第2章ーおまけ2
「いやー、ミオちゃんは恥ずかしがり屋さんだなー」
帰り道。
夕暮れに染まる村道を歩きながら、父は背後からやたらと陽気に話しかけてくる。
しかし、自分は無言のまま前を見据え、ひたすら歩き続けていた。
なぜなら――。
「けど、女の子はあれくらいが可愛いんだよなー。なあ、サダメ。お前もそう思うだろー?」
「……」
「優しくて良い子で、しかも治癒魔法まで使える。ウチに嫁いでくれたら、父さんもいろいろ嬉しいぞー?」
「……」
めちゃくちゃウザい絡み方をしてくるからだ。
背後にいるにもかかわらず、父のニヤけきった顔が鮮明に想像できる。
今ここで振り向いたら、条件反射で拳が飛び出す自信がある。
それくらい、不快指数が高かった。
どうやら父は、自分とミオが将来いい感じの関係になることを、本気で期待しているらしい。
村で唯一の同年代ということもあってか、何かと自分たちをくっつけたがるのだ。
だが、こちらの中身はアラサー手前のおっさんである。
ミオが可愛いのは認める。
素直で優しくて、健気で、守ってやりたくなるような子だとも思う。
けれど、恋愛感情や欲情など、これっぽっちも湧いてこない。
そもそも、今の自分は四歳児だ。
そんな感情を抱くこと自体、どう考えてもおかしいだろ。
そういうのは二次元で十分だ。
というか、四歳児相手にそんな目で見たら、普通に犯罪である。
即アウトだ。
「炎魔法の俺と、治癒魔法の母さん。うん、やっぱり何か運命を感じる。なあ、サダメー?」
いや、感じねぇよ。
心の中で即座にツッコミを入れる。
父は一体、何を根拠にそんなことを言っているのだろう。
魔法の属性が違うから何だというのだ。
……とはいえ。
ふと、そんなことを考えてしまった。
もし、ミオがこの先成長したら、どうなるのだろう。
今でも整った顔立ちをしているし、性格も穏やかで思いやりがある。
きっと、将来は綺麗な女性になるに違いない。
その時、自分の気持ちは変わるのだろうか。
今はただ守ってやりたいと思う相手が、いつか対等な異性として見えるようになるのか。
……正直、自分でも分からない。
今の自分にとって、ミオは大切な友達だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
けれど、これから何年も一緒に過ごしていくうちに、何かが変わる可能性はあるのかもしれない。
そんなことを考えていると――。
「いいか、サダメ。ああいう子は自分から行かなきゃダメなんだぞ。待ってるだけじゃ、女の子は来てくれない!」
父の人生経験(笑)に基づく恋愛指南が、背後から延々と聞こえてくる。
自分はそれをBGMに、前世の記憶を掘り返していた。
小学校二年生の頃。
クラスメイトだった加奈ちゃんの笑顔に、胸が跳ねた。
あれが、たぶん自分の初恋だった。
小学校四年生になると、保育園から一緒だったみのりちゃんを意識するようになった。
家も近く、席が隣になることも多かった。
それなりに話す仲だったし、当時の自分にとっては、かなり特別な存在だったと思う。
けれど――結局、想いを伝えることはできなかった。
そのまま、片思いで終わった。
高校では、陸上部の内田さん。
誰にでも優しくて、眩しいくらいまっすぐな人だった。
自分みたいな陰キャ寄りの人間にも、分け隔てなく接してくれた。
あの頃は、そんな何気ない優しさだけで、十分に嬉しかった。
――みんな、今頃どうしているのだろう。
ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
自分みたいに早死にして、異世界転生なんてしていなければいいのだが。
……いや、さすがにそれは考えすぎか。
今となっては、確かめようもない。
「あと、キスとかそういうのはまだダメだからな!? 順序とか年齢とか、いろいろあるんだから!」
「……」
「……って、さっきから聞いてるのか、サダメ!?」
「……あ゛?」
「うぉっ!?」
ついに限界が来た。
自分は足を止め、ゆっくりと振り返る。
そして、無言のまま父を睨みつけた。
父は思わず一歩後ずさる。
「な、なんだよ……?」
「……はあ……」
「?」
――この人、本気で自分が何を言っていたのか分かっていないらしい。
鈍感にも程がある。
チヤドールさんの爪の垢でも煎じて飲ませたい。
……いや、あの人もあの人で、娘に風魔法をぶっ飛ばされていたか。
どっちもどっちだな。
「なんでもない。早く帰ろう」
「お、おう」
父は少し気まずそうに返事をした。
……これでようやく静かになるか。
そう思ったのも束の間。
「まあ、父さんも昔はな――」
……始まった。
結局、その後も父の話は止まらなかった。
自分は再び無言で歩きながら、適当に聞き流し続ける。
夕焼けに染まる村道。
その中を、騒がしい父と無言の息子が並んで歩いていく。
父は相変わらず楽しそうに話し続け、自分は相変わらずうんざりした顔で前を見ていた。
……まったく。
この人は、どこまで行っても変わらないらしい。
こうして、どこかズレた親子の、平和で騒がしい帰り道は今日も続くのだった。




