↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
2章 脱出編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/817

第2章ー18

 「がっ?! あっ……あぁっ……!」


 「……はあ、はあ……」


 胸を貫いた業火剣《ヘルファード》を引き抜く。


 途端、魔物の胸から大量の血が噴き出した。


 魔物は苦しげに胸元を押さえ、何かを言おうと口を動かす。だが、漏れ出るのは意味を成さない呻き声ばかりだった。


 やがて、支えを失った身体が膝から崩れ落ち、そのまま地面へと倒れ込む。


 「……あ……」


 自分は、ただその光景を見つめていた。


 魔物の呼吸が、少しずつ弱くなっていく。


 荒かった息遣いが途切れ途切れになり、やがて、ほとんど聞こえなくなった。


 ――本当に、自分が殺したのか?


 頭では理解している。


 心臓を剣で貫いたのだ。これだけの血を流している以上、助かる見込みはないだろう。


 それでも、目の前で起きていることが、どこか現実離れして感じられた。


 「……ふー、ふー……」


 乱れた呼吸を整えようと、何度も息を吐く。


 それから、ゆっくりと自分の手へ視線を落とした。


 剣の柄を握る手。


 そこには、魔物の血がべっとりと付着していた。


 指の隙間に入り込み、手の甲を伝い、柄を握る部分まで赤く染めている。


 どろりとした感触が、やけに生々しかった。


 気持ち悪い。


 そう感じた瞬間、胃の奥がひっくり返りそうになった。


 だが、目を逸らすことはできなかった。


 これは、自分の血じゃない。


 目の前に倒れている魔物の血だ。


 そして、その血を流させたのは――自分自身だった。


 「……俺が、殺したんだ」


 呟いた声は、自分でも驚くほど小さかった。


 間違いない。


 自分は、自分の手で命を奪ったのだ。


 「く……そが……き……が……」


 「ッ!?」


 突然、地面からかすれた声が聞こえた。


 倒れていた魔物が、血に濡れた口元を歪めながら何かを呟いている。


 まだ生きているのか!?


 一瞬、身体が強張った。


 だが、魔物は血反吐を吐き、地面に這いつくばったまま動けずにいる。胸の傷は深く、呼吸もかろうじて続いている程度だった。


 少なくとも、今すぐ襲いかかってくる様子はない。


 それでも、油断はできなかった。


 魔物が相手なのだ。最後の最後まで、何をしてくるか分からない。


 自分は剣を構え直し、一定の距離を保ったまま様子を窺う。


 ……もう、これ以上は戦えないはずだ。


 そう判断した、そのときだった。


 「ぅ、嘘だろ……?」


 「ッ!?」


 別の声が聞こえた。


 視線を向けると、少し離れた場所に、もう一体の魔物が立ち尽くしていた。


 自分を監禁していた魔物と、いつも一緒に行動していた相方だ。


 その顔には、明らかな動揺が浮かんでいる。


 無理もない。


 つい先ほどまで、自分を一方的に痛めつけていた仲間が、今は血まみれで地面に倒れているのだから。


 自分は剣を握る手に力を込めた。


 「……次は、お前か」


 「う゛っ!?」


 魔物が怯えたように後ずさる。


 その反応を見た瞬間、自分の頭は驚くほど簡単に結論を出していた。


 ――こいつも殺さなければ。


 同じ魔物だ。


 こいつだって、自分たちを散々いたぶってきた。


 そして、自分たちを皆殺しにしようとしている。


 ここで見逃せば、後から仲間を呼ばれるかもしれない。そうなれば、脱出作戦そのものが失敗する危険がある。


 ならば、倒すしかない。


 ……そうだ。


 自分は、間違っていない。


 そう自分に言い聞かせながら、魔物へ向けて右手を突き出した。


 「爆ぜる焔よ、火《か》の球《きゅう》として聚合《しゅうごう》し、眼前に移りし標的に猛る一投を撃ちかけん」


 「ひぃっ!?」


 詠唱が始まった瞬間、魔物の顔から血の気が引いた。


 次の瞬間、そいつは踵を返し、一目散に逃げ出した。


 ……は?


 自分をあれだけ痛めつけておきながら、いざ相方が倒れた途端に逃げるのか?


 その姿に、胸の奥で何かが冷たくなった。


 あれほど恐ろしいと思っていた魔物が、今はただの臆病者に見える。


 魔物といっても、所詮はこの程度なのか。


 「【火球《フレール》】」


 自分は逃げる背中へ向け、火球を放った。


 ただし、全力ではない。


 相手はすでに背を向けて逃げている。ここで必要以上の魔力を使えば、後の作戦に支障が出る。


 威力は五割弱。


 それで十分だと判断した。


 放たれた火球が、一直線に魔物へと飛んでいく。


 「だ、誰か!? 助け――」


 言葉の途中で、火球が魔物に直撃した。


 轟音が響き渡る。


 爆風が周囲の土埃を巻き上げ、火煙が魔物の姿を包み込んだ。


 「ぐあぁぁぁっ!?」


 耳をつんざくような断末魔が、村中に響き渡る。


 数秒後、火煙が薄れ始めた。


 ……どうやら、一撃で仕留められたらしい。


 自分は火球を放った手を下ろし、短く息を吐いた。


 「なんだ、今の音?!」


 「向こうで何かが爆発したぞ!」


 「ったく、こんなときに何が起こってんだよ、ちきしょう!!」


 「ぐずぐずするな、急げ!」


 ――まずい。


 周囲から聞こえてくる怒声と足音に、自分は顔をしかめた。


 先ほどの爆発音で、他の魔物たちにも完全に気づかれてしまったようだ。


 やはり、少し派手にやりすぎたか。


 だが、もう遅い。


 ここで立ち止まっていれば、すぐに包囲される。


 自分は剣を握り直し、周囲の気配を探った。


 ミオたちがいる場所とは、できるだけ反対の方向へ。


 魔物たちの目を、少しでもこちらに向けるために。


 「……囲まれる前に離れるか」


 呟き、自分は地面を蹴った。


 村の入口から遠ざかるように、全速力で駆け出す。


 もう、後戻りはできない。


 ここから先は、作戦通りに囮役を果たすだけだ。


 たとえ何体の魔物が追ってこようとも、ミオたちが逃げ切るための時間を稼ぐ。


 それが、今の自分にできることだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。