第2章ー②
翡翠色の髪を持つ彼女の名はミオ・チヤドール。
年は自分と同じで、この村で唯一の同年代だ。
村が襲撃される前、何度か顔を合わせて話したことはあるが、特別親しいというほどでもなかった。
それでも同い年同士で話している姿を見るたび、父はなぜかニヤニヤしていた。
……いや、違う。父の中身はおっさんだから、十にも満たない子に変な情を抱くはずがない。
ただ、父親として「将来」を勝手に期待していただけなのだろう。流石に気が早すぎる。
「ミオ、悪いがサダメのケガを治療してやってくれ」
「うん、わかった」
「ッ?!」
ラエルが呼び寄せたミオは、当然のように自分の治療を引き受けた。
自分が虚勢を張っているのを見抜いたのか、それとも単に気遣いか。
どちらにせよ、彼らからすれば放ってはおけない状況なのだろう。
「じゃあサダメ、ケガしてるところ見せて!」
「あっ、う、うん……」
ミオは歩み寄るなり、治療の準備としてどこを負傷しているのか確認しようと、服を脱ぐよう手振りで促してくる。
周囲には他の子供たちの視線。
ここで脱ぐのは普通に恥ずかしい。しかも寒い。
「ほら、早く見せて!」
「ちょ、そんな急かすなって!?」
上着を脱ぐのを渋っていると、見かねたミオが自分の上着に手を掛けた。
……女の子に脱がされるほうが、よほど精神的ダメージがでかい。
「い゛っ!?」
「ッ!? サダメ、お前……」
やや乱暴に引きはがされたせいで、横腹に鋭い痛みが走る。
露わになった自分の上半身を見て、ラエルたちは言葉を失った。
六歳にして腹筋が割れている点にも驚いているかもしれないが、本題はそこではない。
無数の打撲痕、擦り傷、切り傷。
生々しい外傷が身体中に残り、大人でも顔色を変えそうな有様だった。
寒さ以前に、こんなものを人前で晒すものではなかったと今さら思う。
「……ひどい……」
ミオが小さく呟く。
彼女の家は薬屋で、両親はこの村における医者と呼んで差し支えないほど医学に精通している。
自分の母も治癒魔法は使えたが、治せるのは軽い火傷や擦り傷程度。病気の治療はチヤドール家の領分だった。
ミオ自身も手伝い経験があるらしいが、彼女の表情を見る限り、これは滅多にない重症例なのだろう。
平和だった村で、ここまで怪我を負い、しかも放置される子供など普通は存在しない。
「……治療してみるから、じっとしてて」
「お、おう……」
ミオは覚悟を決めたようにしゃがみ込み、詠唱を始める。
「聖なる風の精よ、癒しの力をお恵みください。
【小さき癒しの温風】!」
胸に手を当てられた瞬間、自分にだけ届く柔らかな暖風が吹き始めた。
ミオは風の自然魔法と治癒の特殊魔法を同時に扱える、少し変わった才能の持ち主だ。
この世界の魔法は大きく自然魔法と特殊魔法に分かれる。
炎や風、水、雷といった自然現象を操るものが自然魔法。
それ以外の治癒・幻惑・強化などは特殊魔法に分類される。
普通はどちらか一系統しか扱えない。
魔力の質が根本的に異なり、両立は不可能――それが常識だ。
だが、ミオのように二系統を併せ持てる者は、
【特異体質】と呼ばれる希少な存在らしい。
同じ体質の人間を探すのは、砂漠の真ん中で一本の針を探すようなもの。
つまり、ほぼ見つからない。
「……はぁ、はぁ……」
暖かな風が身体の内側を満たし、正直、自分の焚き火より暖が取れている。
少し悔しい。いや、かなり悔しい。
小さな擦り傷は跡形もなく消えていくが、深い傷は治りが遅い。
痛みは和らいでいるものの、完全には消えない。
それ以上に、魔法を使うミオ自身の方が苦しそうだった。
「あ、ありがとう。もう大丈夫だよ」
「えっ? なに言ってんの!? まだ傷が――」
「ミオのおかげで十分楽になった。
どうせ明日も殴られるし、跡のほうはいいよ」
「……」
治療が始まって数分。
これ以上は負担になると判断し、感謝を告げて止めようとする。
実際、痛みはかなり軽減していた。
身体も暖かい。
それだけで十分だ。
それに――明日になれば、また同じ目に遭うのは分かりきっている。
彼女の体力を削ってまで頼るものではない。
「ほら、今日はもう飯食って寝よ――ん゛ッ?!」
服を着直そうとした瞬間。
ミオの平手が、容赦なく腹に叩き込まれた。
「ぐっ――!?」
幼女の一撃とはいえ、治りきっていない腹には致命的だった。
痺れる痛みが腹から全身に走り、視界が白く染まる。
――そういえば。
痛みが和らいでいたのは、治癒魔法の余韻が残っていただけだった。
その余韻が、平手打ち一発で完全に消し飛ぶとは。
思ってもいなかった。
そして何より――寒い。




