出動
今、午前3時15分前くらいか? 午前2時から不寝番にあがっていた良二は、本部とフィリア邸の庭を見渡せる二階のバルコニーの手摺りに肘をつき、周辺の様子をうかがっていた。
電気の無い世界とは言え、照明石のおかげで普段の、特に歓楽街辺りは日付が変わった後もしばらく明るいのだが、この時間あたりだとほぼどこの店も灯を落とす頃合いであった。だが今は、当然のことながら日没とともに今現在の様に真っ暗闇である。
軍の駐屯地、屯所、展開地の有るところは焚火、かがり火が焚かれており、そう言ったところだけは、ぼわぁっとオレンジの光が揺らめいていた。
時折、巡回の馬の蹄の音や、風向きによっては動哨兵の装備がこすれる音が良二の耳に入ってくる。それ以外は遠征で行ったナルの村やテクニアの街より静かであった。
そんな静けさの中で、
「お疲れ様~……」
後ろから声がした。
同時にしなやかな腕が、良二の背中から巻き付くように這わされてくる。
「ライラ……こんな時間に?」
良二は振り向かず返事をした。
この声と、抱かれ具合、ライラ以外と間違えるはずがない。転移で後ろからいきなり……も慣れたもんだ。
「小一時間ぐらい前までは寝てたのよ? でも、ちょっと目が覚めちゃって眠れなくなっちゃったから~」
そう言うとライラは良二の横に来て、同じく手摺りに両の肘をついた。
「静かね……」
「近い内に……戦場になるんだな。どんな戦いになるのか見当がつかないから、なんだか実感がわかないけれど……」
「そうね。今までの魔獣討伐や戦争・紛争みたいな縄張り争いとは毛色が違い過ぎるわね~」
「ライラはこの戦い、イメージできるの?」
「そうねぇ。あたしとメルの大喧嘩って感じなのかな? とか考えてみたんだけど、ケンカしたことないから……やっぱりよくわからないな~」
「いつ来るかも分からないようになっちゃったしなぁ。今日で5日目だ」
「エスエリア王都もいつまでも空に出来ないし、避難民や受け入れ先のストレスも溜まってくるし……時間を武器にされたら、こちらが不利よね~」
「……ミカドは、何故そこまで今のアデスが許せないんだろう? お前やメルさんの力で実体を持ち、今の人間界の頂点に立つだけじゃダメなのかな?」
「あたしは直接会ってはいないからアレだけど、メルは『彼女は悲しんでる』とは言ってたね~」
「悲しむ?」
「……500年前もそして今も……ミカドはアデスに……アデスのみんなに排除されようとしているわ」
「それは……500年前はミカドだと気が付かなくてやってしまった事だろ? そりゃ過失がないわけじゃないだろうけど、ローゲンセンさんはそれに気付いてお前やメルさんのように人間界にもミカドを頂いて三界を等しく安定させようと……それを実現させるために、俺たちまで召喚したんじゃ無いのか?」
「メルが言うには……他所から自分の代わりを立てるからお前はもう不要だ――ミカドはそう言われたと考えているのかも? って言ってたわ」
「……」
「あたしたちも知らされていなかったけど、ミカドが500年前の一件を恨み、今のアデスにとって危険な存在になるかも? と言う懸念から新生計画と同時に魔法陣による抹殺計画も秘密裡に進行していたのは確かよ。ミカドが何時、サワダに憑りついたかは分からないけれど、協力を得るためにサワダには早くからその、二計画が知らされていたのが仇になったって訳ね」
「……ヘソ曲げるのも当然と言や当然かもな……黒さんが言ってたみたいに三界の結びつきが強くなって、利権や縄張りを失う連中の思惑が保険と言う名目で抹殺計画を推進してたとしたら……」
「そりゃ腹立つわね~」
「その辺を話し合って、何とか和解できないものかな?」
「メルは無理だって言ってたわ。今のミカドは大昔あたしたちと一緒に遊んだミカドじゃ無いって」
「ミカが……ミカの部分が抜けているからかな?」
「ミカと一緒になれば元に戻るかもって? う~ん、いま彼女がミカドに融合したって変わるとは思えないわねぇ。ざっと見積もってもミカの精神体はミカド全体の1割に届かないわ。暴走したミカドの憎悪・怨念に飲み込まれるだけじゃないかしらねぇ」
「結果は火を見るより明らか……か」
良二は改めて、街のあちこちに見える軍のかがり火を眺めた。
