前哨戦
「追ってくるぞ! もっと早く走れー!」
残留近衛団の脱出組は一路フィリア邸を目指して馬車を走らせていた。
1個小隊4個分隊、4つの荷馬車に分隊ごとに分乗していたが、ロッタ工房の職人もそれぞれに散って乗っていた。
バァーン! バァーン!
その職人――ジャクソンと、彼にレクチャーを受けた近衛兵が、追ってくるオークに対して誠一考案の魔法銃で応戦している。だが、兵たちにとっては練習する時間があまりにも少なすぎた。
「くそ、当たらねえ! 馬車が揺れ過ぎだ!」
ようやく撃発を起こす火、あるいは雷属性の魔法のコツを掴む程度まで来た兵が次弾を装填しながら大声で愚痴った。
「1テンポ早めに念じるんだ! 揺れと標的の動きにタイミングを合わせて……」
バァーン!
パン!
肩に命中!
「な! こんな感じだ!」
と、ジャクソンが指導するも兵たちは「な! じゃねえよ! わかんねぇよ!」と言わんばかりの顔だ。やはり職人は人に何かを教えるのは苦手そうだ。
「でも、効いてねぇじゃねぇか! 倒れねぇぞ!?」
「この錫杖は弾が小さいからな! オーク相手じゃ一発では無理だ! でも当て続けりゃいつかは倒せる! とにかく当て続けるんだ!」
実際に、最初に会敵した狂黒熊は三発で倒すことが出来た。とは言え、更に大型のオーク、しかも魔界のデカ物タイプだと、もっと大口径が欲しいとジャクソンも思っていた。
「おい、新手だ! また2頭来たぞ!」
言われてかジャクソンが確認すると、確かに追ってくるオークは3頭に増えた。
――さすがに、これは手に余るか?
魔法銃はまだ予備があるが、車上から後方を狙うには同時に三人が限度。無理しても四人。隣の射手と身体が当たっていると、気がそっちに取られ、初心者の近衛兵では狙いも念の込め方にも影響が出てしまう。
しかも撃発のコツを掴めた奴はまだやっと二人目。着火と魔法イメージがうまく合わないと撃発もままならない。引鉄を引きさえすれば撃発する装薬銃と魔法銃の差がもろに出てしまっていた。
「お屋敷まであとどのくらいだ!?」
「800mくらいだ! このままじゃオークを連れて行っちまうぞ!」
「護衛しに行くのに魔獣連れてってどうするよ! 降りて戦おう!」
「ムチャ言うな! 一個分隊じゃ一頭相手するのだって……!」
とにかく足を止めるだけでも! ジャクソンともう一人の兵は撃ち続けた。
「分隊長! 殿を変われって前の馬車が!」
「何!? 何か策があるのか!?」
聞くが早いか、前の馬車が速度を落とし、殿の馬車に並び始めた。
「おい、ジャクソン!」
「おやっさん!」
「奥の手使うぞ! 順番変わらせい!」
ロッタに言われた奥の手と言う言葉に反応したジャクソンは、承知! とばかりに御者に順番を換わるように指示した。
「なんだ!? ロッタのオヤジ、秘策でもあるのか!?」
「見ものだぜ! 合図したら耳塞いで伏せろよ!」
殿を交替したアレジンは例の樽爆弾を引っ張り出してきた。誠一が呆れていた特大の榴弾タイプのヤツだ。
「いち、に、さん、し……長さはこんなもんか?」
アレジンはオークの追跡速度等を考慮に入れ、導火線の長さを調整した。着火から約6~7秒くらいか。
「行くぞー!」
アレジンは声をあげるのと同時に導火線に着火した。次いで、うりゃ! と樽をオークに向かって放り投げる。同時に、
「伏せろー! 耳塞げー!」
周りの兵たちに身を守るよう呼びかけた。
樽はゴロゴロと転がっていき、オークの真正面へ。
行く手に邪魔が――そう思ったのか、先頭のオークがその樽をハードル走宜しく飛び越えようとジャンプした瞬間、導火線の炎は樽の中へ到達。そして……
ドッバアァァーン!
樽爆弾がさく裂した。アレジンの予測はドンピシャで、まともに3頭のど真ん中で爆発したのだ。
今まで聞いた、どんな爆裂魔法より凄まじい爆音に、近衛兵たちの心臓は思わず縮みあがってしまった。
カカン! カンッカン!
