第2章ー22
「……」
嵐を思い描いているはずなのに、実際に生み出されるのは、荒々しい風が渦を巻く程度のものだった。
確かに、風は吹き荒れている。
けれど、これを“嵐”と呼ぶには、あまりにも弱々しい。
――何が足りないの?
魔力が足りないのか。
それとも、イメージの精度が足りないのか。
あるいは、その両方なのか。
「はあっ……はあっ……」
荒い呼吸を繰り返しながら、私は周囲を見渡した。
風魔法の余波によって、近くに積まれていた木箱や魔造種の保管ケースは吹き飛ばされ、床一面に散乱している。
その影響なのか、倉庫内を満たしていた魔力の流れまで歪んでいた。あちこちで乱流のような渦が発生し、目に見えないはずの魔力が、まるで荒れ狂う川のように流れを乱している。
時折、強い魔力の塊が私の身体にぶつかった。
「うっ……!」
頭の奥がぐらりと揺れる。
視界が一瞬だけ歪み、思わず膝をつきそうになった。
――魔力酔い。
事前に服用していた薬のおかげで、どうにか意識を保っていられる。けれど、その効果もそろそろ限界らしい。
これ以上、時間をかけるわけにはいかない。
このままでは、倉庫を壊すどころか、私のほうが先に倒れてしまう。
「でも……どうすれば、もっと大きな風を出せるのよ……!」
悔しさに唇を噛む。
今の私が生み出せる風は、せいぜい大きなボールほどの塊だ。木箱を転がしたり、軽いものを吹き飛ばしたりすることはできても、頑丈な倉庫そのものを破壊するには、あまりにも力不足だった。
――もっと大きく。
――もっと、圧倒的な風を。
けれど、頭の中でどれほど強大な嵐を思い描いても、実際に生まれる風は思い描いたものに遠く及ばない。
「んんーっ……!」
私は一度、深く息を吸った。
欲張るのはやめよう。
最初から嵐を生み出そうとするから、うまくいかないのかもしれない。
まずは、ただ大きな風を生み出す。
目の前にある木箱を、まとめて吹き飛ばせるくらいの風。それだけでいい。
小さな目標から、一つずつ。
「んっ……んんんんんーっ!!」
両手を前に突き出し、意識を集中させる。
額に汗が滲み、手のひらがじっとりと濡れていく。指先も小刻みに震えていた。
それでも、魔法を発動させるための魔法陣は安定しない。形を保ったかと思えば、次の瞬間には歪み、霧散しかけてしまう。
――まだ足りないの?
――やっぱり、私の魔力量が少ないから……?
「……違う」
浮かびかけた弱気な考えを、私はすぐさま振り払った。
私は治癒魔法と風魔法、その両方を扱える。
魔力量だって、決して少なくはないはずだ。
それなのに、どうしてできないの?
……いや、違う。
できないと決めつけているのは、ほかでもない私自身じゃないか。
サダメは言っていた。
魔法で最も大切なのは、イメージ。
魔力をどんな現象へと変えるのか。その姿を、どれだけ明確に思い描けるかが重要なのだと。
なら、私に足りないのは――。
「ダメ! 絶対、あきらめないんだから!!」
自分自身を奮い立たせるように叫び、私は再び魔力を練り上げた。
――イメージを、もっと鮮明に。
――私を中心に、渦巻く風。
――私を包み込み、天へと巻き上がる風の柱。
ただ強い風を吹かせるのではない。
風そのものが回転し、周囲の空気を巻き込みながら、次第に大きくなっていく。
その姿を、頭の中に描き出す。
「はぁあああああああああ!!」
手のひらから生まれた風が、私の身体を包み込むように円を描いた。
最初は、そよ風にも似た柔らかな渦。
けれど、それは確かに回転していた。
風が風を巻き込み、渦が少しずつ形を成していく。
――そう。
――これが、竜巻の始まり。
「……もっと荒く。もっと強く……!」
私は目を閉じ、視覚に頼るのをやめた。
耳を澄ませる。
風が壁を叩く音。
木箱が床を転がり、何かにぶつかる音。
そして、空気そのものが裂けるような、低く重たい唸り。
それらすべてが、私の生み出した風によって引き起こされている。
――いい。
――このまま、もっと大きく。
風の流れを感じながら、私はさらに魔力を注ぎ込んだ。
「ぁあああああああああ!!!!」
轟音が倉庫内に響き渡る。
どこかで木材が激しくぶつかり合い、金属が軋む甲高い音が鳴り響いた。
壁が震え、床が揺れる。
まるで、倉庫そのものが巨大な何かに握り潰されようとしているかのようだった。
――もう少し。
――あと少しで……!
全身から力が抜けていく。
魔力酔いによる吐き気が込み上げ、意識が遠のきかける。
それでも、私は止まらなかった。
ここで諦めたら、サダメが囮になって稼いでくれた時間が無駄になってしまう。
みんなで生きて帰ると、約束したのだから。
「はあああああああああっ!!!!!!」
残された魔力を、すべて解き放つ。
その瞬間――。
ふっ、と。
あれほど激しく吹き荒れていた風の音が、嘘のように消えた。
「……え?」
突然の静寂に、私は思わず目を開いた。
身体から力が抜け、床に手をつく。
汗で濡れた手のひらが、冷たい床に触れた。
風は、もう吹いていない。
――失敗……?
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
これだけ頑張ったのに。
魔力酔いに耐えて、何度も失敗して、それでも諦めずに挑戦したのに。
結局、何も変わらなかったのだろうか。
そんな不安を押し殺しながら、私は恐る恐る顔を上げた。
「……っ?!」
その瞬間、息が止まった。
目の前に広がっていたのは、想像すらしていなかった光景だった。
倉庫は――もはや、倉庫の形をしていなかった。
壁は大きく削り取られ、天井は跡形もなく吹き飛んでいる。床には巨大な円形の痕が刻まれ、周囲には砕けた木材や保管ケースの破片が散乱していた。
まるで、そこだけ猛烈な風が吹き抜け、あらゆるものを根こそぎ薙ぎ払っていったかのように。
そして、その中心には――。
「……私?」
私が、いた。
正確には、私の身体を核とするように、小さな竜巻が今もなお静かに回転していたのだ。
先ほどまでの荒々しさが嘘のように、風は穏やかに渦を巻いている。
けれど、その風が通り抜けた場所には、倉庫の残骸しか残されていなかった。
「……ウソ……」
呆然と呟いた声が、微かな風音に溶けて消える。
成功したのだろうか。
私の魔法が、本当に……?
思い描いたのは、ただ大きな風だった。
それなのに、実際に起きたことは、そんな想像をはるかに超えている。
私は目の前の光景を見つめたまま、しばらく動けなかった。
自分が生み出した力が、どれほどのものだったのか。
その答えを、私はまだ理解しきれていなかった。