あの揺らめく火の灯りが乱れない内は平穏と言う事か。
「ラーさんやプロマーシュ……みんなどうしてるだろう?」
「今、シラン以外の8魔王は領地に戻って待機してる。本当は一斉魔獣討伐の指揮を執るはずだったんだけどね。ミカドが動いたらシランの号令のもと、すぐにこちらに集まる予定よ。12神は魔法陣の防衛と起動準備ね」
「俺たちは8魔王の後詰めだね」
「状況次第では8魔王と共闘してもらうことに」
「今のミカドが本気出したら……12神や8魔王で押さえられるのかな?」
「ミカドがどれほど成長しているか、その辺り次第だけど、遊撃隊……ことにリョウくんたち四天王の戦力には期待しているわ。ミカドもあなたたちを警戒している。でなけりゃミツキちゃん騙してまで隊長さんを狙ったりしないもの」
「ライラはどうするんだい?」
「メルと一緒に待機するわ。12神、8魔王でダメなら三界に影響が出るのを覚悟であたしたちが動くことになるけど……出来ればそれは避けたいわね」
「その前に魔法陣だね。具体的にはどうするのかな?」
「物理攻撃や魔法攻撃で動きを封じた後、12神の能力で魔法陣に誘導するのよ。誘導できなきゃ魔法陣を神殿から分離してミカドに、短的に言えば叩きつけることになるわ。ただしその方法だと魔法陣は……」
「オシャカになる……か」
「この事はリョウくんに初めて話すの。隊長さんたちには言っていない」
良二は軽くため息をついた。
それを話せば、その場になったら恐らく誠一は、魔法陣を確保するために造反するであろう。彼にとって日本へ、家族のもとへの帰還を諦めることは死と同意義と言っても言い過ぎではない。
誠一は「死んだとしてもそれはただの結果」と事も無げに言い放ち、神にも魔族にも戦いを挑むであろうことは間違いない。ある意味ミカドより厄介かもしれない。
そうだ、誠一はそこだけは絶対にブレない。
だったら俺はそれに乗るか降りるか?
もちろん乗る!
「もし言ったら隊長さんは……あたしたちの敵になるかも……」
そして降りる!
「だとしたら……」
「ライラ」
良二はライラの言葉を遮った。思わず良二の顔を見るライラ。
「黒さんは家族との再会、その一点において何の曇りもない。その姿勢には尊敬すらしてる。見習いたいといつも思っていた。だから俺は……決めたよ」
「リョウくん?」
「俺はライラと……ライラたちと、ずっとアデスで生きていくよ。そのために俺はこの戦いは今の、このアデスを護るために戦う」
「!」
ライラの眼が見開かれた
「ライラ、俺は……今回の戦いで、どんな結果が出ても俺は……俺はアデスに残るよ」
「リョウくん…………そ、そんなぁ……」
良二の言葉――それはライラにとって待ちに待った言葉だった。
そう、それは、ライラが最も望む答えだった。
容子の事も有り、揺れていた良二。自分も何か、何か二人のために出来る事は無いか? とは常々いろいろと考えてはいたが、当然最後は良二の胸の内次第だった。
だから……それは嬉しい答えだった。しかし、それにしても……
「こんな時に、そんな事言うなんてぇ……そりゃ、勿論うれしいけどぉ~、これってリョウくんたちが言ってた、ふらぐとかいう奴じゃないの?」
困惑は隠せないライラ。思いが余ってバッドフラグ云々が口から出てしまうほどに。
しかし良二は、口元に笑みさえ浮かべながら続けた。
「そんなもの、立ったとしてもへし折って見せるさ。ようやく吹っ切れたんだ、言うしかない! アデスを、ライラたちを護るためならミカドだってなんだって立ち向かってやる。そのために魔法陣を爆弾にすることが必要なら、ためらいはしないよ!」
「ちょっと……ちょっと待ってよ。それはもしかしたら隊長さんとも戦うことになりかねないんじゃないの? あたしの立場で言えたことじゃないけど、リョウくんが隊長さんと戦うなんて」
「そうでないと俺は黒さんに怒られちゃうんだよ」
「なにそれ!? 意味わかんない!」
「黒さんは家族と再会するためなら、ミカドだろうがアデスだろうが敵に廻して戦う覚悟がある。だから俺は、ライラとの未来を護るためなら、それがどんな相手だろうが戦う覚悟が必要なのさ」
「あたしとの未来……」
「ありがとうライラ。俺はやっと腹を括れたみたいだ。この戦い、今まで培ってきたことを全てぶつける覚悟で臨むよ!」
ピーン!
