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アデス

「あんたが魔界に来るなんてね~」

「あら、時折お邪魔してましたのよ? 魔界のお菓子は御茶請けに合うものが多いですし。まあ、あなたが人間界で食べ歩きするよりかは少ないかしら?」

「あたしの部屋じゃ、大したお茶は入れられないわよ? 誰か上手な者に入れさせようか?」

「ポットは有るんでしょ? まかせて」

 そう言うとメルは茶葉を確認し、手際よく茶を入れ始めた。

 熱湯を注ぎ、ポットに手をかざして魔法か念か送っているのだろうか? たちまちかぐわしい香りが部屋全体に広がった。

 カップに注ぎ、ライラに手渡すメル。うむ、ホストとゲストがまるで逆。

 ライラは一口飲んで、その美味しさにため息をつく。

「同じ茶葉使って、何よこの差は~」

「愛よ、愛」

「シランへの?」

「間に合ってよかったわ」

「ありがとうね、本当はあたしが行かなきゃいけなかったのに。リョウくんと付き合ってるから委員会がいい目で見てくれなくてさぁ」

「何千年ぶりかでシランくんを抱っこ出来たわ。相変わらず、かわいい子ね」

 メルは、自分も一口お茶を飲みながら、にっこり微笑んだ。

「シランでも叶わなかったか……」

「でも、予想以上にミカドは不完全な再生になってしまいましたわ。まさかサワダ卿の中で同期しようなんて……」

「サワダくんも不完全、ミカドも不完全。でもこの二者が同期してお互いを補完すればあたしやメル以上の実力を持つことになる……」

「ミカドは人間界で魔素を吸い上げ、分離してしまったミカさんの分を補いつつ、サワダ卿との完全同期を果たすでしょう」

「ねえメル……」

「なんです?」

「ミカドと会ってみてどうだった? 昔と比べて……」

「昔と比べて? お互い、ついこの間まで彼女と遊んだことも忘れていたじゃありませんか?」

「まあ、そうだけどぉ~。でも思い出したでしょ? 三人でアデスを駆けずり回ってた頃の事もさ? たださぁ……」

「ええ、なぜ忘れていたのか……そう、人間界の守護者だけなぜ居ないのか、それすらも忘れていました。ミカさんの魂に触れるまで……」

「あたしとメルが実体を持った、以降と以前……」

「そこが分岐点……でしょうか」

「あたしは、ミカドはまんまミカだったような記憶しか無いんだけど」

「あなたも仰ったように、ミカドはかなり不完全です。私たちと戯れたミカドはミカさんとして分離してしまったようですし……今、サワダ卿の中にいるミカドは、使命感が暴走してしまったミカド……」

