第2章ー21
木箱の中身は、空になっているものもあれば、魔造種がぎっしり詰まっているもの、わずかに残っているものと、ばらばらだった。
「……」
一見すれば、特におかしなところはないのかもしれない。
長い時間をかけて少しずつ消費してきたのなら、中身の量にばらつきがあっても不思議ではない。そう考えることもできる。
――それでも、何かがおかしい。
胸の奥に引っかかる、小さな違和感。
まだ確信は持てない。けれど、これを見過ごしてはいけない気がした。
「そうだ。一個ずつ確認してみれば……」
ふと、別の検証方法が頭に浮かんだ。
箱の中身だけでなく、積み重ねられた位置にも注目する。列ごとに分け、上から順番に、どの段の魔造種がどれだけ減っているのかを調べればいい。
もし消費の仕方に一定の規則があるのなら、そこに何か手掛かりが隠されているはずだ。
私は風魔法を使って木箱を慎重に移動させ、ひとつずつ中身を確かめていった。
そして――。
「……やっぱり」
結果は、予想どおりだった。
三段に積まれた木箱。そのうち、一番上の段は、どの箱もほとんど中身が減っていない。
ところが、真ん中の段はかなり減っており、一番下の段に至っては、すべて空になっていた。
明らかにおかしい。
普通、物を取り出すなら、上から順番に使っていくはず。わざわざ下の箱を先に空にする理由がない。手間を考えても、上から使う方が効率的だし、倉庫の入口に近い箱から取り出せば、運び出す際の負担も少なくて済む。
なのに、実際にはその逆。
中央付近に置かれた箱、それも下段のものから優先的に中身が消費されている。
まるで――何かに吸い取られているみたいに。
「……儀式って、供物や生贄を捧げたりするものじゃなかったっけ?」
木箱の謎を考えているうちに、別の疑問が浮かび上がった。
絵本や漫画で見た悪しき儀式には、決まって何らかの捧げものが登場していた。生贄を捧げたり、貴重な品を差し出したり。大きな力を得るためには、それに見合う代価が必要になる――そんな描写が多かった気がする。
もちろん、現実の魔法が物語と同じとは限らない。
けれど、サダメは言っていた。
この儀式が成功すれば、結界を半永久的に維持できる、と。
それほど大規模な術を、何の代償もなく発動できるものなのだろうか。
「……まさか」
その瞬間、頭の中で、ばらばらだった情報がひとつにつながった。
魔造種には、膨大な魔力が宿っている。
儀式を維持するには、相応の魔力が必要になるはずだ。
そして、サダメは確かに言っていた。
――魔力コストはかからない、と。
でも、それは本当に、何の代償も必要ないという意味だったのだろうか。
違う。
外部から術者が魔力を供給する必要がない、というだけなのかもしれない。
儀式そのものが、別の何かから魔力を得ているとしたら?
そのために使われているのが、魔造種だとしたら?
「つまり……魔造種そのものを、燃料にしている?」
思わず息を呑んだ。
そう考えれば、すべて説明がつく。
箱の中身が減っていたのは、誰かが取り出していたからではない。儀式が進行するにつれて、魔造種に宿る魔力が少しずつ消費されていたのだ。
そして、消費される順番にも意味がある。
下段の箱から優先的に中身がなくなっていたのは、そこに儀式の仕組みが関係しているからではないだろうか。
「っていうことは……方陣は、この倉庫そのもの!?」
気づいた瞬間、全身に鳥肌が立った。
魔法陣は、床に描かれた模様のようなものではない。
倉庫全体をひとつの巨大な魔法陣として構築し、その内部に保管された魔造種から魔力を引き出している。だからこそ、外から見ただけでは儀式の仕組みが分からなかったのだ。
もし、この推測が正しければ――。
「方陣を止めるには、壊さなきゃいけない。でも、この倉庫自体が方陣ってことは……」
そこまで考えて、私は言葉を失った。
方陣を破壊する。
つまり、倉庫そのものを破壊しなければならない、ということだ。
「まいったな……。私一人で、ここを壊すなんて無理に決まってるよ……」
思わず肩を落とした。
私はサダメのように強力な攻撃魔法を使えるわけではない。できるのは簡単な治療魔法と、風を操って物を浮かせる程度。
木箱を動かすことはできても、頑丈な倉庫そのものを破壊するとなれば話は別だ。
どう考えても、サダメの力が必要になる。
けれど、彼は今、囮役として魔物たちを引きつけている最中だ。ここで呼び戻すわけにはいかない。
せっかく作戦がうまく進んでいるのに、私のせいで台無しにするなんて絶対に嫌だ。
「ダメダメ。弱気になってる場合じゃない!」
私は自分の頬を軽く叩き、無理やり気合を入れ直した。
サダメが頑張っている。みんなだって、それぞれの場所で必死に戦っている。
だったら、私も自分にできることを探さなきゃ。
誰かに頼ることができないのなら、自分一人で何とかする方法を考えるしかない。
「でも、時間がない……。どうしよう?」
焦りが募る。
考えている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。
サダメがどれだけ強くても、魔物たちを相手に一人で戦い続ければ、いつか限界が来るはずだ。そうなれば、囮作戦そのものが破綻してしまう。
早くしなければ。
早く、何か方法を見つけないと。
「そうだ……魔造種を全部、外に出せば――」
ひとつの案が浮かんだ。
魔造種を倉庫の外へ運び出せば、儀式に使われている魔力の供給源を断てるかもしれない。
けれど、すぐに問題が見えてきた。
木箱の数が多すぎる。
出口はひとつしかなく、窓もない。風魔法で一度に浮かせられる箱は、せいぜい五、六個が限界だ。それ以上を無理に動かせば、制御を失って箱を落としてしまうかもしれない。
しかも、倉庫の中は暗く、作業にも時間がかかる。
すべてを運び出す頃には、サダメが限界を迎えていてもおかしくない。
「……やっぱり、壊すしかない、よね」
遠回りをしている余裕はない。
倉庫そのものを破壊する方法を考えるしかなかった。
「私の風魔法で壊せるかは分からない。でも……一か八か、やるしかない!」
そう口にした瞬間、ふと、以前サダメから聞いた魔法の基礎が脳裏によみがえった。
――魔法で最も大切なのは、イメージ。
魔力をどんな現象へと変換するのか。そのイメージが明確であればあるほど、魔法は強く、自在に形を成す。
サダメが詠唱なしで炎を生み出せるのも、魔力を炎へと変換するイメージを完全に掴んでいるからだと聞いた。
ならば、私にもできることがあるかもしれない。
私は風魔法を使える。
今までは、風を起こすことや、物を浮かせることばかり考えていた。
でも、風はそれだけじゃない。
穏やかなそよ風もあれば、木々を揺らす強風もある。そして、すべてをなぎ倒すほどの暴風だって存在する。
風の強さを決めるのは、私自身のイメージなのだとしたら。
今まで使ってきた魔法の枠に、自分から限界を設けていただけなのだとしたら――。
「……嵐が吹き荒れるイメージを」
私は目を閉じ、手のひらに意識を集中させた。
ふわり、と風が生まれる。
木箱を浮かせるときに使う、いつもと変わらない穏やかな風。
ここまでは簡単だ。
けれど、ここから先は未知の領域。
この風を、ただ物を浮かせるだけの力で終わらせない。
もっと強く。
もっと激しく。
周囲の空気を巻き込み、すべてを呑み込み、倉庫そのものを打ち砕くほどの嵐へと変えていく。
そう、強く――強く、思い描く。
お願い。
私の魔法、どうか応えて……!