(セイイチさま! 遊撃隊の皆様! 魔界で動きがありました!)
魔界で待機していたラーの緊急念話が入ってきた。
仮眠中であった誠一は、ラーからの緊急念話が入り、ベッドから飛び起きた。
時計を見ると、時刻はそろそろ午前3時半に差し掛かろうとしている頃であった。
「ラーか? 何があった?」
(御休みのところを申し訳ありません。魔界の各地で動きありです)
「夜王か? なんだ? 何かあったのか?」
(ホーラさま? ちょ! なぜホーラさまがご一緒に!? 作戦終了までは休姦だと取り決めたではありませんか!)
「添い寝だけだ、それ以上は誓って何もしとらん」
(だけって!? それだけでも幸せいっぱいじゃないですか!? 協定違反です!)
「そんな話は後だ。で、何があった?」
(あ、そう、そうですわ。共喰いです! 魔獣たちが共喰いを始めたんです!)
「共喰い?」
(はい! 現状、今までのように異種族の魔獣が屯していたのですが突然、比較的凶暴な類の魔獣が弱小の魔獣に襲い掛かって捕食し始めております! 私の領地だけではなく、各地で同様の動きが!)
「……人間界に派遣した魔族や神族からは連絡は無いか? 魔界だけなのか?」
(いえ、人間界でも同様に……)
「今確認しているが、人間界でも始まっているぞ。むしろ魔界よりも過激なようだ。異種族、同種族関係なしに殺し合っているそうだぞ、セイイチ」
「ラー、魔界の住人や町に被害は無いのか?」
(はい、一斉討伐の予定だった部隊が魔獣の生息域近辺で展開してますが……辺境や地方の状況は不明ですけど、上がって来る情報では人的被害の報告はまだ……)
「ホーラ、委員会は何か言ってきたか?」
「我に召集準備要請がかかった。命令ではなく要請と言うことは、委員会もまだ、十分把握できていないとみるべきだな」
(魔界で人的被害が無いと確認されれば、8魔王も召集されると思われます)
「わかった、我々遊撃隊も出動準備に入る。何かあったらまた知らせてくれ」
(はい。セイイチさま、お気をつけて)
「キミもな、ラー」
念話を終えて誠一はベッドから降りた。横に寝ていたホーラも続く。
ラーに言った通り、添い寝だけで寝着も乱れてはいなかった。
手早く着替えを済ませた二人は二階バルコニーに向かった。
「黒さん! 魔獣の共喰いだって!?」
ラーからの念話は聞いてはいたのだが良二が今一度確認した。
「ああ、ホーラにも確認してもらった。詳細はわからんが人間界でもかなりの規模で起こっているようだ」
答えながら誠一もバルコニーから身を乗り出して遠眼鏡も使い、市中を眺めた。
「軍の展開地に動きが見えるね。伝令の馬も何騎か入ってきたからフィリアさんにも連絡は行ってると思う」
「ミカドが魔界から消えて5日目の夜明け前……襲撃としては良いタイミングか。通常なら日の出時に太陽を背にして来るのが定石だが……」
「いよいよか……」
良二は突きあげてくる武者震いを押さえるため、今一度大きく深呼吸した。
「リョウくん、あたしはメルのとこに行くよ」
「そうか。じゃあ気を付けて……って転移なら気を付けるも無いか?」
「ううん、王都の様子も見たいし、飛んでいくわ」
「飛ぶ?」
「うん」
そう答えて、ライラが身体にフン! と気合を入れるや、
バッ!
