↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
1章 転生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/818

第1章ー17

 「?! なん……だと?」


 魔物の放った言葉が、遅れて胸の奥に突き刺さった。


 痴人――だと?


 自分たちを守るために命を懸けて戦った父を、そんな一言で踏みにじるだと?


 ふざけるな。


 父が、どれほどの覚悟で戦っていたのか。どれほど必死に、自分たちを守ろうとしていたのか。


 何も知らないくせに。


 何も分かっていないくせに。


 怒りが、胸の奥から込み上げてくる。


 全身を駆け巡る熱が、恐怖に凍りついていた身体を少しずつ解きほぐしていく。震えていた手に力が戻り、地面に崩れ落ちていた膝にも、わずかながら感覚が蘇った。


 だが、そんな自分の変化など気にも留めず、魔物は淡々と口を開いた。


 「『私には三つの武器があります』」


 「ッ?!」


 魔物は、まるで講義でも始めるかのように人差し指を立てた。


 ここは戦場だ。


 周囲には破壊の爪痕が刻まれ、少し離れた場所には、つい先ほどまで戦っていた父が倒れている。


 それなのに、目の前の魔物には焦りも警戒も見られなかった。


 まるで、すべてが予定どおりに進んでいるかのように。


 「『一つ目は、この“陰魔法”。これによって、私は相手を直接殺すことができる』」


 そう言って、魔物は黒い手をゆっくりと掲げた。


 闇そのものを形にしたような、不気味な手。


 それが、父の胸を貫いた凶器だった。


 見間違えるはずもない。


 あの手が引き抜かれた瞬間、父は地面に倒れたのだから。


 拳を握り締める。


 今すぐ飛びかかって、あの手を叩き落としてやりたい。


 だが、相手との実力差は嫌というほど分かっていた。


 怒りに任せて突っ込んだところで、父と同じ結末を迎えるだけかもしれない。


 それでも、目を逸らすことはできなかった。


 「『二つ目は、“頭脳”。相手を殺すための策を練るのに必要な武器です』」


 魔物は自らのこめかみに指を当て、楽しげに口元を緩めた。


 ……魔法だけじゃない。


 こいつは、力だけで戦っているわけではないのか。


 相手の能力を見極め、状況を分析し、勝つための方法を考える。


 そうした思考そのものを、武器と呼んでいる。


 ならば、最後の一つは何だ?


 魔法と頭脳。


 この二つに並ぶほどの武器とは、一体――。


 「『そして三つ目は、“言葉”です』」


 魔物は、今度は自分の口元を指差した。


 「ッ?!」


 言葉?


 思わず息を呑んだ。


 魔法でもなければ、武器ですらない。


 ただ話すことが、戦いにおける武器になるというのか?


 意味が分からず、眉をひそめる。


 そんな自分の反応を楽しむかのように、魔物は言葉を続けた。


 「『魔物と人類が敵対関係にあることは、言うまでもありません。では、なぜ私たちが、わざわざ人間の言葉を話すと思いますか?』」


 「……」


 分かるはずがない。


 そもそも、そんなことを考えたことすらなかった。


 魔物が人間の言葉を話す。


 ただそれだけのことを、今まで深く疑問に思ったことはなかったのだ。


 だが、目の前の魔物は違う。


 その事実に、何かしらの意味を見いだしている。


 そして、その答えをこちらに聞かせること自体が、こいつの狙いなのかもしれない。


 「『答えは単純。“人を欺くため”です』」


 「……っ」


 「『人間とは、愚かで単純な生き物です。同じ言葉を話すというだけで、相手を理解した気になってしまう。無意識のうちに警戒を緩め、気づかぬうちに相手の思惑へと引きずり込まれる』」


 魔物は、さも当然の事実を語るかのように言い放った。


 「『言葉が通じる。だから話し合える。話し合えるのだから、こちらの考えも理解できるはずだ――。そうやって勝手に相手を信用し、隙を見せるのです』」


 「で、デタラメを……言うな」


 声が震えた。


 父を失った衝撃は、まだ消えていない。


 胸の奥は張り裂けそうで、今にも泣き崩れてしまいそうだった。


 それでも、黙って聞いているわけにはいかなかった。


 このままでは、父までもが、相手の言うとおりの愚か者として塗り替えられてしまう。


 そんなことだけは、絶対に認められない。


 「お父さんが……そんなことで油断するはずがない……!」


 父は、騎士団の副団長にまで上り詰めた人だ。


 数え切れないほどの戦場を経験し、命懸けの戦いを乗り越えてきた。


 そんな父が、言葉が通じるというだけで相手を信用するはずがない。


 絶対に。


 そう信じたかった。


 「『……そうですね。後半は適当に考えました』」


 「……は?」


 あまりにも予想外の返答に、思考が止まった。


 今、こいつは何と言った?


 適当に考えた?


 つい先ほどまで、あれほどもっともらしく語っていた理屈を、自分からあっさりと否定したのか?


 冗談を言っているようには見えない。


 かといって、真面目に説明しているようにも思えなかった。


 何なんだ、こいつは。


 「『さっき言いましたよね? “人を欺くために我々は人語を語る”と』」


 「……何が言いたいんだよ、おまえ」


 腹の底から、不快感が込み上げてきた。


 こいつは何をしたいんだ?


 父を殺しただけでは飽き足らず、今度はわざわざ自分の前で、こんな話を聞かせている。


 こちらを納得させたいわけでも、何かを教えたいわけでもない。


 ならば、一体何のために?


 ……違う。


 もしかすると、こいつは最初から――。


 「『君は、私の話を半信半疑で聞いていました』」


 魔物が、こちらを見据えた。


 「『ですが……彼はどうだったでしょうか?』」


 「?」


 その視線が、ゆっくりと横へ流れる。


 向けられた先にあるのは、地面に倒れ伏した父の姿だった。


 「『彼は、私の言葉を鵜呑みにしていましたよ』」


 「……は?」


 「『彼の敗因は、そこです』」


 「はあ? お父さんが、そんなヘマを――」


 反射的に言い返そうとした。


 だが、言葉が続かなかった。


 父は、確かに魔物と戦っていた。


 何度も攻撃を仕掛け、あれほどの魔法を放ち、最後まで勝つために全力を尽くしていた。


 それなのに、敗因が言葉を信じたこと?


 そんな馬鹿な話があるものか。


 そもそも、こいつの言っていることが本当だという保証すらない。


 ……いや。


 だからこそ、こいつはこんな話をしているのか?


 「『なら、教えて差し上げましょう』」


 魔物の声から、先ほどまでの軽薄さが消えた。


 その声音は静かだった。


 静かすぎるほどに。


 「『私がどうやって、君の父を“殺せたのか”を』」


 「っ?!」


 背筋に、冷たいものが走った。


 混乱が頭の中で渦を巻く。


 父は、魔法の撃ち合いで押し負けたのではないのか?


 確かに、最後に父の胸を貫いたのは魔法の弾丸などではなかった。


 あの黒い手だ。


 だが、どうやって?


 煙に紛れて接近したのか?


 いや、そんな単純な話ではないはずだ。


 父は歴戦の騎士だった。


 敵の接近に気づかないほど、注意を怠る人ではない。


 ましてや、あれほど激しい戦闘の最中に、目の前の敵を見失うなど――。


 思考がまとまらない。


 何かを見落としている。


 何か、決定的なものを。


 魔物は、そんな自分の困惑を見透かすように、ゆっくりと口角を吊り上げた。


「『逃げたんですよ』」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。