↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
2章 脱出編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/818

第2章ー2

 翡翠色の髪を持つ少女の名は、ミオ・チヤドール。


 年齢は自分と同じ六歳。この村で唯一の同年代だ。


 村が襲撃される前は、何度か顔を合わせて話したことがある。とはいえ、特別仲が良かったわけではない。たまに言葉を交わす程度の、ごく普通の知り合いだった。


 それなのに、自分たちが一緒に話している姿を見るたび、父さんはなぜかニヤニヤしていた。


 こちとら中身は二十七歳のほぼおっさんだ。十歳にも満たない子供に妙な情を抱くはずがない。


 きっと、息子の将来を勝手に想像して、期待に胸を膨らませていただけなのだろう。


 ……それにしたって、いくら何でも気が早すぎると思うが。


 「ミオ、悪いがサダメの怪我を治療してやってくれ」


 「うん、わかった!」


 ラエルに呼ばれたミオは、迷うことなく頷いた。


 「ッ!?」


 ……いや、ちょっと待ってくれ。


 自分は別に、そこまでしてもらわなくても――。


 「じゃあサダメ、怪我してるところを見せて!」


 「えっ、あっ、う、うん……」


 ミオは自分の前まで歩み寄ると、怪我の具合を確かめるため、服を脱ぐように手振りで促してきた。


 ……いやいや、ちょっと待て。


 今、自分たちの周囲には他の子供たちもいる。


 こんな大勢の前で上半身を晒すのは、普通に恥ずかしい。しかも、ここは暖房器具も満足にない廃教会だ。服を脱げば当然、寒い。


 「ほら、早く見せて!」


 「ちょ、ちょっと待てって! 自分で脱ぐから!」


 自分が上着に手を掛けるのをためらっていると、しびれを切らしたミオが、こちらの上着を掴んだ。


 「えっ、おい、ミオ!?」


 「じっとしてて!」


 「いや、だから自分で――」


 有無を言わさぬ勢いで、上着を引っ張られる。


 ……女の子に服を脱がされる方が、よほど精神的なダメージが大きいんだが!?