と、彼女の背中から見事な漆黒の翼が出現した。
それは良二が見ていたファンタジー系のコミックやアニメに出てくる魔族の翼そのものであった。コウモリ+猛禽類って感じの翼だ。
「うお! ライラちゃん、翼持ってたのか?」
良二はもちろん、誠一も目を丸くした。まあシランにも翼はあったし大魔王さまが翼を持っていても不思議ではないか?
「あれ? 見せるの初めてだっけ?」
良二と誠一は揃ってコクコクと頷いた。
「まあ確かに転移の方が楽かな~、とは思うけどぉ~。一応飛べるんだよ~。一緒に飛ぶ?」
「いや、いい!」
ライラの誘いに良二は即答であった。高度10mくらいまでなら何とか我慢も出来るのだが……
「あはは~、リョウくん、空飛ぶのホント弱いね」
「悪かったな! まあ俺も空飛ぶ魔法とか能力があれば、いいかもだけど」
「なるといいね~……じゃあ、行くわね?」
「ああ、またあとでな」
「うん……あとでね」
ライラと良二はお互いを包むように抱きあい、ひとつキスをした。
唇を離すと、ライラは翼を素早く羽搏かせて飛び上がり、もう一度良二に手を振ると、宮殿に向かって飛んでいった。
「またあとで、か。腹は括れたようだな、良」
ライラを見送った後、誠一が市中の様子を眺めながら言った。
「……ああ、後悔は無しで行きたいね」
良二は誠一に軽く笑い返した。確かに腹は括った。もっとも、それは状況次第では誠一と対峙することも意味している。
だがそうなっても誠一は、「おお、そうか」と簡単に納得し、立ち会ってくれそうな、良二にはそんな予感もあった。そして彼が容赦なく自分に向かってくることも。
だが今の良二には、以前感じていた気持ちの収まりの悪さは、もう何も無くなっていた。
体力も気力も、良二はかつて無いほどの充実感を感じていた。
「クロダさま!」
フィリア邸の方からロゼ以下、4~5名が走ってきた。みな、見慣れない錫杖を携えて、脇には雑のうを抱えているのがホーラの目に留まった。
「どうしたロゼさん!?」
「王都外壁の各門警衛隊から連絡がありました。今現在、王都の外壁周辺には夥しい数の魔獣の群れが取り付いており、完全に包囲されているとのことです!」
「なんだって!」
「まだ、王都内への侵入は許してはおりませんが、不測の事態に備えて遊撃隊隊舎のバルコニーと渡り廊下を哨戒、迎撃の足場としての使用をお許しいただきたく!」
フィリア邸内は作戦発動と共に正門以外は完全閉鎖しており、その正門も半分は鉄扉で防御されている。
異常事態の気配があれば、それも閉鎖されて籠城も可能だ。
「了解だ。遊撃隊の施設、設備は自由に使ってくれ」
「ありがとうございます! 皆の者、配置につけ!」
号令一下、戦闘メイドたちが「はいッ」っと返答し、数mおきに展開し、錫杖を構え、哨戒を開始した。
「……ロゼ? 貴様らはあまり魔力は高くないはずだが、この錫杖は何か? とんと見かけん形状だな?」
「あ、はい! 先だって我らの正式装備になった遠距離攻撃用の錫杖です! 必要とされる火属性、若しくは雷属性の魔力量は、ローソクの火を着けられる程度の魔力があれば十分で、発火すると仕込んだ鉛玉が音より早く飛んでいくんです! その威力は凄まじく、狼牙なんて一発で倒せますし、狂黒熊だって一発目で転倒、二発目で止めを刺せるほどなんです! 我らのように非力ゆえに戦えなかった手強い魔獣相手でも、これさえあれば確実に倒せるんですよ! 素晴らしい錫杖です!」