「使命感? あたしたちの様に人間界を見守るってことよね?」

「500年前の異変でそれが叶わなくなったのでしょう。それまでずっと使命を果たしていたのに」

 ん? ライラは眉にしわが寄った。

「ちょっと待ってよ……魔素異変はミカドが新生するための現象だったんじゃ……?」

「シランくんとの闘いの後ミカドは、実体などいらなかった……そんな風に思っているような口ぶりを……」

 ライラの頭は些か混乱し始めた。今まで聞いてきた事と話が違って来ている。

 勘違いしやすいと言えばそれまでだが、ローゲンセンを始め、委員会の中核とする思考、根拠等は、学者や有識者たちが出したあくまで仮説ではある。

 一番理に適い、矛盾の少ない説が採用されているに過ぎないのは確か。

「……憎悪と怨念、悲哀、悔恨……あの子の心は乱れています……」

 寂しい眼……メルはシランが見たあの寂しい眼を見せた。

 フゥ、と嘆息するライラ。

「なぜあの子だけ……実体を持つことが出来なかったのかしら……あたしやメルは今のこの体で以って新生できたのに」

「あの子が生まれれば……人間界と魔界に差が無くなってしまうから……でしょうか」

「どゆこと?」

「魔素と共に、ほぼ同じ魂が輪廻転生する天界。魔素が乏しく、今生限りの魂を燃やす人間界。魔素と共に輪廻する魂と今生限りの魂が混在する魔界」

「あたしたちと同じ魂を持つミカド……そのミカドは今の、魔素を受け入れた人間界に不必要になったって事? 何よそれ! 誰がそんなこと決めるのよ!」

「わかりません……」

「以前言ってた、アデスそのものがとてつもない大きな生物だったらってやつ? なら、あたしもあなたも、不必要と判断されたら消されるて訳ぇ!? て事はなに? あたしがリョウくんに一目惚れしたのも仕組まれてたって事? 冗談じゃないわよ!」

「思い付きで言っただけです。時空神が司る時の流れ……その流れはアデスに仇となる事象に対し、波、乱れと言う形で現れます。今、それらが何も乱れていないと言うことはミカドの新生、それに対する除去の動き、保護の動き、どちらもアデスにとって正しい、若しくは求められる動きなのかと」

「ねえメル、何を言ってんの? それ、もう思い付きじゃ無いじゃない? まるでリョウくんたちがいるからミカドがお払い箱になったって言えちゃうじゃないの!」

「思い付きです。感じただけです……」

「じゃあリョウくんたちは何なのよ! 全くの異世界から来てるのにそれが乱れないって何なのよ!」

「…………すり……」

「え? なに?」

「おなかが……痛くなったときに飲む……薬……」

「あんた…………あんたホント何言ってんのよ!」

 バンッ!

 ライラはテーブルを叩きつけながらメルに迫った。

 だが、ここで、ライラはメルの表情を見て虚を突かれたように驚いた。

 メルは、何も言わずただ涙を流していたからだ。


                ♦


 翌日、遊撃隊あてに人間界からの報告があった。

 エスエリア臣民の避難状況は、ほぼ計画通りに進んでおり、作戦参加のために残留する軍隊、冒険者の他は、王室及び執政機関の退避をもって完了となる、とのことだ。もっともフィリアはじめ、委員会隷下の官僚・役人も当然のことながら残留することになる。

 現状、ミカド新生作戦はいつでも発動できると言っても過言ではない。

 しかし、ヴァンキッシュ宮殿大広間で開かれている委員会最終会議では未だに、どの作戦プランを選択するのか決められずにいた。

 先の、魔界のウドラ渓谷の戦乱において既にミカドは新生しており、また、アデスへの明確な敵対姿勢を見せていることで、ミカドを殲滅することを目的としたプランを選ぶべきと主張する派閥。

 将来的な安寧を獲得するため、現ミカドの人間界での地位を保証し、不可侵相互協調を図るべきとする派閥。

 ミカドの新生はまだ不完全として、本来のプランによる、メーテオール及びライラと同等の完全なるミカド新生を目指し、アデスに均衡をもたらすべきとする派閥。

 表向きは紛糾した議論も交わされてはいたが、渓谷の乱において8魔王の中でも屈指の戦闘力を持つ冥府王シランが事実上の敗北を喫したこともあり、ミカド脅威論を支持する勢力が多くなってきているのが現実だ。

 ミカド殲滅となれば頭をもたげてくるのが召喚魔法陣を利用した逆召喚・追放である。

 だがそれを行った場合、いまや12神や8魔王と肩を並べる戦力にまでなった異世界人特別遊撃隊の反発も必至であり、疑心暗鬼な空気もかなり強い。中にはミカド共々追放・殲滅をうそぶく声さえあると噂されているほど。

 新生計画委員会の意向を尊重すると誓約し、発言権は無いものの、会議の傍聴を許されている誠一の胸の内は複雑極まりない状況にあった。

「ミカドの自力新生は全くの想定外じゃったな……」

 会議は休憩に入り、会議室の端の傍聴席に座っていた誠一の隣に腰掛けたテクナールがため息交じりに零した。

「既に新生計画ではなく、ミカド迎撃作戦になってきてるな……当初は沢田くんの身体に取り込み、穏やかな覚醒を狙っていたようだが、この先はよほどミカドが豹変しない限りそんな期待は出来んな。とは言え、あんたが望む三界共通の敵とするには今のミカドはデカすぎる。メーテオール猊下やライラ陛下の最低でも1・5倍くらいの魔力と魔獣を従える能力は戦闘力においてアデス最大の勢力になる」

