第2章ー4
「おらっ、シャキッと働け!」
翌日も、魔族の怒声が村中に響き渡っていた。
自分たちは怯えながらも、黙々と作業を続ける。
もう見慣れた光景だ。
いや――見慣れてしまった光景、と言うべきか。
あまりにも繰り返される日々に、いちいち恐怖を感じていては身がもたない。余計なことを考えないよう、ただ手だけを動かす。
下手に動きを止めれば殴られる。
反抗すれば、もっと酷い目に遭わされる。
だから、感情を殺す。
何も考えず、ただ淡々と目の前の仕事をこなす。
自分たちに課せられた主な仕事は、【魔造種】の生産だった。
深緑色の植物に実る、林檎によく似た果実。
その内部には、果実の大きさに似つかわしくないほど巨大な種が一粒だけ収まっている。
種そのものも異様だが、本当に恐ろしいのは――そこから滲み出す、禍々しい魔力だった。
この世界では、人間や魔族だけでなく、草木や土といった自然物にも微かな魔力が宿っている。
父はかつて、魔力が尽きた際に土や草を口にして、どうにか補給したことがあると言っていた。
もっとも、回復量は雀の涙ほどしかなく、下手をすれば体調を崩す。ほかに手段がなかったからこその苦肉の策だったらしい。
だが、この魔造種は違う。
果実を割った瞬間、吐き気を催すほど邪悪な魔力が溢れ出すのだ。
初めて目にしたときは、胃の中をひっくり返されたような感覚に襲われた。
魔力というものは、本来ならば身体の一部のように感じられるものだ。少なくとも、父から教わった知識ではそうだった。
それなのに、こいつから溢れ出す魔力は、触れることすら拒みたくなるほど不快だった。
それを――自分たちは毎日、育てている。
汚水のような水を与え、得体の知れない肥料を撒く。
日の光すらまともに届かない、魔障結界に覆われた村で。
普通の植物なら、芽を出すどころか、すぐに枯れ果ててもおかしくない環境だ。
しかし、魔造種は違った。
まるで、この場所こそが自分たちのために用意された楽園だとでも言わんばかりに、次々と果実を実らせていく。
……本当に、気味が悪い。
「おい、お前。これ運べ!」
「……はい……」
魔族に命じられ、魔造種の詰まった木箱を持ち上げる。
今日の監視役は、昨日のように理由もなく暴力を振るう連中ではない。少なくとも、与えられた仕事を忠実にこなしているように見えた。
……だからといって、安心できるわけではない。
少しでも手を止めれば怒声が飛んでくるし、命令に逆らえば何をされるか分からない。
結局、従う以外の選択肢などなかった。
「はあ……はあ……」
木箱は、一つだけならそれほど重くない。
だが、中には魔造種が数十個も詰め込まれている。両腕にずっしりと食い込む重さは、運ぶたびに腰へと負担を蓄積させていった。
感覚的には二十キロ前後だろうか。
……なんだか、前世でスーパーのビールケースを運んでいた頃を思い出すな。
あの頃も、何度も往復すれば腕や腰が痛くなったものだ。
とはいえ――今の方が数百倍きつい。
相手は人間じゃない。
少しでも気に入らなければ、平然と暴力を振るってくる連中だ。
ブラック企業どころの話ではない。
ここは、労働環境という言葉すら生ぬるく感じる地獄だった。
そんなことを考えながら運んでいるうちに、目的の建物が見えてきた。
かつては、誰かが暮らしていた家。
しかし、あれから一年以上が経った今となっては、誰の家だったのかすら思い出せない。
……いや、正確には、思い出そうとしなくなったのだろう。
今のあの建物は、魔造種の貯蔵庫だ。
中には木箱が山のように積み上げられ、収穫された果実が所狭しと並べられている。
そのせいなのか、建物の内部にはおびただしい量の魔力が渦巻いていた。
入り口をくぐっただけで、頭がくらりと揺れる。
胃の奥から、込み上げてくるものがあった。
さらに、魔力に混じって漂う腐臭めいた空気が、鼻を容赦なく刺激する。
息を止めてしまいたい。
今すぐにでも、この場から逃げ出したい。
けれど、そんなことが許されるはずもなかった。
「……よい、しょっと」
どうにか木箱を所定の場所に置くと、すぐさま踵を返す。
こんな場所に、一秒だって長居したくない。
もちろん、建物の中にも見張りはいる。
よくもまあ、こんな不快な空間で平然と立っていられるものだ。
……いや、違うか。
魔族にとっては、この禍々しい魔力に満ちた場所こそが、むしろ快適な環境なのかもしれない。
そう考えると、ますます気分が悪くなった。
「おい、ボケっとすんな! まだ一往復だろ! 今日の分が終わらなきゃ、連帯責任で全員飯抜きだぞ!」
「……すみません。今、行きます」
怒声を浴びせられ、背筋が凍りつく。
これは、ただの脅しではない。
実際に起こり得る罰だ。
自分一人が食事を抜かれるだけなら、まだ耐えられるかもしれない。
だが、作業が遅れれば、ほかの子供たちまで巻き添えになる。
そんなことだけは、絶対に避けなければならなかった。
自分は急いで畑へと戻る。
一日の収穫量は、木箱にして約二十個。
一度に二箱ずつ運べば、十往復で終わる計算だ。
数字だけ見れば、それほど大した作業ではないように思える。
しかし――絶対に、箱を落としてはいけない。
以前、理不尽に絡んできた魔族に脅され、慌てた拍子に木箱を落としてしまったことがある。
そのとき待っていたのは、骨が軋むほどの暴行だった。
箱が壊れたわけでもない。
中身が使い物にならなくなったわけでもない。
ただ、落とした。
それだけで、あの連中は容赦なく自分を殴りつけたのだ。
あのときの痛みは、今でも身体が覚えている。
だから、慎重に。
何があっても、慎重に運ぶ。
腕が震えても、腰が痛んでも、足元に気を配りながら一歩ずつ進む。
途中で休みたいと思うことは何度もあった。
だが、そんな余裕はない。
十往復。
たったそれだけの回数が、今の自分には果てしなく遠く感じられた。
それでも、どうにか木箱を運び続ける。
……あれ?
ふと、自分の身体に意識を向けてみた。
以前なら、とうに腕が上がらなくなっていたはずだ。
それなのに、今はまだ動けている。
もちろん、疲労は溜まっているし、腰だって痛い。
決して楽になったわけではない。
それでも、少しずつ身体がこの生活に適応しているのかもしれなかった。
「……少しは体力、ついたかもな」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
こんな状況で、自分の成長を喜ぶなんて。
我ながら、どうかしていると思う。
けれど、そうでも考えなければ、心まで擦り切れてしまいそうだった。
いつ終わるとも知れない地獄。
明日も、明後日も、同じ日々が続くかもしれない。
それでも――せめて、自分の中にある小さな希望だけは、手放したくなかった。