「ほう、そんな錫杖なら女子供でも十分、身を守れるなぁ……?」
「はい! ご覧くださいホーラさま! この錫杖の肝心な部分はこの小さな筒なんです! この筒を錫杖の後端に……」
そう言いながらロゼは錫杖の最後端に取り付けられたボルトハンドルを回した。そうすると装弾口が現れ、そこに件の小さな筒(径1cm、長さ7cmほど)を入れ込み、ハンドルを戻すと装弾口は閉鎖される。
「あとはこれを構えて標的に狙いを定めます。定まったら先程の筒の中に念を送り、着火させるとバアァンッ! と大きな音とともに鉛玉が飛んで行って標的を倒します! その後、もう一度ハンドルを回すと空筒が飛び出してくるので新しい弾筒を詰めて……と繰り返せば連発も可能なんです! ね、すごいでしょう!」
……鉄砲だ…………ロゼの説明を全部聞くまでもなく、良二はその正体が錫杖などではない、雷管の代わりに魔力を使うだけの鉄砲である事に気付いた。
こんなシロモノ思いつくのはアデス広しといえど……良二は誠一の方をチラ見した。
誠一は忍び足でその場から離れようとしていた。が、ホーラに襟首をつかまれた。
「素晴らしい発明だ。一体、誰の功績かな?」
ホーラは感嘆している、若しくは微笑んでいるみたいな表情をしてはいるが、目尻がヒクヒク引きつって見えるのは良二の気のせいではあるまい。
「実は我々は、遊撃隊の皆様が魔界や天界行きでお留守にしておられる間、お部屋のお掃除を依頼されていたのですが、クロダさまの机の上にロッタ工房あての設計図が並んでいまして。錫杖の形状・構造から弾筒の詳細な図面、使用する魔石の推奨銘柄まで、それはそれは懇切丁寧に!」
「ふむふむ、並んでいた、か? なるほど?」
誠一の襟首を掴むホーラの力が、一段と強まった気がする。
「しかも使用方法、構え方、運用方法、注意事項まで図解入りで、誰でも一目でわかる教本まで付けてて頂けたんですよ。それで『この図面の錫杖はロッタ工房の判断で製造してください』などと書かれてあったのでアレジンさんと相談したら、もう速攻で『契約履行ー!』とずいぶん気合いがお入りになりまして。半月程度で錫杖と弾筒を大量に製造されましたので、我がメイド隊の標準装備に採用させていただきました!」
「ほほ~、契約? おまけに大量生産とな?」
「はい! 冒険者ギルドでも、クロダさま設計ということで皆さま大変興味を持たれたそうで、そちらでも大量発注があったそうです! 今回参加してる冒険者の半数が装備しているとか!」
「そうかそうか、いや足止めして悪かった。勤務に戻ってくれ」
ロゼは、はいっ! と勢い良く返事すると持ち場に戻っていった。
「セイイチ~?」
「いや……構想段階でアレジンのオヤジさんと話してたら、奴さん、えらく乗り気になっちゃってさぁ……」
「貴公らの世界の武器だな、これは~?」
「いや~。撃発には魔力がいるし? 装薬はアデスならではの照明魔石の粉末だし? ミカドとの決戦では魔力も腕力も弱い婦女子でも戦力になるしさ? ね?」
このおっさん、異世界で信長でもやる気だったのかよ?