おまけに弾けた鉄球が馬車にも相当数流れて来ている。まさに生きた心地がしない。
「え? う、うわ!」
流れ弾が落ち着いて、身体を起こした近衛兵が見たものは、爆風と鉄球で体が四散したオークの亡骸だった。
3頭ともに文字通り木端微塵。飛散した血と肉片が周辺の建物の壁にもベットリ張り付いているのが遠巻きにもわかる。
余りの破壊力に、近衛兵たちは口をカパーンと開けて呆然自失状態だ。出発前に「馬の耳を塞いでおけ」と言われていたが、こういうわけだったのか?
「イぃヤッハー!」
前の馬車からジャクソンの歓喜の雄叫びが聞こえてきた。
「ジャクソーン! 後方は始末した! 小隊長に伝えい!」
後方からの連絡で追撃の憂いが無くなったラム小隊長は、全速でフィリア邸を目指し駆け続けた。
目標まではあと少し、馬も何とか持ちこたえそうだ。今、昇っている緩い坂を越えれば、到着まであと50m程度であった。が、
「止まれー! 全隊止まれー!」
隊列は急停止した。
「く、くそう!」
馬車から降りて前方を睨むラムの表情は焦燥そのものだ。フィリア邸正門前に牛頭鬼やオークが6~7頭群がって鉄の扉を攻撃しているのが目に入ってきたからだ。
フィリア邸防衛に詰めていた近衛小隊や戦闘メイドたちが外壁越しに迎撃はしているが、フィリア邸の塀は要塞都市の外塀のように分厚くはなく、当然歩廊なども無い。外を攻撃するには上部から身を乗り出さなくてはならず足場も悪い。オークなどの大物相手では、効果は捗々しく無いようだ。
だが守備隊も魔法銃を使っており、銃声が響いているおかげか、魔獣どもは、まだこちらには気づいてはいないのが、せめてもの幸運か。
ラムは同じ馬車に乗っている職人を呼んだ。
「ニコ、さっきのオークをふっ飛ばしたってやつ、あれはもう無いのか?」
ラムに問われたニコと呼ばれた職人は、残念ながらいい顔はしなかった。
「ダメでさ小隊長さん。それ使ったら下手すりゃ門扉までぶっ壊しちまうよ」
先程の破壊力を思い出すラム。確かに門扉まで壊してしまっては、あとの護りもへったくれもない。痛し痒しどころでは無い。
「他に何か手立ては無いか? 我々の剣や槍では、とてもあの数は……」
「大筒があるけど……ありゃトロイマン専用みたいなもんだ。よっぽどガタイのいい奴じゃねぇと」
「何を止まったかと思ったら、こりゃ厄介じゃのう」
様子を見に来たアレジンが、前方の状況を見て眉を歪めた。
「おやじさん、どうにかならんか?」
「……投擲はどうじゃ? おまえさんら、500g前後の筒っぽなら、あそこまで投げられんか?」
「それくらいなら、もう少し近づけば何とか……」
「よっしゃ、それで行こう。錫杖隊は一塊になって1頭ずつ集中射撃で確実に仕留めよう。オークには大筒を使う。2人掛かりになるが当たれば大オークだろうが必ず倒せる」
アレジンはラムを通して小隊に指示した。
錫杖が使える職人3名と近衛兵4名は横方向から斜めに攻撃する位置に展開。
その他歩兵は、各自に爆裂筒を持って40m以内で投擲。
アレジンとジャクソンはオーク狙いで大筒を担当する。
「外したら次はねぇな」
「仕留め損なえば、あの大オーク一頭で小隊全滅もあり得るからの」
大筒は銃身をアレジンが抱え、ジャクソンが射撃を担当する。
シルヴィたち歩兵は爆裂筒を手にスタンバイ。
錫杖隊も配置についた。いつでも攻撃できる。
ラムはアレジンの顔を見た。頷くアレジン。
歩兵は爆裂筒の導火線に一斉に点火した。
「行けぇー!」
うおおおぉ!
歩兵が走り出した。
魔獣どももそれに気付き、熊や牛が雄叫びをあげながらこちらに迎い始めた。
「投げろぉ!」
ラムの号令で歩兵が爆裂筒を魔獣に向けて次々投げつけた。投げると同時に身を伏せる。
「撃てぇ!」
バババァーン! バン! ババーン!