「ミカドが覚醒したのが推定2~3年前。魔獣発生の増加、統制の取れた行動をする魔獣の目撃証言の出始めた時期と一致するのう」

「奴は自力新生できる魔素の収集がてら、魔獣を操作・統率する実験をも始めていたのかな?」

「当然三界は魔獣の討伐に力を入れる。そして依り代となった多くの野獣の身体が魔素化され討伐されるたびにミカドに吸収される」

「500年前に引き裂かれた自我が休眠する前に、魔獣の輪廻による魔素の増量の仕込みをしていたんだとしたら……大したもんだ。自我が目覚めたらすぐ行動開始可能だ」

「一角兎の依り代が兎ばかりでなく、いや大半が野鼠だったと聞いた時は悪寒が走ったもんじゃ。それを狼牙が喰らい、増殖していく……」

「ミカドが目覚めたら今度は徒党を組んでミカド軍団結成か……悪い夢でも見てるようだな」

 テクナールと話しながら、誠一は力んだ肩に血流が滞った硬さを感じ、天を仰ぎ首を回して血行を回復させた。

「ん?」

 首を元に戻し眼を開けると、目先には茶の入ったカップが付きつけられていた。

「お疲れ様」

 茶を奨めてきたのはウェンだった。誠一は彼女を凝視しながらも、ありがとうと言ってカップを受けとった。

「嬢ちゃん、わしには無いのか?」

「年寄りは厠が近くなるでしょ?」

「見た目は、こいつとさして変わらんと思うがのう?」

 テクナールのボヤキを無視し、ウェンも誠一の隣に座った。

「ごめんなさい」

「え? 何がだ?」

 いきなりの謝罪にちょっと戸惑う誠一。

「夜王様の宴会の時。無礼な態度を取ったこと、謝ってなかったから」

「気にしてたのか? 忘れてたよ」

「いいのよ、あたしが謝りたかっただけだから」

「ホーラにでも言われたか? あ、いや、余計なことだな、素直に受け取るよ」

「ん、これで仕切り直せるわ。ねぇクロダ……」

 ウェンはより神妙な面持ちになって誠一に語り掛けた。

「何かな?」

「アデスに骨を埋めてくれない?」

「…………」

 茶を啜る誠一の手が止まった。

「実は、わしもそれを言いに来たんじゃ。お前の矜恃は色んな奴から聞いとる。じゃが敢えて言わせてもらいたいんじゃ」

「……意見は交じ合わせてても、実際、執行部はそちらの方向で行くつもりなのか?」

「わしはお前が気に入っとる。悪いようにはせん」

「…………」

「冥府王――シランとの闘いの顛末を聞けば、あなたにもわかるでしょう? 不完全とは言え、既に新生を果たしたミカドは当初計画された穏便なミカドに改心することなんて期待できないことを。暴走し始めたあれはもう、人間界を統べられる存在じゃない、憎悪と怨念、怨嗟の塊よ! アデス全てを、白紙にしてしまいかねない……」

「……沢田くんは美月の恋人なんだよ」

「……知ってる……わ」

「あいつの泣き顔を見るのは辛いな……」

「……父親の代理にでもなったつもり?」

「俺は息子が二人だから。あんな娘がいたらムチャクチャ可愛がっちまうだろうなぁ」

 誠一は顔に屈託のない笑みを浮かべながら言った。

 彼が浮かべた微笑は、全くの本心から浮かんだ笑みだった。

 故にウェンは、誠一のその、あまりの屈託のなさに矛が鈍ってしまった。

「なれば余計に覚悟してもらわねばならん。猊下やライラ陛下のお力が功を奏すればサワダからミカドを引き離すことは、かなわぬ希望ではない。しかし、その後は魔法陣を使うしか手段がなくなる。お二方はサワダを保護するだけで手いっぱいじゃからな」