まあ、確かにメルさんは俺たちの知識を活用していいとは言ってたが……
「で? 貴公の思惑は?」
「……………………軍に売りつけられるしぃ~、ロッタ独占なら儲けは5分5分でどうかと言われてよぉ~。普段の割り勘負け取り戻せりゃな~って?」
ブツッ! 何かが切れたような音を聞き、良二は思わず天を仰いだ。
「貴公はー! フンジンバクハツで反省したんじゃなかったのかー! 性懲りもなくこんなもん流行らせおって! 時の流れを司る我の身にもなれ! ゼニ勘定しとる場合かー!」
「まあ、決戦終わったら全部回収・破棄ということでさ。堪えてつかいや?」
「まったく貴公と言う奴は!」
「なあ、ホーラ。聞いただろ? 今は何故か王都だけが魔獣に取り囲まれてる。フィリアさんのメイドたちは戦闘センスは抜群だが基本は殿下の護衛、残念ながら人間相手の接近戦、格闘戦が得意なだけの連中だ。狼牙以上の魔獣では自分の身を守る事すらおぼつかん。俺たちはミカドを相手にしなくちゃならんから彼女らを守ってはやれん。でも、あれさえあれば彼女たちは自分で身を守れる確率はグンと上がる……今回だけは目を瞑ってやってくれんか?」
「軽く言うな!」
「だけど、この武器はキミが気付く前に出回ったわけだし……乱れは出てるかい?」
「あ……」
ホーラの表情から、異世界の技術を持ち込んだことに懸念はあるものの、今の段階では乱れは生じていなさそうなのが読み取れた。
もし乱れが生じるならば、運用が始まってからなのかも知れないが……とは言え、ロゼの説明からすると、試射はすでに終わっているはず。
「ホーラさん、こんな言い方もアレだけどアデスは今、これまでと違って何でもアリの状況になってるんじゃないかな?」
良二が割って入った。
「な、何でもって……」
「俺たち異世界人がこれほどの地位と実力を得て動き回ってるんだよ? アデスはかなり大きな転換期を迎えてるんじゃないかな、と」
「過去の清算、て感じではあるなぁ。なあホーラ、粉塵爆発の時と同じように、猊下が何か仰るまで傍観してくれねぇか? ミカドは魔獣に露払いさせる気だろうしな」
「ああ、もう! わかった!」
ホーラはそう言うと誠一の襟を解放した。それはもう忌々しそうに。
「全く! いいな!? こう言うのは今回で……今回で最後だゾ!」
だゾ、頂きました。
「ありがと、感謝するよ」
誠一はそう言いながらホーラの頭を抱え、額にぶちゅっとキスをした。
「こんなことで誤魔化されんからな?」
とかなんとか言いながら頬を赤らめるホーラ。うん、チョロい。
「我は魔法陣防衛のために宮殿に赴く。貴公らも行くなら一緒に送るぞ?」
「いや、表向き俺たちは委員会の指示待ちになってる。もうしばらくここで様子を見るよ。動く時は連絡するから」
「そうか……気を付けてな」
「キミも」
頷くホーラ。やがて彼女も宮殿に向かった。
「ここにいたの? もう!」
ホーラの転移とほぼ入れ替わりに、カリンや容子らがバルコニーにあがってきた。
皆、完全装備でビッチリ固めてすぐにでも出撃出来そうだ。
「ラーさんの念話が来たから着替えて本部事務室で待ってたのに、いつまでも来ないんだから!」
カリンに続き、容子もブー垂れた。
「おお、すまんな。外の様子を見たかったもんでなあ」
「フィリア殿下の部下から聞いたけど、今、王都は魔獣に取り囲まれているって?」
「でも、他の地方じゃ魔獣同士で共喰いしてるって聞いてるっす。まるっきり真逆っすね?」
「どう見る? 黒さん」
「魔界の場合はミカドが操作を止めたんじゃねぇかな? だから普通に強種が弱種を喰っているわけだ。だが人間界の、同種族を含めた共喰いはミカドの仕業に間違いあるまい。本来ミカドを新生するための生贄に魔界や人間界の軍が討伐するはずだった魔獣を人間界のみ操って殺し合いさせているように感じるな。人間界の魔素を一掃するような?」
「手を出さなくなった軍の代わりに共喰いさせて、魔素を自分に吸収させる気か?」
「喰い合った死体がどうなったか、報告待ちだな」
「じゃあ、今、王都を取り囲んでいる魔獣は?」
「ミカド侵攻の露払いか陽動と見てよかろう。軍や冒険者をそちらに釘づけにして、自分は本丸を狙う気かな?」
「主様、ミカドはそれほどまでに強い魔力を持っているのですか?」