錫杖隊も一斉射撃開始、向かってくる一頭ずつの熊と牛に7発の鉛玉を浴びせた。
そして間髪入れず、
ドバン!
ドガ!
ドドドドドカーン!
歩兵の投げた20発以上の爆裂筒が次々に炸裂した。
樽爆弾ほどではないが、ある程度は鉄球等が仕込まれており、止めにはならないものの、牛や熊にかなりの損傷を与える事ができ、魔獣どもは激痛にもんどり打っていた。
こちら側に襲ってきた牛・熊2頭のうち、熊は錫杖隊の銃撃によって仕留められ、牛も2発被弾し、立ち上がることは出来ないくらいのダメージを与えられた。
あとに残るは最大の脅威であるオーク。爆裂筒の被弾による負傷は負っているが、戦意は失っていない。
自分以外は反撃能力が無いと悟ったか、大オークは近衛団に向かって走り出した。
「やるぞ、おやっさん!」
「いつでもこいやぁ!」
ドッバァーン!
ひときわ大きな銃声、いや、もう、砲声と言ってもいいくらいの撃発音を轟かせながら、アレジン&ジャクソンの大筒が火を噴いた。凄まじい反動に、二人は撃った瞬間に後ろに吹っ飛び、ひっくり返ってしまう。
ジャクソンは転がりながらオークの姿を見た。
――え?
しかしオークの速度は緩まなかった。
――外した?
失敗だ。肝心なところでミスった! アレジンとジャクソンの頭の中が、真っ白になっていく。
グアアアァァ!
歩兵たちに襲い掛かるべく、オークは両腕を振りかぶった。
――やられる、残った1頭……こいつに皆殺しにされる!
ラムの頭もまた真っ白になる。が、
ドッバァーン!
と、また大筒の音がした。同時に、
パアァーン!
着弾の音とともに、オークの首から上が跡形もなく飛び散った。
身体を制御する脳を失ったオークは、がれきが崩れるようにその場に倒れ落ち、二度と動かぬ肉塊となった。吹っ飛んだ首の痕からは夥しい血が流れだし、石畳の溝と言う溝を伝って広がっていった。
「おやっさん! 大丈夫か!」
「おお!」
アレジンが振り向くと、武装した男女がこちらに駆けて来ていた。
「トロイマン!」
ジャクソンが先頭を走る狼の獣人の名を呼んだ。オークを仕留めたのは冒険者ギルドのトロイマンだった。
彼は十数人の手勢を引き連れてアレジンのもとに寄ってきた。トロイマンの抱えた大筒の銃口からは、まだ煙がこぼれている。
「お前さんじゃったか、助かったわ」
アレジンは大きくハァ~、と息を吐いて安堵した。
「外した時はもうダメかと思った。重すぎなんだよあの大筒! あ~、トロイマンさまさま~、命の恩人だぁ」
ジャクソンも礼を言う。
「礼を言うのはこっちだ。王都は俺たちが守る! なんて居残ったのはいいけど、魔界の魔獣じゃ勝手が違ってよぉ。結局モノを言ったのは、この大筒と錫杖だけよ。ホントいいもん作ってくれたぜ」
「役に立ったんなら幸いじゃて。しかし、そう言う事ならお前さんたちも……」
「ああ、面目次第もねぇが俺たちも敗走よ。で、俺たちもここに籠らせてもらおうと思ってな。おやっさん、予備の弾筒はもう無ぇのか? 今ので最後なんだよ」
「ああ、予備ならまだ大筒20発、標準用は300発くらいはあるぞい。材料も道具もあるから、腰が落ち着きゃ増産も出来るでな」
「みなさーん! 早く邸内に避難をー!」
屋敷内、正門の方から声がかかった。アレジンやトロイマン、ラムらが顔を向ける。
「カーセル退役少佐!」
声をかけてきたのはロゼであった。彼女の声を聞いたラムが、すぐに小隊に指示を出し、邸内へ向かわせた。
「無事で何より、ラム小隊長!」
フィリアの護衛に付いていた先遣隊のホーク小隊長も出てきてラムを労った。
「クロダ少佐の要請で、こちらの警備の増援に参りました。逆にお世話になってしまいますが……」
「ようこそ。よく来てくださいました。こちらも魔獣の襲撃で負傷者も出ておりましたので」
