↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
2章 脱出編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/817

第2章ー1

 魔物の襲撃を受けてから、約一年が経った。


 かつては小さくとも、人々の笑い声が絶えない温かな村だったドレーカ。


 しかし、今ではその面影すら残っていない。


 崩れ落ちた家屋。朽ち果てた柵。ひび割れた石畳を覆い尽くす雑草。かつて人々が暮らしていた場所は、もはや廃村と呼ぶことすら生ぬるい、巨大な墓場と化していた。


 空気は澱み、辺りは常に薄暗い。


 昼なのか夜なのか、その区別すら曖昧になるほど、村には光がなかった。頭上に太陽が昇っているのかどうかさえ、疑いたくなる。


 その原因は、村全体を覆い尽くしている魔障結界だ。


 外の景色を窺うことはおろか、結界の向こう側に何があるのかさえ分からない。まるで世界そのものから切り離されてしまったかのようだった。


 建物の壁には苔が広がり、金属部分は錆びついている。道という道には雑草が伸び放題で、かつて誰かが暮らしていた痕跡さえ、少しずつ自然に呑み込まれつつあった。


 当然だ。


 もう、この村を手入れする者などいないのだから。


 村の男たちは、老人も含めて皆殺しにされた。


 女性たちはいくつかの建物に隔離され、夜になると、呻き声や悲鳴が村中に響き渡る。


 ……何をされているのか、自分は知らない。


 知りたくもなかった。


 ただ、彼女たちが酷い目に遭わされていることだけは、嫌というほど理解していた。


 ――母も、あの中にいる。


 そう考えるたび、胸の奥を握り潰されるような感覚に襲われる。


 助けに行きたい。


 今すぐにでも、あの場所から母を連れ出したい。


 けれど、自分には何もできなかった。


 母のいる場所へ近づくことすら許されず、ただ遠くから、時折聞こえてくる声に耳を塞ぐことしかできない。


 ……悔しかった。


 何もできない自分が、どうしようもなく情けなかった。


 そして、子供である自分たちは――。


 「おい! 何サボってやがんだ!? クソが!!」


 「ぐっ!?」


 背中に強烈な衝撃が走った。


 直後、焼けつくような痛みが全身を駆け巡る。


 振り返る間もなく、自分は地面に膝をついていた。


 「ううっ……!」


 「下等な人間風情が! さっさと起きろってんだ!」


 魔物が振り下ろした棍棒が、再び背中を打ち据える。


 歯を食いしばり、どうにか立ち上がろうとした。


 だが、その瞬間――。


 「おらよっ!」


 「ぐぼっ!?」


 腹部に蹴りが叩き込まれ、身体がくの字に折れ曲がる。


 息が詰まり、胃の中のものが逆流しそうになった。


 自分はそのまま地面に転がり、咳き込みながら必死に呼吸を整えた。


 「ゲホッ、ゲホッ……!」


 「ケハハハハ! おいおい、蹴ったら起き上がれなくなっちまったじゃねえか!」


 「起きねえこいつが悪いんだろ! 自業自得だ、ヒハハハハ!」


 魔物たちは、苦しむ自分を見て腹を抱えて笑っていた。


 そこに罪悪感など微塵もない。


 彼らにとって、自分たち人間は同じ生き物ですらないのだろう。


 ただの奴隷。


 ただの玩具。


 壊れるまで痛めつけ、飽きれば捨てる。それだけの存在だった。


 「ほら、いつまで寝てやがる! さっさと作業に戻れ!」


 「ぶっ!?」


 再び腹を蹴られた。


 身体が跳ね、視界が大きく揺れる。


 それでも、自分は起き上がろうとした。


 起きなければ殴られる。


 起き上がれば、また殴られる。


 どちらを選んでも、待っているのは痛みだけだった。


 それでも、動かなければならない。


 逆らえば、今度こそ殺されるかもしれないから。


 魔物は人間よりも遥かに力が強い。


 彼らにとっては軽い一撃でも、自分たちにとっては致命傷になりかねない。


 実際、これまでにも何人もの子供が暴行を受けていた。


 殴られただけで血を吐き、そのまま動かなくなった子もいた。


 昨日まで一緒に作業をしていた子が、翌日には姿を消していることだってあった。


 その理由を、自分たちは誰にも尋ねられなかった。


 だから自分は――耐えた。


