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転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
2章 脱出編

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第2章ー25

 「はあ……はあ……」


 「はあっ……はあ……」


 「大丈夫か、ミオ?」


 「う、うん! 私は平気だよ!」


 息を切らしながら、ミオが力強く頷く。


 作戦には多少の想定外こそあったものの、結果としては成功だった。


 魔障結界の解除――それを、自分たちは本当にやり遂げたのだ。


 ……それにしても。


 「……」


 ミオが、あれほど高度な魔法を扱えるとは思わなかった。


 よく考えてみれば、彼女は風魔法と治癒魔法の両方を操る特異体質《イディオーション》の持ち主だ。


 魔力量そのものは並程度だったとしても、魔法に対する適性は常人を遥かに超えている。


 今回の奇跡だって、単なる偶然ではなく、彼女が持つ才能によって引き起こされた必然だったのかもしれない。


 ……いや、そんなことを考えている場合じゃないか。


 「……? どうかしたの?」


 「いや、なんでもない」


 ミオに声を掛けられ、自分は慌てて首を振った。


 問題はここからだ。


 早急にラエルたちと合流しなければならない。


 向こうは子どもたちを連れて集団で行動している。人数が多い分、魔物に発見される危険性も高いはずだ。


 それに、魔道馬《ソーサ・ホース》が騒動に怯えて暴れでもしたら、脱出どころではなくなる。


 馬が使えなければ、全員自分たちの足で逃げるしかない。


 ……正直、それで逃げ切れる自信はなかった。


 そんな不安が脳裏をよぎった、その時。


 「おーい! こっちだ!!」


 「っ!?」


 聞き覚えのある声。


 振り向くと、暗闇の向こうから誰かがこちらへ駆けてくる。


 「ラエル!」


 「馬は確保した! 他の皆はもう荷車に乗ってる。残りはお前らだけだ!」


 「マジか!?」


 「ああ、だから急げ!」


 「了解!」


 どうやら、向こうも無事に役割を果たしてくれたらしい。


 ラエルは短く状況を伝えると、すぐさま馬小屋へ向かって走り出した。


 「俺たちも行くぞ、ミオ!」


 「う、うん!」


 自分たちはラエルの後を追い、暗闇の中を駆け抜けた。


 そして、馬小屋に辿り着いた瞬間――。


 「……おお」


 思わず、感嘆の声が漏れた。


 そこには、二頭の魔道馬が待っていた。


 一頭はすでに荷車を牽いており、その荷台には子どもたちが不安げに身を寄せ合っている。


 ……よかった。


 皆、無事だったんだ。


 安堵する一方で、間近に見る魔道馬の姿に、思わず目を奪われてしまった。


 「……すげぇ」


 自分の倍近くはありそうな巨体。


 黒曜石のように艶やかな毛並み。


 そして、赤黒く輝く瞳。


 その威圧的な外見とは裏腹に、魔道馬は微動だにせず、静かに佇んでいた。


 まるで、幾多の戦場を駆け抜けてきた歴戦の戦馬のような風格すら感じさせる。


 「おい、何ボーっとしてんだ! 俺が荷車を引く。お前らはもう一頭に乗れ!」


 「……あ、ああ! すまん!」


 ラエルの声に、ようやく我に返る。


 いけない。


 今は魔道馬に見惚れている場合じゃない。


 「よっと……!」


 先に自分が馬に跨った。


 馬の乗り方は、父さんに叩き込まれている。


 魔道馬とはいえ、基本的な感覚は普通の馬と変わらない。


 鞍を掴み、身体を持ち上げる。


 ……よし。


 問題なく乗れた。


 「ミオ!」


 「う、うん!!」


 自分はミオに手を差し伸べた。


 すると、彼女はその手をぎゅっと握り返してくる。


 小さな手が、微かに震えていた。


 それでも、自分にしがみつこうとする力は確かだった。


