない。


 他には母方の祖母と伯母が二人、父方の祖母と叔父。

 合計六人の親戚が、自分の誕生日を祝うために集まってくれた。


 親戚に誕生日を祝ってもらう――前世ではいつ以来だっただろう。


 決して仲が悪かったわけではない。

 年に一度は実家に顔を出していたし、母がスーパーに買い物に来れば軽く世間話もした。関係は悪くはなかった。


 けれど、お互いの誕生日を祝うような習慣はいつの間にか消えていた。

 連絡も、特別な用事がない限りほとんど取らない。


 疎遠でもなく、親密でもない。

 学生の頃から、ずっとそんな距離感だった。

 思春期のせいもあっただろうが、結局その距離は最後まで縮まらなかった。


 ――もう少し親孝行しておけばよかったな。


 そんな思いが、胸の奥に静かに沈む。


 「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー……」


 カーテンを閉めた部屋の中。

 一本だけ立てられたロウソクの灯が、小さく揺れている。

 その明かりだけで、皆の顔がはっきり見えるほど暖かい光だった。


 「ハッピーバースデーディア、サダメ――」


 ……ああ。

 こういうの、いいな。


 楽しそうに歌う家族の姿を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 同時に、前世での後悔が押し寄せてきた。


 独り暮らしを選び、恋人も作らず、家族とも深く向き合わずに過ごした七年間。

 ただなんとなく生きて、なんとなく終わった人生。


 「ハッピーバースデー、トゥーユー!」


 歌が終わり、家中に拍手が響く。

 父と母が、自分の顔の近くまで寄ってきた。


 ――ああ、一緒にロウソクを消してくれるんだな。


 今の自分では、一本の火を吹き消すことすら難しい。


 「サダメ」


 父が耳元で名前を呼ぶ。

 その声は、いつもより少しだけ優しかった。


 「生まれてきてくれて、ありがとう」


 二人はそう言って、息を合わせてロウソクの火を吹き消す。

 再び大きな拍手が響いた。


 ……なのに。


 嬉しいはずなのに、胸の奥が苦しくなる。

 前世で、最後に家族と誕生日を祝ったのはいつだった?

 最後に家族全員で食卓を囲んだのは?


 もし自分が死ななければ、あと何度、両親と笑い合えただろう。


 「……あっ」


 気づけば、涙が頬を伝っていた。


 「ああああああ……」


 「おおお、急に暗くなったから泣いちゃったぞ」


 「ご、ごめんなサダメ。すぐ明るくするからな」


 「まあまあ、普段あまり泣かない子なのに」


 大声で泣きじゃくる赤ん坊。

 周囲は「暗がりが怖かったのだろう」と微笑ましく見守っている。


 違う。

 これは、後悔の涙だ。


 お父さん、お母さん。

 前世で親不孝なまま終わってしまって、本当にごめんなさい。


 いくら泣いても、過去は戻らない。

 それでも、泣かずにはいられなかった。


 ――今度は、家族をもっと大切にしよう。


 そう心に誓いながら、サダメは小さな拳をぎゅっと握った。


 ―勇者が死ぬまで、残り9635日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