「ここでもやはり……」
「空から襲われるとは想定外でしたわ。クロダさま考案の錫杖や爆裂筒が無かったら、もっとひどい事になっていたでしょう」
近衛団と冒険者らはいったん、フィリア邸内に移動した。全員を収容した後、正門の門扉が再び閉められる。
「シルヴィ、無事でよかったわ」
本部隊舎内に残留していると聞き、ロゼは気を揉んでいたが、元気な彼女の顔を見て胸を撫で下ろした。
「すんません、またお世話になります、鬼姫少佐!」
「ご迷惑おかけします、鬼姫少佐!」
「申し訳ないです、鬼姫少佐殿!」
……無慈悲な鬼姫連呼である……
「何かやれることがあったら何でも言って下さい、鬼姫少佐!」
「じゃあ、それやめて! お願いだからやめて!」
屋敷前に馬車をつけ、アレジンらは中庭に荷物を運び、現地作業場を作るための設営に入った。
武器や防具のメンテもさることながら、弾筒や爆裂筒も材料の有るだけ作っておきたいところでもあり、決死の脱出行が終わったばかりだが、まだまだやる気満々である。
シルヴィとロゼはロッタ工房の職人たちが道具資材を降ろし終わった、空になった荷馬車を厩舎の方へ運んでいた。
「よかったわ、あれだけの大物魔獣が襲撃してきたんですもの、宮殿敷地内もただでは済まないだろうって、ホーク小隊長とも話してたのよ。よくここまで来れたわねぇ」
「ええ、隊舎から脱出するときも魔獣に囲まれていたんですが、クロダ少佐ら遊撃隊の皆さんが脱出路を開いてくださいまして」
「彼らにはお世話になりっぱなしだわ」
「あの方にはまた、剣技の指南受けたいです。ぜひ、イアイを極めたいです!」
なんちゃって居合い、だけどね~
「……そうなるといいわね。でも、あの方々は……」
「当初は間違って召喚されてしまったそうですが……でも、勇者様のご同族だけあって桁違いにお強いのも納得ですね……あの方々、この戦が終わったら、やはり元の世界にお帰りになられるんでしょうか?」
「おそらく、ね。まあ、それもこの戦が終わってからの……ん? あれは?」
「は? どうされまし……え? 南の空が!」
ロゼとシルヴィは、王都南門の方に魔素が集まりつつあるのに気付き、目を凝らした。
「あれは……あの光は……あれ魔素ですか? 照明石のような色で光ってますが?」
「魔素が目に見えるほど凝縮されるなんて……生まれて初めて見るわ」
「カーセル少佐! あれ、あの魔獣の死体!」
南門を見ていたロゼはシルヴィの声で、屋敷の庭に目線を戻した。
「こ、これは!」
転移による魔獣の襲来。それはこのフィリア邸も例外ではなく、十数頭の魔獣に襲撃されたのは既知の通り。
思わぬ急襲に、護衛の近衛団をはじめ、いくらか負傷者も出してしまったが、例の魔法銃のおかげで何とか撃退はしたのだが、魔獣の死体の処理はまだ手つかずの放置状態のままであった。
だがその死体が……
「崩れていく……そんな、こんなに早く風化するなんて……」
目の前で見る見るうちに朽ちていくのである。
他の死体も見てみると、やはりものすごい勢いで朽ち果て、微粉末となり、空に吸い上げられていく。
「南の方に行くみたいです!」
やはりあの魔素の光の渦と何か関連が……
「始まるのね……」
ロゼも当初、本作戦はミカドという人間界の象徴ともいえる存在、魔界のライラ、天界のメーテオールのような存在を頂く、そう言う計画だと知らされていた。
ところが今や、天界、魔界、人間界は、そのミカドと敵対し、異世界の人間たちまで巻き込んだ、アデスの未来をかけた大決戦に変貌してしまった。
勝ったとしても負けたとしても、アデスは一体どうなってしまうのか? ロゼには何も分からず、ただ不安だけが彼女の胸を締め付けていた。
♦