 テクナールがウェンをフォローする様に挟んできた。12神同士の阿吽の呼吸だろうか? 本筋から外れそうなところをテクナールは修正してきた。

「他に門なり、逆召喚魔法陣なりを展開できないのか?」

「それこそ500年前の繰り返しよ。あの魔法陣はチキュウに繋がってる。それが大事なのよ」

「地球にミカドを落とすのか?」

「チキュウに固定された魔法陣の転送先はミカドと言えど変更は無理じゃ。変更するには魔法陣の記述とオクロの記憶操作が同時に必要でな。じゃが、時を待たず強制起動させれば時間軸にズレが生じる。つまり出ていく先は……」

 ――地球の公転軌道上のどこか? いや、基点次第でとんでもないところに……

「……話は分かった。かねて言っているように、異世界人四天王は委員会の決定を尊重する、以上だ」

「……」

「……」

 これより先はもう、何も言うことは出来ない。あとは皆、それぞれが一番最適と思える解を選ぶだけである。


                ♦


 未だ機嫌の直らない美月は荒れていた。

 誠一は委員会に出席したが、他の遊撃隊員は相変わらず帝都府応接室で軟禁状態である。

 そんな第一応接室内でマグナムボトルを空にした美月は、付き合ったカリンらと共にソファの上で酔い潰れていた。

「ま~さか、あっという間に二本も明けちまうなんてな~」

 面会と称して、アーゼナルの属国で作られた、米が原料の醸造酒のマグナムボトル三本と白身の刺身を差し入れてくれたプロマーシュが呆れていた。

 地球のマグナムボトルと言えば、大体1.5リットルくらいだが、こちらのそれは結構デカく、ジョエロボアムほどは無いだろうが、2リットル以上は有りそうだ。

「荒れてる上に刺身と(モロに)ポン酒持って来て貰っちゃあ、ヤケ酒にもなっちゃうわな」

 誠一のいない間、代理・留守番をしている良二は、自分らのねぐらである第二応接室でプロマーシュの相手をしながら答えた。

「相変わらず俺のおすすめ喜んでくれてるから、こっちも嬉しいけどな」

 初めて刺身を認めてくれた良二らを、プロマーシュは贔屓にしていた。

 この面会も差し入れも、本当は認められないのであるが、8魔王の権威でもって圧力をかけ、当番兵の目を横に向けさせ続けてるのである。

 んで、一緒に来た面会人がもう一人。こちらもしっかり酔い潰れている。

「若造共が……世の理ってモノを……バカモンが……」

「こっちも荒れてたね。まあ、最後の最後で除籍とか、あんまりだよなぁ」

 ライラとメルの計らいで幽閉からは解かれたローゲンセンが、プロマーシュに誘われてきていたのだ。

「魔素異変の汚名返上とばかりに気合入ってたからなぁ、気持ちはわかるんだが……まあ、また切腹騒ぎでも起こさにゃいいが」

「切腹? なんだよ、穏やかじゃないな?」

「魔素異変の責任は自分にある! つってよ。人間界の復興が一段落着いた頃に腹切って犠牲者に詫びるって言いだしてよぉ」

「生真面目そうな人だとは思ってたけど、切腹なんてなぁ。でも……結局、死んでないよね?」

「ローゲのとっつぁん龍人だろ? このクソ堅ぇウロコ切れる刃物なんて無かったからよぉ」

 ぷ! 良二も、言ったプロマーシュも噴き出した。

「切れるとしたら、お前やクロダの魔法剣くらいかな?」

「勘弁してよ。介錯役なんかごめんだよ」

 プロマーシュと良二は、もう一度笑い合い、杯の酒をクイッと煽って胃に流し込んだ。

「……なあキジマ。クロダ、説得できねぇか?」

 テーブルに杯を置きながらプロマーシュが切り出した。

「説得?」

「ああ……残念ながら、事ここに至っては選べる選択肢は多くねぇ。当初の穏やかなミカド新生が叶わなくなった以上、こちらとしても、なりふり構っては居られん」

「……魔法陣かい?」

「それも数少ない選択の一つさ。陛下と猊下、俺たちと12神総がかりでサワダからミカドを分離、制圧するか。制圧に魔力が及ばなければ魔法陣に誘導してどこかへ吹っ飛ばすか。もしくは……サワダごと殲滅するか……」

