第2章ー20
「はあ……はあ……」
村の中央付近から、大きな爆発音とともに火煙が立ち上っていた。
――きっと、サダメが動いたんだ。
魔物たちも、爆発が起きた方角へ次々と向かっている。周囲を警戒していた連中の姿も、先ほどより少なくなっていた。
行くなら、今しかない。
私はサダメの指示に従い、魔造種を保管している倉庫へと向かっていた。あの結界を解除するための手掛かりを見つける。それが、今の私に与えられた役目だ。
魔物に見つからないよう、建物の陰から陰へと移動する。少し進んでは立ち止まり、物音がしないか耳を澄ませる。その繰り返しのせいで、普段なら大した距離でもないはずの道のりが、ひどく長く感じられた。
「おい、なんかあっちで爆発してるみてーだけど、俺たちも行った方がいいのかな?」
「いや、念のためここら辺にいろ。もしかしたら、奴らがこっちを通るかもしれん」
「……」
思わず、物陰に身を潜めた。
爆発に注意を奪われている魔物ばかりではないらしい。こうして持ち場を離れず、周囲を警戒している者たちもいる。
二人だけとはいえ、見つかれば終わりだ。
私が捕まれば、今度こそ命はないだろう。
喉の奥がきゅっと締めつけられる。逃げ出したい気持ちを必死に押し殺し、魔物たちの会話が途切れるのを待った。
……大丈夫。
今は、まだ見つかっていない。
焦るな。慎重に。
そう自分に言い聞かせながら、私は再び足を動かした。
――――――
「……よし。ここには誰もいないみたいね」
どうにか倉庫まで辿り着くことができた。
周囲を見回しても、魔物の姿は見当たらない。物音にも注意を払いながら扉に近づき、そっと中へと足を踏み入れた。
「んっ!?」
その瞬間、胃の奥から込み上げるような不快感に襲われた。
――すごい魔力……!
以前と変わらない、いや、改めて感じると、その圧力は想像以上だった。
空気そのものが重く、肌にまとわりついてくるような感覚。呼吸をするだけでも、身体の内側を何かに押さえつけられているような気分になる。
この場所に長くいたら、また吐いてしまいそうだ。
……なるほど。だから、この辺りの警備が薄いのかもしれない。
魔物にとっては何ともないのだとしても、私たち人間には、この魔力そのものが大きな負担になる。
考えている余裕はなかった。
「風の精よ。内を汚す邪気より、わが身を守りたまえ。【風来の加護】」
詠唱を終えると、身体の周囲を穏やかな風が包み込んだ。
これで魔力酔いによる吐き気は、ある程度抑えられる……はず。
ただ、この禍々しい魔力の中で、どれほど効果が持続するかは分からない。
長居は禁物だ。できるだけ早く、結界の解除に必要なものを見つけなければ。
「さて……どこにあるかな」
私は小さく呟き、倉庫内の探索を始めた。
――――――
「……暗くて、ほんと見えづらい」
探索を始めてすぐ、私はこの場所が想像以上に厄介だと気づかされた。
倉庫の中はもともと薄暗いうえ、夜の闇が重なっている。目を凝らしても、見えるのはぼんやりと浮かび上がる木箱の輪郭くらいだった。
「きゃっ!?」
足元がよく見えず、積み上げられた木箱に何度も身体をぶつけてしまう。
今も、足先が箱の角に引っかかり、危うく転びそうになった。
「うぅ……もう嫌ぁ……」
情けない声が漏れる。
念のため、サダメが持ってきてくれたライトも手元にある。これを使えば、少なくとも足元くらいは確認できるはずだ。
けれど、明かりをつければ、外にいる魔物たちに気づかれる危険が一気に高まる。
これは、あくまで見つかったときに使うための目くらまし。
今、使うわけにはいかない。
「でも、この暗さじゃ……儀式に使った魔法陣なんて、見つけられっこないよ……」
そもそも、私は魔法陣の形状を詳しく知らない。
どのような模様なのか。どれほどの大きさなのか。床に描かれているのか、それとも別の場所にあるのか。
何も分からないまま、手探りで探すしかないのだ。
仮に目の前にあったとしても、暗闇の中でそれが目的の魔法陣だと判断できるかどうか。
考えれば考えるほど、不安が膨らんでいく。
「……急がないと」
私はぎゅっと拳を握りしめた。
サダメも、今頃は一人で魔物たちを引きつけてくれているはずだ。ほかのみんなだって、それぞれの役目を果たそうと必死になっている。
それなのに、私だけがここで立ち止まっているわけにはいかない。
私が諦めてしまえば、みんなの努力が無駄になってしまう。
そんなの、絶対に嫌だ。
「こうなったら、地道に探すしかないわね!」
自分を奮い立たせるように声を上げ、私はその場にしゃがみ込んだ。
床に手をつき、目を凝らしながら、少しずつ周囲を調べていく。
這いつくばるようにして、床の隅から隅まで確認する。あまりにも地道な方法だが、今の私には、ほかに良い案が思いつかなかった。
木箱の間に手を差し入れ、床に何か刻まれていないか確かめる。
視界は相変わらず悪い。床板の木目が、かろうじて見える程度だ。
それでも、探すしかない。
「ん~……いたっ!?」
慎重に進んでいたはずなのに、額が木箱の角にぶつかった。
「いったぁ……もう、最悪……」
思わず額を押さえる。
その拍子に、身体が木箱へとぶつかった。
――ガタンッ!
「……あっ」
鈍い音が倉庫内に響き渡った。
しまった。
音を立ててはいけないのに……!
私は慌てて口を押さえ、扉の向こうへと意識を集中させた。
誰かに聞かれただろうか。
足音は?
声は?
……。
しばらく待ってみたが、外から誰かが駆け寄ってくる気配はなかった。
「……よかったぁ」
胸を撫で下ろし、改めて倒れた木箱へと目を向ける。
そして、ふと違和感を覚えた。
「……あれ?」
おかしい。
この木箱には、魔造種が大量に詰められていたはずだ。
なのに――中身が、ない。
「……」
誰かが持ち出したのだろうか。
そう考えれば、説明がつかないわけではない。けれど、どうしても何かが引っかかる。
胸の奥に、嫌な予感がじわじわと広がっていく。
私は倒れた木箱の中をもう一度確かめ、それから周囲に積まれた箱へと視線を移した。
……ほかの箱も、確認してみよう。
「はあっ!」
魔造種が詰まった木箱は、相当な重量がある。私の力だけで持ち上げるのは難しい。
けれど、私には風魔法がある。
周囲の空気を操り、積み重なった木箱の一列を慎重に浮かせる。崩れないように注意しながら、少しずつ横へずらしていった。
そして、その下に隠れていた床と、箱の並びを確認する。
「ッ!? これは……」
木箱を元の位置へ戻した瞬間、私は息を呑んだ。
ただの空箱が混ざっている。それだけではない。
箱をずらす前と後で、何かがおかしい。
偶然では片づけられない、明らかな違和感。
暗闇の中、私はその光景を凝視した。
――この倉庫、何かがおかしい。