 幸いにも、自分は幼い頃から父さんに鍛えられていた。


 魔力による身体強化も、ある程度なら使える。


 そのおかげで、他の子供たちなら耐えられないような暴力にも、どうにか耐え続けることができていた。


 ……皮肉な話だ。


 かつて家族を守るために鍛えた身体が、今では魔物たちの鬱憤を晴らすための道具になっている。


 いつの間にか、自分は魔物たちの間で『サンドバッグ役』として扱われるようになっていた。


 自分を殴っている間、彼らは他の子供たちへの暴力を控えることが多かったからだ。


 自分が耐えれば、他の子たちは殴られずに済む。


 それだけが、唯一の救いだった。


 ……もちろん、自分だって痛い。


 殴られるたびに身体の奥まで響く衝撃も、蹴られるたびに呼吸ができなくなる苦しさも、決して慣れるものではない。


 何より、いつまでこんな生活が続くのか分からないことが、何よりも恐ろしかった。


 ――いつまで、耐えればいい?


 ――このままでは、いつか本当に壊れてしまうんじゃないか?


 そんな不安が、毎日のように頭をよぎる。


 それでも自分は、弱音を吐くことができなかった。


 自分が折れれば、次は誰かが犠牲になるかもしれない。


 だから、耐えるしかなかった。


 いつか、この状況を終わらせるために。


 いつか、皆を守れるようになるために。


 そして、いつか――母を助け出すために。


 * * *


 夜。


 その日の作業を終えた自分たちは、古びた教会へと押し込まれた。


 かつては村人たちが集まり、祈りを捧げていた場所。


 今では壁の一部が崩れ、祭壇も荒れ果て、自分たち子供の寝床として使われている。


 割れた窓からは冷たい風が吹き込み、床には埃が積もっていた。


 毛布も布団もない。


 身を横たえたところで、外で眠るのと大差ない寒さだった。


 「サダメ、すまない。いつもの火を頼む」


 最年長のラエルが申し訳なさそうに声をかけてきた。


 「分かってる。今つけるよ」


 自分は頷き、周囲に散らばっていた小枝を一か所に集めた。


 風の魔法で枝を寄せ、火の魔法で小さな炎を灯す。


 それだけで、簡素な焚き火が出来上がった。


 パチパチと、乾いた枝が燃える音が響く。


 炎の揺らめきが、薄暗い教会の中をわずかに照らした。


 「はぁ……あったけぇ……」


 誰かが、安堵の息を漏らす。


 自分たちは焚き火を囲むように座り、少しでも暖を取ろうと身を寄せ合った。


 決して十分な温もりではない。


 それでも、何もないよりはずっとましだった。


 「サダメ。怪我は大丈夫か?」


 ラエルが心配そうに尋ねてくる。


 自分が魔物たちの暴力を一身に受けていることは、皆も知っていた。


 「うん。もう慣れたから、大丈夫だよ」


 自分は笑って答えた。


 ……嘘だった。


 痛みに慣れたわけじゃない。


 本当は、もう嫌だった。


 殴られるのも、蹴られるのも、何もできずに耐えるだけの日々も。


 全部、今すぐにでも投げ出してしまいたかった。


 けれど、そんな本音を口にするわけにはいかなかった。


 自分が弱音を吐けば、皆まで不安にさせてしまう。


 自分が耐えられなくなれば、他の誰かが代わりに犠牲になるかもしれない。


 だから自分は、笑った。


 平気なふりをして、痛みも恐怖も胸の奥へ押し込めた。


 せめて、皆の前では。


 ――このままじゃ、駄目だ。


 焚き火を見つめながら、自分は改めて思った。


 いつまでも耐えているだけでは、何も変わらない。


 この生活を終わらせる方法を見つけなければ。


 母を助けるためにも。


 皆を守るためにも。


 ……だが、どうすればいい?


 魔物たちは強い。


 自分一人で立ち向かったところで、勝てる保証などどこにもない。


 それどころか、下手に抵抗すれば、皆に危険が及ぶ可能性だってある。


 焦る気持ちばかりが募り、答えは一向に見つからなかった。


 そんな時――。


 「ミオー! ちょっと来てくれ!」


 ラエルが教会の奥へ向かって声を張り上げた。


 「はーい! 今行く!」


 返事とともに、小さな足音が近づいてくる。


 やがて、両手に食料を抱えた少女が、こちらへ駆け寄ってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。