「委員会はその三つを軸にするのか?」

 おそらく最初のミカドの分離制圧が選ばれる可能性は一番低いだろう。選ばれるのは殲滅か魔法陣か。

 誠一が泣くか、美月が泣くか……

「魔法陣を使うと、黒さんが造反すると言うんだな?」

「決めつけてるわけでもない。ホーラや夜王の姐さんとも縁があるんだから諦めるだろうという楽観論もある」

 もろに楽観論だ。良二は首を振った。

「黒さんも勿論だけど、美月だって造反するかもだぞ? 火力からすればあいつが造反した方がはるかに厄介だ」

「ああ、だから、クロダを説得してほしいんだ」

「……魔法陣を使うことがほぼ決定、か」

「それでも魔法陣がオシャカになると決まってるわけじゃ無ぇんだよ。上級神オクロの記憶があれば僅かながら再接続の期待は持てる」

「魔法陣を護るってところでは納得するかもだけど……」

「そのあたりでもって、奴の協力を取り付けてほしいんだよ」

「何でおれに言う?」

 日本への帰還の確率を下げてまで誠一に目を瞑ってくれと良二が言うことは、ある意味自分にアデス側に寝返ってくれと言われているに等しい。

 いくらライラやカリンと恋仲で、容子も自分に従う気でいるとは言え、些か軽く見られている感は払拭できない。

 平たく言えば今の良二はちょっと不機嫌になりかけだ。

「気を悪くしたらすまん。だがお前なら、アデス残留と言う選択をする確率は高いと思ってな」

「メル猊下やライラもその意向なのか?」

「陛下も猊下も何も言わねぇ。俺たちが勝手に忖度して勝手に動くだけだ」

 プロマーシュの言葉を聞いて良二は少し気が楽になった。

 ライラもメル猊下もいざとなったら自分たちよりもアデスを優先させなければならない事は重々承知である。

 だが良二には、口に出して聞きたくないという気持ちもやはり有った。

「黒さんの思いには一切のブレが無い。たとえ俺が言ったところで期待は出来ないんじゃないか?」

「話は聞いてるよ。夜王の姐さんたちも一目置いていたしな、大したもんだ」

「お褒めにあずかり光栄だね?」


 どわあああぁぁ!


 後ろからいきなり声を掛けられ、良二とプロマーシュは椅子からひっくり返るほどに驚きまくった。良二は久しぶりに心臓が口から飛び出しそうになった。

「く、黒さん!」

「い、いつからそこにいたー!」

 ――まさか、聞かれた?

