第1章ー⑨
「はあぁっ!!」
「『ふっ、無駄なことを』」
再び接近した俺は、業火剣に魔力を注ぎ炎の出力を引き上げる。
手数を増やし、一気に斬り刻む。
燃焼範囲は拡がり、攻撃速度は跳ね上がり、エイシャの身体は一瞬で細切れとなった。
――それでも。
エイシャは、まるで何事もなかったかのように喋り続けている。
これだけ斬って燃やしてもノーダメージ。
不死身というより、**「斬られていない」**かのような違和感。
何より、斬った手応えが一切ない。
「『さて、そろそろ私も反撃させていただきましょうか』」
「ッ!?」
攻撃の手を止めた瞬間、足元に二つの円い影が現れた。
細切れの状態からでも魔法を撃てる――理屈が通らない。
「『【黒影双槍】』」
「くっ!?」
影から生まれた黒い細槍が、螺旋を描いて射出される。
だが俺は、魔法発動前にすでに後退していた。
槍はこめかみを掠めるだけで終わる。
――あと半拍遅れていたら首を持っていかれていた。
「『ほう。これは避けられますか。それなら――』」
次の瞬間。
エイシャの周囲に、無数の円い影が展開される。
――まずい。規模が違う。
「『【黒影多槍】』」
数十、いや数百の影槍が一斉に牙を剥く。
詠唱なしでこの数。これが魔王軍幹部の領域か。
本来なら業火剣を二刀で捌く。
だが右腕は失われている。
ならば――魔法で相殺するしかない。
「纏え、炎の渦よ。荒れ狂え、業火の斬撃――【放炎斬渦】!!」
業火剣の炎が渦を巻き、刃が倍の長さへと膨れ上がる。
一振りで、結界の端から端まで届く炎の斬撃。
渦はすべてを飲み込む。
影槍は一つ残らず焼き切られ、こちらへ届くものはない。
「……ふんっ!」
――背後から飛来した二本の影槍を弾く。
前方の大群は陽動。
本命は設置された背後の罠。
遠隔起動型の影罠か。厄介な手を使う。
「『ほう。後ろの罠まで対処しますか。なかなかやりますね』」
「それはどうも」
エイシャは相変わらず平然と語る。
渦ごと焼き払ったはずなのに、無傷。
――やはり、あの身体は普通ではない。
だが、攻撃は通る。
ならば必ず、通す方法もある。
今わかっているのは一つ。
エイシャは影魔法の極致にいる。
影で武器を生み、罠を張り、さらに生物すら創り出す。
だが――ここまで意思を持ち、喋り、巨大な魔力を放つ影など見たことがない。
本体が別に存在する可能性も考えた。
だが、この禍々しい魔力は紛れもなく「ここ」にある。
――つまり、目の前のエイシャこそ本体。
それなのに、なぜ斬撃の手応えがない?
この違和感の正体は――。
考える時間はない。
結界の外では村の皆が襲われている。
倒せ。ここで。
俺は業火剣を上段に構える。
詠唱と共に炎が天へ伸び、結界の天井すら焦がす勢いとなる。
――手数でダメなら、一撃で焼き尽くす。
「焔の断刀、赫灼の炎を昇らせ、天地に振り下ろし、灼熱の一振りで対敵を燃やし斬り伏せよ――」
「【赫火断刀】!!」
業火剣は激しく燃え盛り、結界内が紅蓮に染まる。
烈風が吹き荒れ、草は灰となって舞う。
振り下ろされた刃は、地面ごと叩き割る炎の巨刀。
分裂も再生も意味を持たない――俺の最高火力。
「『くっ!?』」
――エイシャが、初めて動いた。
影のように右腕を結界へ貼り付け、ゴムのように引かれて横へ逃れる。
轟音。
大地が裂け、炎が爆ぜる。
だが斬撃はわずかに外れ、左腕だけを焼き切った。
最高火力が、完全には届かない。
――それでも。
「……ははっ。初めて避けたな。今のは流石に効いたか?」
沈黙。
だが魔力が揺らぐ。
声色が、明確に変わる。
「『……少し、遊びが過ぎましたかね』」
背筋が冷える。
怒りを帯びた魔力が空気を歪める。
俺の視界の先。
さきほどより遥かに巨大な円形の影が地面に浮かぶ。
「『影より生まれし番人よ。我を守る盾となり、敵を滅ぼす矛となれ』」
詠唱。
影は球体へと隆起し、不気味に脈動する。
「『【番影獄装人形】』」
球体が割れ、現れたのは――
黒鎧を纏った巨大な影のゴーレム。
……冗談だろ。
騎士団で二十年。
数え切れぬ魔族と戦ってきた。
だが、こんな規格外は初めてだ。
しかも、今の俺は隠居明けで鈍っている。
「『さて――ここからは、私の得意な戦法で戦いましょう』」