南門の見張り台に詰めていたギャランドラは、門の内側近辺に襲来した魔獣たちを一掃し、南門担当の一般の兵には駐屯地まで後退し、転移で王都内に急襲してきた魔獣の討伐に向かうように指示を出した。
今、眼前で起きている、渦巻く魔素の動きは十中八九、ミカドの仕業であると判断して間違いはあるまい。
だとすれば、不完全な状態でも、あの冥府王シランを撃退した彼奴が相手である。人間族、魔族問わず、並みの兵では残念ながら出来る事など何もない。
「賢明な判断と考えます、星龍王さま」
「夜王殿に支持されるとは光栄だな。魔獣の急襲さえ無ければ、神殿の門から他国へ避難させたかったが」
ギャランドラは抑揚のない喋り方でラーに答えた。龍人ゆえの蒼い鱗を隠すように、深いローブを被った星龍王に緊張している様子は見られなかった。
「動きがあれば、陛下方が委員会の本部等も含めて結界で御守りして頂けるでしょう」
「固まり始めたな……」
10を超える門から落ちて来て渦巻いていた魔素は今や門よりも光量が増え、その半径をジワリジワリと縮めていた。そしてなお、周辺の魔獣の亡骸が風化した魔素粒子をも吸い込み、その密度と光量、ともに上昇しているようだ。
「星龍王さま、渦が4つに分かれ始めております!」
ラーの言う通り、縮小の過程で魔素の渦の中心がジワジワと分離していき、4つの核を持つ渦が作られ始めた。
直径50mほどになった4つの渦の中心は、それぞれに距離を取りながら、同時に収縮も進んでいる。
「ホーラさま、魔素の渦が4つにわかれました。それぞれが段々と収縮していっているように見えます」
(4つに分かれた? 魔獣か、それとも兵器の類か?)
「そのあたりは今のところ何とも……しかし魔素による兵器というのは一体?」
(彼奴はサワダの身体を乗っ取っておる。彼の記憶からセイイチと同様、チキュウの知識を引っ張り出すことが出来れば、異世界兵器を創造……と言うのも、あるいは考えられるかと思ってな)
「わかりました、その辺りも含めて、このまま引き続き観察いたします。他の魔王様方はすぐに対応できますよう、ご連絡を」
(うむ、伝える。貴様も十分に気を付けよ)
念話を終え、改めて4つの渦を見詰めるラー。渦の動きが幾分早まってきた気もする。
途中経過のつもりで念話したが、意外と続報は早くなるかもしれない。
どう動く? いくら陛下らと同等の魔力を持ち合わせているとは言え、8大魔王と正面切ってまともにぶつかり合うか? セイイチらを除いても後には12神も控えている。
4つの渦……やはり戦力の分散を図るが道理だが……
「夜王殿、なにやら一段と輝きが増してきたように思わんか?」
「ええ、感じます。魔素密度がどんどん濃くなっているのではないかと?」
「本来この計画は、魔素を凝縮してミカドの魂と身体を復活・新生させるのが本筋だった。今起きておるこの現象が自力新生したミカドのものであるならば……」
ギャランドラの、一見思い付きとも言える説が耳に入ると、何故かラーの背筋には何かゾッとする冷たい物が走った。
「……しかし、そんな……か、仮にミカドがサワダ卿以外の身体を……本来の身体を欲したとしてもなぜ4つに!」
「単に分散しているだけか……あるいは一つ一つが陛下級の魔力の……」
ラーは全身の毛が逆立つ思いにとらわれた。
「ハァ!」
突き出したラーの掌から太い光の柱が飛び出した。先の尖ったそれは、例えるならレーザーの槍、とでも言えばいいのか?
8魔王としての彼女の勘が得も言われぬ恐怖を感じたのか、思わず先走ってしまった。
「フンム!」
その直勘に押されたのはラーだけでは無かった。
ギャランドラも両手の掌底から衝撃波を発し、4つの光る渦を狙った。
ドバ!
ラーとギャランドラの放った光槍、衝撃波は一直線に渦に向かって放たれた。
ヒュバ!
ヒュ!
ヒュー!