「『俺たちが勝手に忖度して』……辺りかな? 何を話してたんだい?」

 ついさっきだ……ホッとひと息つくプロマーシュ。

 しかし良二は眉をひそめた。

「で? ホントはいつから居たんだよ?」

「おいおい、何を言って……」

「いつから居た?」

「………………『あっという間に二本明けちまうなんてな~』、からくらい?」

「な!?」

「本音バレなかったってスキ出来れば何か引き出せるかと思ってなァ」

「お、おま! ホント噂通りの野郎だな、クロダぁ!」

「うん……?」

 激昂するプロマーシュの横で潰れていたローゲンセンが目を覚ましたようだ。

「う、クロダ殿……お帰りになられたか」

「賢者殿、随分な目にあわされたもんですな」

 老賢者は酔いの残る頭を振りつつ、誠一の手を取った。

「申し訳ないクロダ殿! 小官が至らぬばかりにこのような事態に貴殿らを……誠に、誠に面目次第も……」

 誠一の手に額をこすりつけ何度も謝るローゲンセン。

「顔を上げて下さい賢者殿。お互い、半端で辛い立場に立たされた者同士ではないですか」

「やはり、やはり異世界から勇者を、依り代を召喚などと言う横紙破りから既に間違っておりました。何の責任もない貴殿らをこのような……く!」

「過去を悔いるのは後でいくらでも出来ます。取り敢えずは今、何をやれるか考えましょう」

「か、かたじけない……」

 誠一の言葉に気を取り直し、4人は改めて卓に付いた。

「プロマーシュさんが持って来てくれたんだ。甘めだけどポン酒に近いよ」

 良二が誠一に対して、差し入れの酒を刺身と一緒に奨めた。

「そっか。じゃあ、少しだけ頂こうか」

 下戸の誠一は、日本酒だと一合も飲めばフラフラになるのだが、敢えて杯を受けた。

 刺身をいただき、酒との相性をじっくりと味わう。舌の上に残った余分な脂を酒が洗い流し、舌の奥に残る僅かな旨みが、もう一度、箸を進めよと催促するかのようだ。実に美味い。

「ん~、相変わらずプロマーシュ殿の腕は確かだな。旨みを逃さぬ切口の鋭さがすごい」

「お褒めにあずかり光栄だね」

 プロマーシュがやり返した。愛想笑いする誠一。

「そんなんだから痛くない腹まで探られるんだぜ? もうちょい自重したっていいんじゃねぇのか?」

「賢者殿にも早い内から言われてたよ。でも俺たちの日常と180度以上ひっくり返った異世界で泳いでいくには、後先考えてられなくてなぁ」

 と言いながら、誠一は二箸目の刺身、酒を煽る。

 脳まで染み入る旨みに、下戸であることを改めて恨めしく思う誠一であった。

「で、黒さん。委員会は?」

「お前らが今、話してた事と大差はねぇな。俺や美月にとっては捗々しくない状況だ」

「やはりそうなりますかな……」

「まあ、聞かれたんなら遠慮も要らねぇか。なぁクロダよ、考えてくれねぇか?」

「ウェンにもお願いされたよ。アデスに骨を埋めてくれってさ」

「ディーテ宰相以下、12神にもお前らを擁護する声は多い。飲んでくれりゃ、それ相応の見返りは用意するだろうし。まあ、何を以ってしても、家族の代わりなんぞありゃしねぇだろうがさ、出来る限りのことは、な」

「テクナールも『悪いようにはしない』とは言ってくれたな。だがよ、俺たちはどこまで言っても異世界人だ、イレギュラーだよ。本来は地球に帰るのがスジなんだ。ミカドの案件が解決した後、俺たちが残ることをアデスが拒否したら? 残った後で時の流れが乱れればキミらは俺たちを排除するしかあるまい?」

「もし、そうなったとしてな、あんたらを排除して、それで乱れが直るとは限らんし、何より陛下や猊下がそれをさせないだろ?」

「左様、それならば召喚した時点で乱れていなければならなかったはず。召喚時に当然起こり得ると思われた乱れが全く起きなかったということは、先だってもお話し致しました通り。しかし、ミカドの自力新生、異世界の皆さんの、予想をはるかに超えた能力の向上等、現状は当初想定された状況から、かけ離れ過ぎてきております……これから先に起こる事には、我々の知識や経験は極めて不十分と言わざるを得ません」

 何が起こっても、どんなことが起こってもおかしくない。一言で言えば今の状況はそんな感じで正に五里霧中。

 良二は、そういう中ならば何を優先するか? 何を選ぶのかを考えるべきと思った。

「黒さん、俺たちはまず沢田くんとミカドを引き離すことを第一の目的にすべきだと思う。それでまず日本人5人を固める。次にミカドの処遇」

「美月の造反はそれで無くせるな。というか、とにかく俺たち日本人は一丸になるのが何より望ましい。沢田くんの救出を最優先にする案は賛成だ」

 良二の提案に、誠一は大きく頷いた。

「本来の計画では俺たち魔界を中心に三界での一斉魔獣討伐、後、魔素集積だったが、それは変更されそうだ。不完全ながら新生を果たしてるミカドに、これ以上の魔素を集積させるべきではないと真逆の結論が出されたからな」

