↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
3章 逆襲編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/820

第3章ー1

 ドレーカ村から辛うじて脱出を果たした自分たちは、北へ向かってひたすら魔道馬《ソーサ・ホース》を走らせ続けていた。


 夜明け前の空は鈍い鉛色に染まり、吹きつける風が冷たく頬を刺す。


 背後を振り返っても、かつて暮らしていた村の方向に黒煙は見えない。


 それでも、追手がいつ現れるか分からないという不安が、胸の奥に張りついたまま離れなかった。


 逃げ切れたのか。


 それとも、まだ追われているのか。


 確かめる術はない。


 馬の揺れに合わせて、ミオが小さく身体を揺らしている。


 幼いながらも必死にしがみつき、自分の背中に顔を埋めて耐えている姿が健気だった。


 ……同時に、胸が痛む。


 まだ幼い彼女に、こんな思いをさせてしまっている。


 「ねぇ……これから、どうするの?」


 不意に投げかけられた問い。


 純粋で、疑いのない声だった。


 「えっ? えーっと……」


 答えようとして、言葉が詰まる。


 正直なところ、自分自身もこの先のことなど、ほとんど考えていなかった。


 村を脱出することで精一杯だったし、そもそもこの世界の地理すら曖昧だ。


 隣村の位置でさえ、昔ちらりと見た地図の記憶が、うっすらと残っている程度。


 今走っている道が本当に正しいのかどうかも、半信半疑だった。


 そんな自分の沈黙を埋めるように、先頭で荷馬車を操っていたラエルが口を開いた。


 「このまま進めば、千キロほど北にリーヴって村がある。とりあえず、そこへ行って助けを求めるのが現実的だろ」


 「っ!?」


 意外なほど即答だった。


 思わず目を見開く自分をよそに、ラエルは淡々と手綱を操り続けている。


 「道、知ってるのか?」


 「ああ。村が襲われる前、何度か仕入れの手伝いで外に出てたからな。行商路は一通り頭に入ってる」


 ――そうだった。


 ラエルは商人の息子だ。


 村で手に入らない物資を他の集落から仕入れ、行き来していた存在だった。


 この世界の土地勘を持つ人間が、こんな近くにいたとは。


 今になって、それがどれほど心強いことなのかを実感する。


 自分自身は、この世界についてまだ知らないことだらけだ。


 地図を見たことはあっても、実際に道を歩いた経験はほとんどない。


 そんな自分にとって、ラエルの知識はまさに頼みの綱だった。


 「……助かる」


 素直にそう告げると、ラエルは鼻で笑った。


 「けどな。その前に休憩だ」


 「えっ? このまま向かわないの?」


 ミオが首を傾げる。


 「馬鹿か。寝ずに食わずに、千キロも走れるわけねぇだろ」


 「うっ……た、たしかに……」


 正論だった。


 逃亡の緊張で感覚が麻痺していたが、自分たちは村を出てから何も口にしていない。


 水一滴、食料一欠片すら取っていない状態で、さらに長距離を移動するなど自殺行為だ。


 人は三日食わなくても生きられる――そんな言葉を、前世で聞いた覚えがある。


 だが、その三日間を馬の背で揺られながら、全力疾走し続けろと言われたら話は別だ。


 身体より先に、精神が折れる。


 まして、自分たちはまだ幼い。


 疲労が蓄積すれば、まともに判断することすら難しくなるだろう。


 「……そうだな」


 自分は息を吐き、周囲を見渡した。


 追手の気配はない。


 魔物の唸り声も聞こえない。


 今のところ、自分たちは逃げ切れているようだった。


 だが、だからといって安心できるわけではない。


 この先、どこで何が起こるか分からないのだから。


 「魔物も追ってきてないみたいだし、どこかで休憩しよう。できれば、水と食料を確保できる場所がいい」


 「なら、心当たりがある」


 ラエルが即座に答えた。


 「少し進んだ先に、行商の連中がよく使う休憩地点がある。小さな泉があって、周囲も開けてる。そこなら一息つけるはずだ」


 「わかった。案内頼む」


 「よし、付いてこい!」


 ラエルは手綱を強く打ち、魔道馬をさらに走らせた。


 頼もしい。


 そう感じる一方で、どこか危うさも覚える。


 村が襲われてから、自分たちは一年以上も外の世界から隔絶されていた。


 ラエルが以前に通った道を覚えているとしても、今もそのまま通れるとは限らない。


 道の状態が変わっている可能性もあるし、魔物が住み着いている可能性だってある。


 それでも、今は彼の知識にすがるしかなかった。


 自分はミオの手をそっと握り直す。


 小さな手が、ぎゅっと握り返してきた。


 「大丈夫だ。必ず生き延びる」


 自分に言い聞かせるように、そう呟いた。


 ミオを安心させるため。


 そして、何より自分自身が不安に呑まれないために。


 自分たちは再び北へと走り続けた。


 夜明け前の冷たい風を受けながら、まだ見ぬ目的地を目指して。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。