第2章ー13
「うぅ、寒いよぉ……」
「もうちょっとだから、急かさないでよ!」
教会の片隅では、子供達が身を寄せ合いながら、どうにか焚き火を起こそうと奮闘していた。
作業を終えたばかりの私達にとって、暖を取ることは何よりも重要だった。
けれど、火種を作る作業は思いのほか難航している。
木切れを擦り合わせたり、乾いた草を集めたりと、皆それぞれ工夫しているものの、一向に火がつく気配はない。
そもそも、正しい火の起こし方を知っている子なんて、ほとんどいなかった。
今までは、サダメが何とかしてくれていたからこそ、どうにかなっていたのだ。
――けれど、彼は結局、戻ってこなかった。
「……サダメ……」
朝から、彼の姿を見ていない。
引き止める時間すらなかった。
昨晩、私は自分の気持ちを必死に伝えた。あのときの彼は、何かを考え込んでいるようだったけれど……それでも、少しは私の言葉が届いたのだと思いたかった。
なのに、彼は戻ってこない。
もしかしたら、私の言葉なんて、何の意味もなかったのだろうか。
そんな考えが頭をよぎるたび、悔しさが胸を締めつける。
――やっぱり、私はまだ力不足だったのかもしれない。
誰かを励ますことも。
誰かの心を支えることも。
今の私には、満足にできないのだろうか。
「……」
ふと、少し離れた場所にいるラエルへと目を向けた。
彼は皆の輪から距離を置き、一人で静かに座り込んでいる。
昨晩の一件以来、皆は彼を怖がるようになってしまった。
そして、ラエル自身もそのことに気づいているのだろう。
以前なら、当たり前のように一緒に過ごしていたはずなのに。
今では、同じ教会にいるだけで、どこかよそよそしい空気が流れている。
すぐ近くにいるはずなのに、心は遠い。
まるで、皆の心がバラバラになってしまったかのようだった。
このまま、私達は離れ離れになってしまうのだろうか。
また以前のように、皆で笑い合える日は来るのだろうか。
考えれば考えるほど、不安ばかりが胸の奥に沈んでいく。
「それにしても……」
ふと、教会の外へと意識を向けた。
騒がしい。
いや、いつもと比べて少し騒がしい、なんてものではない。
明らかに異常だった。
魔物達の足音。
飛び交う話し声。
慌ただしく行き交う気配。
普段から、外では魔物達が動き回っている。だから、多少の物音なら珍しくもない。
けれど、今日は違う。
まるで、何か大きな出来事が起きたかのように、落ち着きのない気配が辺りを満たしていた。
――何かが起きている。
そう確信できるほどの異様さだった。
いったい、何があったのだろう。
気になる。
できることなら、外の様子を確かめたい。
けれど、夜に外へ出るのは危険だ。見つかれば、何をされるか分からない。
かといって、魔物達が私達に事情を教えてくれるとも思えなかった。
……せめて、扉の近くまで行って、少しでも話を聞ければ――。
「はあ……はあ……」
「ッ!?」
そのときだった。
教会の奥から、荒い息遣いが聞こえてきた。
思わず、そちらへ顔を向ける。
「あっ……!」
声のした先は、祭壇の辺りだった。
そこには、床が抜け落ちた場所がある。
危険だからと、普段から近づかないように言われている場所だ。
その暗がりから――誰かが、這い上がってこようとしていた。
「だ、誰……?」
誰かが小さく声を漏らす。
その声を合図にしたかのように、子供達が一斉に駆け寄った。
私も慌てて、その後を追う。
そして。
抜け落ちた床の縁から、ようやく姿を現した人物を目にした瞬間――私は息を呑んだ。
「……サダメ?」
信じられなかった。
思わず、手で口元を覆う。
もう二度と会えないかもしれない。
そう思い始めていた相手が、今、目の前にいる。
何度も確かめるように、その姿を見つめた。
間違いない。
そこにいたのは、紛れもなくサダメだった。
「だ、大丈夫っ!?」
驚きに固まっていた身体が、ようやく動き出す。
私は慌てて彼のもとへ駆け寄り、手を差し伸べた。
「はあ……はあ……」
サダメは肩で息をしながら、差し出された私の手を掴む。
その手を引き、床の縁から身体を引き上げた。
彼の全身は汗でびっしょりと濡れていた。
呼吸は乱れ、立っているだけでもつらそうに見える。
いったい、どれほど走り回っていたのだろう。
それとも、何か恐ろしいことから逃げてきたのだろうか。
考えがまとまるよりも先に、私は彼の顔を見て――言葉を失った。
「ッ……サダメ、その顔……!」
頬は腫れ上がり、顔のあちこちに痛々しいあざが浮かんでいた。
どう見ても、転んだりぶつけたりしてできた傷ではない。
誰かに、激しく殴られたのだ。
そう理解した瞬間、胸の奥がざわついた。
いったい、何があったの?
誰に、こんなことをされたの?
「ちょっと見せて! 今すぐ治癒魔法を――」
私は彼の顔に手を伸ばした。
少しでも早く傷を治してあげたい。
何があったのか聞くのは、そのあとでもいい。
そう思った、その瞬間だった。
「その前に……皆に、聞いてほしいことがある!」
「えっ……?」
伸ばしかけた手が、止まった。
サダメは私の手をそっと押しのけると、集まった子供達を見回した。
息はまだ乱れている。
身体だって、まともな状態ではないはずだ。
それなのに、彼は自分の傷を気にする様子もなく、皆の顔を確かめるように視線を巡らせていた。
その瞳には、今まで見たことのない強い光が宿っていた。
まるで、何かを決意したかのような――。
「皆――」
サダメは一度、荒い息を整えようとした。
そして、私達一人ひとりに届くよう、声を張り上げた。
「俺と一緒に、この村から――脱出しよう!!」
その瞬間。
教会の中から、物音が消えた。