 「二人とも乗れたな?」


 「ああ。ミオ、しっかり掴まってろ!」


 「わ、わかった!」


 これで準備は整った。


 あとは、ここから逃げるだけだ。


 「行くぞ!!」


 ラエルと視線を交わし、自分たちは同時に魔道馬を走らせた。


 馬小屋を飛び出した、その瞬間――。


 「おい! あいつら魔道馬で逃げるぞ!!」


 「逃がすな! ガキどもを一人残らず殺せぇぇ!!」


 背後から、魔物たちの怒号が響き渡る。


 どうやら、奴らも自分たちが逃げ出したことに気づいたらしい。


 石や棍棒を掴み、今にも投げつけてきそうな勢いだった。


 ……させるかよ。


 「ミオ、悪いが少しだけ手綱を頼む!」


 「えっ? う、うん……!」


 「すぐ終わらせる」


 自分は手綱をミオに預け、身体をひねって後方へと向き直った。


 迫りくる魔物の群れ。


 このまま逃げ続ければ、投擲物を浴びる可能性がある。


 ならば――。


 最後に一発、置き土産をくれてやる。


 「爆ぜる焔よ、火の球として集束し、眼前に移りし標的に猛る一投を撃ちかけん――」


 詠唱とともに、掌へ熱が集まっていく。


 全力で放つのは危険だ。


 何せ、ミオがすぐ近くにいる。


 出力は六割強。


 ……それで十分だ。


 「死ねやぁぁ!!」


 予想通り、魔物たちが石や棍棒を一斉に投げつけてきた。


 「――遅い!」


 「【火球《フレール》】!」


 掌から放たれた火球は、バスケットボールほどの大きさだった。


 しかし、前方へ飛翔するにつれて、炎は次第に膨張していく。


 迫りくる投擲物を次々と飲み込みながら、巨大な焔の塊へと変わっていった。


 「う、うわあああああ!!」


 そして――。


 直撃。


 轟音と閃光が夜を駆け抜け、魔物たちを一気に包み込んだ。


 「ぐわああああっ!!」


 爆風が背中を叩く。


 ……よし。


 これで、しばらく追撃はできないはずだ。


 「よし!」


 思わず、安堵の声が漏れた。


 だが、隣にいるミオは違った。


 彼女は後ろを振り返ったまま、言葉を失っている。


 「……ミオ?」


 声を掛けようとして、自分は気づいた。


 彼女が見つめているのは、魔物たちではない。


 自分たちが逃げ出した、ドレーカ村の景色だった。


 「……さようなら」


 小さな呟き。


 その声を聞いた瞬間、胸の奥が締め付けられた。


 ……そうだ。


 ここは、もう帰る場所ではない。


 苦しかった日々も。


 僅かにあった笑顔も。


 そして、もう二度と会えない人たちとの思い出も。


 すべてが、この村に残されている。


 「……必ず戻る」


 自分は、静かに呟いた。


 いつか、ここへ戻ってくる。


 そして、死んでいった人たちが安らかに眠れる墓を作る。


 それは、贖罪のためじゃない。


 自分自身の願いだ。


 前世の祖母が言っていた。


 墓は、魂が帰る場所なのだと。


 だから、いつか必ず――。


 「……サダメ」


 ミオが、自分の名前を呼んだ。


 「もう大丈夫だ、ミオ」


 「あっ……うん」


 自分は再び前を向き、手綱を握り直した。


 魔道馬は、夜道を力強く駆けていく。


 行き先は、まだ分からない。


 この先に何が待ち受けているのかも、分からない。


 それでも、進むしかない。


 自分たちは、生きている。


 そして、皆で生きて帰ると約束した。


 だから――。


 「……絶対に、みんなで帰ろう」


 夜風が頬を打つ。


 頭上には、星空が広がっていた。


 閉ざされていた世界を抜け、自分たちはようやく自由になった。


 だが、失ったものが戻ってくるわけじゃない。


 それでも、前へ進む。


 星空の下。


 自分たちの逃亡の旅が、今、始まった。


 ――転生勇者が死ぬまで、残り7802日

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