「逆説的ですがサワダ卿の魔力がそれを不要にさせました。それ故ミカドが自力新生してしまうと言う予期せぬ事態にもなりましたが……因みに異世界の方々が各界で魔素を吸収したためか、最新の報告では、人間界6か国、魔界の8魔王の領地内においての魔獣の被害が、異世界人方の魔力増強に比例して減少の一途です」

「なんか俺たちが魔獣になったような気になるな?」

「以前にも申しましたが、魔素濃度の一番濃い生命体は陛下と猊下、ついで12神。8魔王。そして皆様四天王となっております。強弁すれば我ら全員、一番厄介な魔獣と言えない事も無いでしょうな」

 老賢者は自嘲交じりに言った。

「これでミカドが心入れ替えてくれりゃ事もねぇんだがな。とにかく討伐予定だった各軍、冒険者たちは予定された展開のまま待機となった。不測の事態に備えるためにな」

「いずれ決戦はエスエリア……だね」

「ミカドも魔法陣を狙っている上に、各国各地の魔素転送用だった臨時転送門はすべてエスエリアを出口としております。小官も折りを見て領地は腹心に任せ、エスエリアにて待機する所存です」

「俺もそうだし、8魔王12神はエスエリアの宮殿に集結することになりそうだな。クロダ、キジマ。その時はお前たちも、そこに居て欲しいぞ」

「……委員会には、俺たち四天王は委員会の意向を尊重すると伝えてある。美月の説得が終わり次第、俺たちも人間界に戻るよ」

「じゃあ、すぐにでも人間界ね」

 誠一の言葉が終わると同時に声がした。4人以外の、それも女の声が。

 4人全員が少々驚きながら声の方を向いた。

「美月……」

 声の主は美月だった。隣との出入り口からこちらを伺っていたのか。

「美月、起きて……いや、聞いていたか」

 美月はコクンと頷くと、4人の座る卓に歩み寄ってきた。

「飲むかい?」

 良二が誘った。

「お水、欲しいな……」

 美月がそう言うと誠一が水差しからコップに水を注ぎ、椅子をすすめながら手渡した。

 ぐぃーと一気に水を飲む美月。飲み干すと、フゥーっとひと息ついた。

「良さん、黒さん。ありがとう」

「ん?」

「史郎くんを助けることを……一番に考えてくれて」

「ああ、そのことか……」

「美月……俺たちは何があっても仲違いしちゃいけないよ。まずは目の前にいる仲間を真っ先に助けるべきさ」

「良の言う通りだ。お前もようやく自由に会えるようになった矢先だったのに辛かったな。美月……沢田くんは必ず取り戻すぞ」

「良さん……黒さん……」

 美月の目が一気に潤んできた。今にも零れそうに。

「黒さぁん!」

 美月は誠一に抱きついてきた。抱きつき、わんわん泣き始めた。

「ごめんね、ごめんね! 痛かったでしょ? おなか、痛かったでしょ!? ごめんなさい、ごめんなさい!」

 誠一の胸で泣きじゃくる美月。ちょっとほっこりした気分で彼女を見ていた良二の隣に、いつの間にか容子も来ていた。

 良二は容子が差し出した手を握った。思いかけずトラブったが、異世界人魔導特別遊撃隊は再び一つにまとまった。

 次の目標は全てが始まった場所、魔法陣のある魔導殿を含む、エスエリア宮殿敷地内だ。

 そこで始まるであろう最後の作戦を前に、良二は気の引き締まる思いだった。

 しかし同時に、僅かながらではあるが自分自身、気持ちの収まりの悪さもなんとなく感じていた。

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