 「い゛っ!?」


 不意に横腹へ鋭い痛みが走った。


 思わず声が漏れ、身体がびくりと跳ねる。


 「ッ!? サダメ、お前……」


 その瞬間、ラエルたちの表情が凍りついた。


 露わになった自分の上半身を見て、誰もが言葉を失っている。


 ……まあ、六歳児にしては腹筋が割れていることに驚いたのかもしれない。


 だが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。


 身体のあちこちに、無数の打撲痕が残っていた。


 棍棒で打ち据えられた背中には、青黒く変色した痣。擦りむいた皮膚には乾いた血がこびりつき、切り傷もいくつも残っている。


 大人が見ても、思わず顔を背けたくなるような有様だった。


 ……寒いとか、恥ずかしいとか、そんなことを気にしている場合じゃなかったな。


 改めて自分の身体を見せつけられ、そんな当たり前のことに気づかされた。


 「……ひどい……」


 ミオが、かすれた声で呟いた。


 その表情からは、先ほどまでの明るさが消えている。


 彼女の実家であるチヤドール家は、この村で薬屋を営んでいた。


 ただの薬屋ではない。両親は薬学や医学に精通しており、村人たちにとっては医者のような存在でもあった。


 自分の母さんも治癒魔法を使えたが、治せるのは軽い火傷や擦り傷などが中心だった。病気の診断や薬の処方となれば、チヤドール家の専門分野だ。


 ミオ自身も、幼い頃から両親の手伝いをしていたらしい。


 そんな彼女が絶句している。


 平和だった頃のドレーカで、ここまでの怪我を負った子供など、まず見かけることはなかっただろう。


 ましてや、怪我を負ったまま何日も放置されるなんて、普通ならあり得ない。


 ……もっとも、今の自分たちにとっては、それが当たり前になりつつあるのだが。


 「……治療してみるから、じっとしててね」


 ミオは小さく息を吐き、覚悟を決めたように自分の前へしゃがみ込んだ。


 「お、おう……頼む」


 「うん!」


 彼女は自分の胸元にそっと手を当て、静かに詠唱を始めた。


 「聖なる風の精よ、癒しの力をお恵みください。【小さき癒しの温風《リトルヒート》】!」


 直後、柔らかな風が自分の身体を包み込んだ。


 温かな空気が肌を撫で、冷え切っていた身体の奥へと染み渡っていく。


 不思議なことに、その風は周囲にはほとんど広がらず、自分の身体だけを優しく包んでいた。


 ……あったけぇ。


 正直、自分で起こした焚き火よりも暖かい。


 少し悔しい。いや、かなり悔しい。


 ……いや、今はそんなことを考えている場合じゃないだろ。


 この世界の魔法は、大きく分けて二つの系統に分類される。


 一つは、炎や風、水、雷といった自然現象を操る自然魔法。


 そしてもう一つが、治癒や幻惑、身体強化など、自然現象の操作とは異なる効果を発揮する特殊魔法だ。


 通常、人間が扱えるのはどちらか一方の系統だけ。


 魔力の性質そのものが異なるため、二つを同時に扱うことはできない。それが、この世界における常識だった。


 だが、ミオは違う。


 彼女は風を操る自然魔法と、傷を癒やす特殊魔法。その両方を扱うことができる。


 こうした例外的な性質を持つ者は、【特異体質《イディオーション》】と呼ばれるらしい。


 同じ体質を持つ人間を探すのは、砂漠の真ん中で一本の針を探すようなもの。


 それほどまでに珍しい存在なのだ。


 もっとも、本人は自分の才能を特別誇っている様子もなく、今はただ、目の前の怪我を治すことに集中していた。


 「……はぁ、はぁ……」


 しばらくすると、ミオの呼吸が荒くなってきた。


 額には汗が浮かび、自分の胸元に添えられた手も、わずかに震えている。


 その一方で、自分の身体には確かな変化が現れていた。


 小さな擦り傷が、少しずつ塞がっていく。


 出血していた傷口も、ゆっくりと血が止まり始めていた。


 ただし、深い傷はそう簡単には治らないらしい。


 痛みは和らいでいるものの、完全に消えたわけではなかった。


 ……それでも、十分すぎるほどありがたい。


 だが、それ以上に気になることがあった。


 治療を受けている自分よりも、治療しているミオの方が明らかにつらそうなのだ。


 このまま続けさせれば、彼女の方が倒れてしまうかもしれない。


 「あ、ありがとう、ミオ。もう大丈夫だよ」


 「えっ? 何言ってるの!? まだ傷が残ってるじゃない!」


 「いや、でも、かなり楽になったからさ」


 「だけど……!」


 「本当に大丈夫だって」


 自分はできるだけ穏やかな声で答えた。


 実際、治療のおかげで痛みはかなり軽減している。身体も温まったし、今すぐどうにかしなければならないような状態ではない。


 それに――。


 「どうせ明日になれば、また殴られるんだ。傷跡まで全部治してもらわなくてもいいよ」


 「…………」


 ミオの表情が、ぴたりと止まった。


 ……あれ?


 何か、まずいことを言っただろうか。


 いや、別に間違ったことは言っていないはずだ。


 明日になれば、また同じように魔物たちから暴力を振るわれる。


 だったら、今ここで彼女に無理をさせる必要はない。


 ミオの体力を削ってまで、完全に傷を治してもらうわけにはいかなかった。


 「ほら、今日はもう飯を食って寝よう。明日も早いだろ?」


 そう言いながら、自分は上着を着直そうとした。


 その瞬間――。


 バチンッ!!


 「ん゛ッ!?」


 腹部に、鋭い衝撃が叩き込まれた。


 「ぐっ……!?」


 何が起きたのか理解するより先に、自分はその場で身体を丸めていた。


 痛い。


 いや、痛いなんてものじゃない。


 治りきっていない腹部に響く衝撃が、全身を駆け巡る。


 視界が白く染まり、呼吸が一瞬止まった。


 ……な、何だ!?


 いったい何が起きた!?


 「……サダメの、バカ」


 聞こえてきたのは、今にも泣き出しそうなミオの声だった。


 ……あ。


 そういえば、さっきまで痛みが和らいでいたのは、治癒魔法のおかげだった。


 治療が完全に終わったわけではない。


 つまり、自分の腹はまだ、まともに衝撃を受ければ悲鳴を上げる状態だったのだ。


 それを忘れて、油断した。


 ……いや、そもそも六歳の女の子に腹を叩かれるなんて、誰が想像するんだよ!?


 そんな理不尽な言い訳が頭をよぎったが、もちろん口には出せなかった。


 ミオの表情を見れば、何を言うべきかくらいは分かる。


 彼女は怒っている。


 自分が自分の怪我を軽く扱ったことに。


 彼女の心配を、無駄にしようとしたことに。


 ……本当に、悪いことをした。


 そう思ったのだが――。


 「……っ、寒い」


 上着を脱いだままだったことを、今さらながら思い出した。


 治療の温風が消えた教会の中は、相変わらず冷え切っている。


 腹の痛みと、身を切るような寒さ。


 どうやら今夜も、安らかに眠るのは難しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。