両者の放たれた攻撃に4つの光の渦は反応、彼女らの攻撃を四方に飛び散りながら避けた。
「ム!?」
そしてその内3つは、避けるなり元の位置には戻らず、この場から3方向に離れた。それぞれが文字通り四散したのだ。
「ホーラさま!」
(こちらからも見えた。飛び出した3つは東西、北の門にそれぞれ向かっていると見えるな)
「申し訳ありません! 先走りました!」
(そう思うなら南門は必ず押さえよ。他の門には魔王たちがすでに向かっておる。我らも直ちに王宮魔導殿に向かうつもりだ。状況次第で我らもそちらへ出る、全力を尽くせ!)
「承知いたしました。ホーラさま、御武運を」
(貴様もな)
「夜王殿、みろ!」
念話が終わると同時にギャランドラが叫んだ。
ラーもギャランドラの目線を追う。
その先に見えるのは当然この門に残った光の渦なのだが、これが変形を始めたのだ。
陽が昇り始め、東の朝焼けに照らされた南の空に現れたそれは、人の形に纏まってきた。
だが、その形は確かに人のそれであり、顔らしい部分にはやはり人の目鼻立ちも見受けられるのではあるが、全身がまだ光っている。と、言うより白い光の炎で全身が包まれている、と言うべきか?
「ミカド……か?」
ギャランドラが人型に聞いた。
ニヤリ……
返事は無かった。彼奴は不敵な笑みを返してきただけだった。が、ミカド絡み以外、こ
んな現象が起きる可能性は今のアデスには無い。
ギャランドラはローブを脱ぎ去ると腰に吊っていた長剣を抜いた。
「フンッ!」
彼が念を込めると、まるで稲妻を纏うがごとく、誠一の光剣とはまた違った雷属性の光が剣を覆った。彼も誠一と同じく雷属性に秀でているらしい。
ラーもまた念を込める。すると両の握り拳に光の輪が浮かぶ。
彼奴も同じく念を込めたか、光の炎を思わせる輝きを放つ剣が、握った手から伸びてきた。
「夜王殿、光輪で援護してくれ」
「承知ですわ」
ズバ!
ギャランドラは背中の翼を全開し飛び上がると、ミカドもどきに突進した。
八双の構えで突っ込む星龍王。
対し、ミカドもどきは脇構えで迎え撃つ。
双方の距離がそれぞれの剣の間合いに入る寸前、ラーは両手の光輪をミカドもどきに投げつけた。
左手の光輪はギャランドラを追い抜き、真っ直ぐに彼奴に向かって飛んでいく。だが、
カイィン!
その光輪は難なくミカドもどきの振り上げた光炎剣に弾かれる。
間髪入れず、右手からの光輪が右側から曲線を描き、彼奴の真横から襲った。
しかしミカドもどきは、それも弾き返した。
だがその一瞬、彼奴の脇腹が、がら空きになった。
「イヤアアアァ!」
そのスキを突き、ギャランドラが脇腹に雷剣を一閃させた。
カァン!
「なに!?」
剣が弾かれた。まるで剣を鉄塊に叩きつけた時みたいな、甲高い音が虚しく響いた。
実剣が効かない? ギャランドラは即座に距離を取った。
「ハァ!」
ラーは右手の指から5本の光針を撃ち出した。
仮に、彼奴が金属同様の身体を持っていたとしても、彼女の光針――レーザーならば!
パパパ!
ラーの光針は見事にミカドもどきの身体を貫いた。
「やぁ!」
そのまま腕を右に払い、彼女のレーザーはミカドもどきの身体を切断した。
やった!
手応えを確信したラーはとどめの攻撃を加えるため、誠一の見様見真似で光剣そっくりなレーザー剣を振り出し、距離を詰める。だが、
「!」
間近に接近されたミカドもどきは、動揺するどころか、その顔に余裕の笑みを浮かばせラーを驚愕させた。
スキが出来た。
ラーのレーザー剣は振り下ろすのが一瞬遅れ、ミカドもどきの剣に受け流された挙げ句、彼奴の渾身の蹴りを腹部にまともに食らった。
「がは!」
蹴り飛ばされたラーは王都外壁にまで飛ばされ、全身を思いっきり叩きつけられた。
ぶつかった衝撃を懸命に耐え、意識を保とうと懸命のラー。しかし、光針で斬ったミカドもどきの胴体の傷が、さながら練り合わされるパン生地のごとく一瞬で修復されるのを見て愕然となる。
そう、人の形をしていても、こいつは魔素の塊なのだ。どれだけ斬ってもダメージなどあろうはずもない。
「雷炎衝撃波!」
ギャランドラが叫んだ。両の掌底から、初回の技に加えて火と雷を混ざり合わせた衝撃波がミカドもどき目掛けて撃ち出された。
ドゴオオォオーン!
