第2章ー24
「はあ……はあ……」
気がつくと、私を中心に吹き荒れていた竜巻は、少しずつその勢いを失い始めていた。
倉庫の瓦礫や魔造種の残骸を巻き込みながら、荒れ狂っていた風が徐々に弱まっていく。
耳を裂くような轟音が遠ざかり、舞い上がっていた砂塵が静かに地面へと落ちていった。
そして――。
「……え?」
私は、ゆっくりと周囲を見渡した。
そこには、何も残っていなかった。
先ほどまで大量に積み上げられていた木箱も、床を埋め尽くしていた魔造種の保管ケースも、すべて粉々に砕かれている。
いや、正確には……。
砕けたというより、細かく削り取られ、跡形もなく消えてしまったようだった。
私の立っている場所だけが、不自然なほどぽっかりと空白を残している。
まるで、そこだけ世界から切り取られてしまったかのように。
「……はっ! そうだ、結界は?!」
呆然としている場合じゃない。
私は慌てて顔を上げ、空を見渡した。
――お願い。
――どうか、消えていて。
これだけのことをしたんだ。
きっと、うまくいったはず。
そう信じたい。
すると、私の願いが通じたかのように、空を覆っていた半透明の膜が、ゆっくりと揺らぎ始めた。
「……っ!」
光を拒むように広がっていた障壁が、少しずつ薄れていく。
まるで、朝霧が太陽の光に溶かされるように。
その輪郭が曖昧になり、やがて――。
「っ?!」
ついに、魔障結界は完全に消え去った。
閉ざされていた夜空が、目の前に広がる。
そして、そこから降り注ぐのは――星の光。
「……久しぶりの、星だぁ……」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
目の奥が潤み、視界が少しずつぼやけていった。
成功した。
私たちは、ついに結界を解除することができたんだ。
皆が――サダメが、ラエルたちが。
この星空の下へ戻れる。
もう、あの閉ざされた世界に閉じ込められることはない。
その事実だけで、心の底から安堵が込み上げてきた。
……よかった。
本当に、よかった。
「――一体、何事だこれは?!」
「っ!?」
突然、背後から怒声が響いた。
その声に、私はびくりと肩を震わせる。
せっかく安堵しかけていた心が、一瞬で現実へと引き戻された。
「おい、小娘。これはテメェがやったのか?」
恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは、魔物が一体。
鋭い歯をむき出しにし、血走った目で私を睨みつけていた。
「ひっ……?!」
思わず、息が詰まる。
足が動かない。
身体の奥から恐怖が一気に込み上げてきて、全身を縛りつけるようだった。
さっきまで、あれほど大きな魔法を使えたのに。
今は、目の前の魔物から逃げることすらできない。
「よくも大事な儀式をぶち壊してくれたなぁ!?」
魔物が怒鳴り声を上げる。
「テメェのせいで結界が解けちまったじゃねぇか! あ゛あ゛ん゛?! ただで済むと思うなよ、クソガキ!!」
荒々しい息遣い。
唾を飛ばしながら、魔物は手にした棍棒を振り上げた。
「い、いや……!」
逃げなきゃ。
分かっている。
ここで立ち止まっていたら、殺されてしまう。
それなのに、身体が言うことを聞かない。
「だ、誰か……助けて……!」
声が震える。
喉の奥から絞り出した声は、あまりにも小さく、頼りなかった。
「うるせぇ! 助けなんか来るわけ――」
魔物が棍棒を頭上に掲げる。
その影が、私の身体を覆った。
「……っ!」
死の匂いが、すぐそこまで迫ってくる。
――嫌だ。
――死にたくない。
胸の奥で、必死に願う。
せっかく、ここまで頑張ったのに。
せっかく、みんなで生きて帰れると思ったのに。
こんなところで、終わりたくない。
けれど、声すら出せなかった。
そのとき――。
「はああっ!!」
「ぐうっ?!」
鈍い音が響いた。
金属が肉を叩くような、重たい衝撃音。
私は反射的に目を閉じた。
「ミオ!」
「ッ!?」
聞き慣れた声。
何度も危機の中で聞いてきた、確かな声。
「……サダメ?」
恐る恐る、目を開く。
そこには、倒れ伏した魔物の姿があった。
そして、その前に立っているのは――。
「……っ」
短く息を吐き、剣を構えるサダメ。
私を守るように、背中を向けて立っていた。
「大丈夫か、ミオ?」
その一言で、張り詰めていた恐怖が一気に溶けていく。
全身から力が抜け、膝が震えた。
また、涙がこぼれそうになる。
「……うん!」
でも、今は泣かない。
私は必死に涙をこらえ、強くうなずいた。
「ミオのおかげで結界は解けた。あとは皆でここから逃げるだけだ。行こう!」
「うん!!」
差し出された手を、私はぎゅっと握った。
温かい掌。
その感触が、確かにサダメがここにいることを教えてくれる。
もう、大丈夫。
私は一人じゃない。
「……ありがとう、サダメ」
小さく呟き、彼の手を握り返す。
サダメは何も言わず、私を引き起こしてくれた。
そして、私たちは瓦礫の散乱する地面を走り出す。
夜風が頬を撫でる。
頭上には、星の光が広がっていた。
もう少し。
あと少しで、みんな助かる。
閉ざされていた世界は、終わったんだ。
星空の下。
私たちの希望は、確かにそこにあった。