「単に一時的に魔獣を利用するためなのか? それとも本気で魔獣を軍隊化させる気だったのか、そこまではわからんが、今まで見聞きした魔獣の統制は魔獣の進化ではなく皆、ミカドが操っていたのだと見て良いんじゃないかな?」
「アデスを……人間界を自分の手に取り戻すために魔獣を消耗品にしようとしたのか?」
「でも、今は沢田くんという強力な依り代が手に入った。軍団化しなくても今攻めてるように、軍の相手をさせりゃ手間が省ける。突破口さえ開けば操らなくても本能で勝手に襲い掛かるからな」
「隊長、あたしたちは?」
「ホーラには、別命あるまで待機すると言ったが、俺はこれから宮殿に向かおうと思う。シルヴィ分隊長のいる近衛団の宿舎辺りに潜伏させてもらおう。紹介状は既にロゼに書いてもらってあるし」
いつの間に……抜け目ねぇ。ま、この人ならこのくらいは当然か。
「移動は馬で行う。全員厩舎へ移動しろ」
「黒さん、編成のことだけど、あの娘ら……」
良二は、それぞれの愛馬を引っ張り出しているカリンたちを見ながら誠一に尋ねた。
「ああ、それだが……カリン、メア、シーナ」
「イヤよ!」
「イヤっす!」
「イヤです!」
「何も言っとらんが……」
「どうせ私たちは本部防衛要員とか言って、ここに置いていく気でしょう? そうは問屋が卸さないわ」
「主様、私たちは確かに異世界の皆様ほど強い魔力を持っているわけではありません。でも皆様に纏わりつく魔獣を倒すことくらいは出来ます!」
「……シーナはともかく、カリンもメアも他所からの出向なんだ。本来の持ち場に戻るべきじゃないのか? メア、お前はフィリア殿下を守ることが元々の仕事だろ?」
「てっぽーが支給されたから、あたし一人抜けてもどうってことないっす。なんなら今から殿下に言ってお暇もらってきますかぁ?」
「やっぱ言うだけ無駄か」
誠一は困り眉毛で苦笑、肩も竦める。
こういう反応が想像できないはずは無かったろうが、今までに無い魔力戦となるであろう今回の戦いで、巻き添えにさせたく無いと言う思いは誠一のみならず、良二にもある。
だから良二も言ってみる。
「カリン。俺の留守の間、本部を、俺たちの家を守ってくれと言ってもダメかい?」
「ステキな口説き文句ね、どうしちゃったの? あなたらしくもない」
褒めてんの? 貶してんの?
「それを言うなら、せめて避妊やめて私を孕ませておくんだったわね? そしたら言う事聞いていたかもよ?」
出来るか―!
「黒さん、良さん、フォーメーションはいつも通りなんでしょ? この三人に容子を守って貰わなくちゃ、あたしたちが思い切って前に出られないよ?」
「わかってるわねミツキ。まあリョウジ、任せておきなさい。あなたの奥の筆頭として妹分のヨウコは私が必ず守り切って見せるから!」
「ちょっと! それじゃあたしが二号さんみたいじゃない!」
「あらぁ? 三号の可能性は無視ぃ? ライラ怒るわよぉ?」
誠一と同じく良二も苦笑した。愛すべき嫁たちに、仲間たちに。
誠一が良二の肩をポンッと叩いた。
良二もそれに頷いて返す。
「よし、ならばこの先は何も言う事はない。お前たち、今までよく俺みたいな頼りない上官についてきてくれたな」
誠一が良二たちに語り始めた。良二らも姿勢を正して耳を傾ける。
「今日の、この日の戦いのために俺たちはアデスに、エスエリアにやってきた。おそらくこれが、我々異世界人魔導特別遊撃隊として最後の出動となる。この日まで生きてきたお前たち、それぞれの思いを全てぶつけるつもりでこの戦いに臨め!」
良二が、容子が、美月が、誠一の言葉を噛み締め、シーナ、メア、カリンも一緒に全員が力強く頷く。
「そして全員生きてここに戻ってくるぞ! 一人の脱落者も許さん! 7人揃ってこの地で勝ち鬨を上げるために絶対に帰って来るんだ!」
はいっ! 全員が張りの有る、大きな声で応じた。
「総員騎乗!」
号令のもと、良二以下全員が馬に乗る。
「行くわよ、ハリー!」
ぶるるるー! 今ではすっかり馴染んだハリーも容子に答える。
「目標、宮殿敷地内近衛団本部! 特別遊撃隊、前へ!」
前進の号令と共に、誠一の手が振り下ろされた。
「ハァ!」
良二が先陣を切り、先頭となって駆け出していく。
遊撃隊を乗せた馬は縦列を組み、次々と出走。
「御武運を!」
フィリア邸を守る警衛隊の敬礼を受けながら、良二たちは愛馬を疾走させ、正門を一気に走り抜けて行った。