まともに命中! ミカドもどきはそのまま地面に叩きつけられ、辺り一面に土煙を撒き散らす。
やったか!? ギャランドラはそう言いたいところだったが、内心、やれた気はしなかった。命中の手応えはあるのに、何故かその実感が伝わってこない。
バシュン!
案の定、ミカドもどきは収まらぬ土煙の中から猛スピードで飛び出し、光炎剣でギャランドラに襲い掛かる。
ガキイィン!
星龍王は、なんとか雷剣で受けるまでは出来たが、
バアァァーン!
堪えきれずに身体ごと弾き飛ばされ、ラーと同様に外壁に叩きつけられた。
♦
「ちくしょー! あたしの精神攻撃が効かないよ! こいつ脳味噌あんのか!?」
アイラオがブー垂れまくりである。自分の得意とする精神攻撃が全く効果を見せないのだ。
「心を持たぬ影の様なモノなのであろう。攻撃は吾輩が行う、黒王殿は彼奴の視界の神経を狙えまいか?」
ブレーダーは数手の攻撃でミカドもどきの特性を見抜いていた。
「わかった、やってみる!」
アイラオは念を込めた。
ミカドもどきの目を狙い、神経伝達の切断を試みた。しかし彼奴は全く動じず、
ブウォーン!
その掌底から発せられた衝撃波は確実にブレーダーら二人を捕捉し放たれた。
バフォーン!
魔法障壁を展開し、衝撃波に耐えるアイラオとブレーダー。だが、飛び散る衝撃波は外壁や周辺の建物を巻き添えにして破壊していく。
「ダメだよおじさん! まるで勝手が違う!」
「そちらも通用せぬか? やむを得ん、はああああぁぁ!」
ブレーダーは右手拳に念を込めた。漆黒の炎が彼の腕に浮かび上がっていく。
「Abyss black flame!」
覇王必殺の黒き炎。体長30mを超す大型魔獣すら灰燼に帰す、ライラに並ぶ破壊力を持つ炎がミカドもどきに向かって放たれた。
ドブォオーン!
大地を揺るがすほどの爆音が周りに轟く。
軸線上にあった田畑や農家の母屋、納屋、雑木林が300mにわたって跡形もなく粉砕・蒸発していく。1t爆弾マーク84による絨毯爆撃の方がマシに見えるくらいか。
「やった?」
アイラオが爆煙の中、目を凝らして見回した。
今回のブレーダーは例の魚魔獣を焼き払った時と違い、全力を出していた。
武人としての勘が出し惜しみを許さなかったからだ。
「!」
だが、薄れ浮く煙の中でアイラオが見たのは、多少身体が損傷はしているが、見る間に修復していくミカドもどきの姿だった。
――時間稼ぎにしてもわずか数秒……総魔力の8割を使ってこれか!
ピーン! 念話反応!
(アイラオ! そっちはどうだ!)
「ウドラおばさん!? ぜんぜんダメ! おばさんは!?」
(おばさん言うな! お前でもダメなのか!? 脳ミソ潰せねぇのか!?)
「出来ないんだよ! てか、こいつ! 脳味噌なんてシロモノ、ハナから持ってないんだよぉ!」
(チッ! プロマーシュの火も、あたいの気衝波喰らっても数秒で戻っちまう! どうすりゃいいんだ!?)
(こ奴らは人形だ! 大元を絶たねば、いくら攻撃しても無駄だ!)
「ローゲじいちゃん!? ……つまりミカドが?」
(左様! 彼奴が操っておるに間違いあるまい! ミカドを倒さねば、こ奴らも止まらぬだろう!)
(そのミカドはどこにいるんだ! それに、こいつらから離れたら、一匹でも王都は全て蹂躙されちまうぞ!)
「吾輩らが抑え続けるしかあるまい! あとは、ミカド本体は12神か、異世界の戦士たちが……!」
(それしかねぇのか!? あー! 腹立つ! なんか腹立つ! 陽動とわかってて動きとれねぇとか! メッチャ腹立つ!)
ウドラは文句を喚くだけ喚いて念話を切った。




