第2章ー18
「がっ?! あっ……あぁっ……!」
「……はあ、はあ……」
胸を貫いた業火剣を引き抜く。
途端、魔物の胸から大量の血が噴き出した。
魔物は苦しげに胸元を押さえ、何かを言おうと口を動かす。だが、漏れ出るのは意味を成さない呻き声ばかりだった。
やがて、支えを失った身体が膝から崩れ落ち、そのまま地面へと倒れ込む。
「……あ……」
自分は、ただその光景を見つめていた。
魔物の呼吸が、少しずつ弱くなっていく。
荒かった息遣いが途切れ途切れになり、やがて、ほとんど聞こえなくなった。
――本当に、自分が殺したのか?
頭では理解している。
心臓を剣で貫いたのだ。これだけの血を流している以上、助かる見込みはないだろう。
それでも、目の前で起きていることが、どこか現実離れして感じられた。
「……ふー、ふー……」
乱れた呼吸を整えようと、何度も息を吐く。
それから、ゆっくりと自分の手へ視線を落とした。
剣の柄を握る手。
そこには、魔物の血がべっとりと付着していた。
指の隙間に入り込み、手の甲を伝い、柄を握る部分まで赤く染めている。
どろりとした感触が、やけに生々しかった。
気持ち悪い。
そう感じた瞬間、胃の奥がひっくり返りそうになった。
だが、目を逸らすことはできなかった。
これは、自分の血じゃない。
目の前に倒れている魔物の血だ。
そして、その血を流させたのは――自分自身だった。
「……俺が、殺したんだ」
呟いた声は、自分でも驚くほど小さかった。
間違いない。
自分は、自分の手で命を奪ったのだ。
「く……そが……き……が……」
「ッ!?」
突然、地面からかすれた声が聞こえた。
倒れていた魔物が、血に濡れた口元を歪めながら何かを呟いている。
まだ生きているのか!?
一瞬、身体が強張った。
だが、魔物は血反吐を吐き、地面に這いつくばったまま動けずにいる。胸の傷は深く、呼吸もかろうじて続いている程度だった。
少なくとも、今すぐ襲いかかってくる様子はない。
それでも、油断はできなかった。
魔物が相手なのだ。最後の最後まで、何をしてくるか分からない。
自分は剣を構え直し、一定の距離を保ったまま様子を窺う。
……もう、これ以上は戦えないはずだ。
そう判断した、そのときだった。
「ぅ、嘘だろ……?」
「ッ!?」
別の声が聞こえた。
視線を向けると、少し離れた場所に、もう一体の魔物が立ち尽くしていた。
自分を監禁していた魔物と、いつも一緒に行動していた相方だ。
その顔には、明らかな動揺が浮かんでいる。
無理もない。
つい先ほどまで、自分を一方的に痛めつけていた仲間が、今は血まみれで地面に倒れているのだから。
自分は剣を握る手に力を込めた。
「……次は、お前か」
「う゛っ!?」
魔物が怯えたように後ずさる。
その反応を見た瞬間、自分の頭は驚くほど簡単に結論を出していた。
――こいつも殺さなければ。
同じ魔物だ。
こいつだって、自分たちを散々いたぶってきた。
そして、自分たちを皆殺しにしようとしている。
ここで見逃せば、後から仲間を呼ばれるかもしれない。そうなれば、脱出作戦そのものが失敗する危険がある。
ならば、倒すしかない。
……そうだ。
自分は、間違っていない。
そう自分に言い聞かせながら、魔物へ向けて右手を突き出した。
「爆ぜる焔よ、火の球として聚合し、眼前に移りし標的に猛る一投を撃ちかけん」
「ひぃっ!?」
詠唱が始まった瞬間、魔物の顔から血の気が引いた。
次の瞬間、そいつは踵を返し、一目散に逃げ出した。
……は?
自分をあれだけ痛めつけておきながら、いざ相方が倒れた途端に逃げるのか?
その姿に、胸の奥で何かが冷たくなった。
あれほど恐ろしいと思っていた魔物が、今はただの臆病者に見える。
魔物といっても、所詮はこの程度なのか。
「【火球】」
自分は逃げる背中へ向け、火球を放った。
ただし、全力ではない。
相手はすでに背を向けて逃げている。ここで必要以上の魔力を使えば、後の作戦に支障が出る。
威力は五割弱。
それで十分だと判断した。
放たれた火球が、一直線に魔物へと飛んでいく。
「だ、誰か!? 助け――」
言葉の途中で、火球が魔物に直撃した。
轟音が響き渡る。
爆風が周囲の土埃を巻き上げ、火煙が魔物の姿を包み込んだ。
「ぐあぁぁぁっ!?」
耳をつんざくような断末魔が、村中に響き渡る。
数秒後、火煙が薄れ始めた。
……どうやら、一撃で仕留められたらしい。
自分は火球を放った手を下ろし、短く息を吐いた。
「なんだ、今の音?!」
「向こうで何かが爆発したぞ!」
「ったく、こんなときに何が起こってんだよ、ちきしょう!!」
「ぐずぐずするな、急げ!」
――まずい。
周囲から聞こえてくる怒声と足音に、自分は顔をしかめた。
先ほどの爆発音で、他の魔物たちにも完全に気づかれてしまったようだ。
やはり、少し派手にやりすぎたか。
だが、もう遅い。
ここで立ち止まっていれば、すぐに包囲される。
自分は剣を握り直し、周囲の気配を探った。
ミオたちがいる場所とは、できるだけ反対の方向へ。
魔物たちの目を、少しでもこちらに向けるために。
「……囲まれる前に離れるか」
呟き、自分は地面を蹴った。
村の入口から遠ざかるように、全速力で駆け出す。
もう、後戻りはできない。
ここから先は、作戦通りに囮役を果たすだけだ。
たとえ何体の魔物が追ってこようとも、ミオたちが逃げ切るための時間を稼ぐ。
それが、今の自分にできることだった。




