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我が名はミカド

 ガサ! 沢の方で派手に草がこすれる音がした。良二たちが一斉に反応し、そちらを向いた。

「ん! 美月?」

 容子が叫んだ。沢方向の樹の影から美月がそろそろと顔を出してきたのだ。

「ああ、美月!」

「よ、容子……」

 美月の姿に歓喜した容子は美月に駆け寄った。美月も草むらから出て容子を迎える。

 もちろん差し当たって史郎との距離を持たせなければならないと言うのもあった。

「美月! 無事でよかったわ美月! 心配したのよ!」

 抱きつく容子。

「美月……元気そうだね、よかった」

 と良二。

「もう、何も言わずにいきなり家出すんじゃないわよ。書置きくらい残しなさい」

「ミツキさま、心配したっす!」

「ご無事で何よりです」

 カリンやメア、シーナらも、みな同じく美月の無事を喜んだ。

 美月は戸惑っていた。

 聞き取れていた言葉から僅かながら期待はしていたが、こうまで歓迎されるとは思わなかった……そんな心持ち。そして、

「どうした美月? キョトンとして。幽霊でも見たような顔だ」

最後に誠一だ。

 誠一もニッコリ微笑んで美月に声をかけてきた。

「黒さん……よく無事で……川に流されて……もうダメかと……」

 誠一に優しく声をかけられ、美月は感無量であった。目に涙が浮かんでくる。

「ごめ……ごめんなさい、あたし……黒さんを……」

「あ? ああ、びっくりしたぞ? いきなり腹に三発だからなぁ。まあそれは後で聞くとして沢田くんはどこだい? 彼にもいくつか教えてほしい事があるんだ。特に委員会の思惑についてね、連中が何を企んでいるのか是非聞かせてほしいんだ」

「あ……し、史郎くんは、今はちょっと離れたところで訓練中なの。魔法陣を取り返すために強くならなくっちゃって」

「魔法陣を……そうか、やはり俺たちの予想通り、委員会は俺たちを見捨てる気なのだな?」

 誠一は吐き捨てるように言った。

「じゃあ、沢田くんが帰ってくるのを待とうか黒さん? 僕らも食事にしよう」

「そうね。あ、美月。どうせロクなモノ食べて無いんでしょ? 例の魔界のマフィン、持って来たわよ?」

「え! あの迎賓室で食べたヤツ? わあ、うれしい!」

「さあ、お弁当の時間ですよ!」

 シーナが荷物を降ろし、メアとともに食事の準備をし始めた。


「う~ん、おいしい! やっぱり、このマフィン最高!」

「ですよね~。毎日でも食べたいっす!」

「ね~!」

「持ってきて正解ね。少佐の言う通りだったわ」

「黒さんの?」

「疲れた時だけじゃなく、落ち込んだ時も甘い物はよく効くからって、隊長が持ってけって言ったのよ」

「黒さん……」

「ん? どうした?」

「その……黒さんの事、いきなり撃っちゃって……なんて謝ったらいいか……」

「うん、確かに驚いたが……それより何がお前をそこまでさせたのかなって、そちらの方が気になってな?」

「黒さん、痛みに鈍いにもほどがあるんだよ。普通、撃たれたらパニックだよ?」

「あなたがそんなことするのは、よほどの事情があるんだって、撃たれたことなんかまるで他人事みたいに言ってるのよ? あきれるわ」

 カリンがお手上げポーズをしてからかうように言う。美月も――みんな本当に怒ってないんだ……そんな風に感じ始めて来ていた。

 恨まれて当り前なのに、憎まれて当り前なのに、何より皆、自分の事を気遣ってくれている。そう感じた途端、美月の中では感謝と申し訳なさが交錯する思いが激しく駆け巡り、一気に涙があふれてきた。

「ごめんなさい! ごめんなさい黒さん! ごめんなさい」

 美月が謝りながら誠一に抱きついた。それに応じる誠一も、やさしくふんわり美月を抱きしめる。

「大丈夫だよ、俺はこの通りピンピンしてるからな。俺が教えた通り、真っ先に腹を撃ったのは見事だ。でも、その後で止めを刺さなかったからな、何か事情があるんだってことはそこですぐわかったよ」

「ごめん、ホントに……ごめ……」

「いいって。謝るのはむしろ、俺たちの、方……」

「くろ……さん……」

 その言葉を最後に、美月の眼はすうっと閉じられた。そのまま美月は誠一の胸でぐったりと崩れ落ち、スースーと寝息を立て始めた。

 誠一は眠り込んだ美月をゆっくりと焚火のそばに横にして寝かせてやる。

 それを確認した良二は美月が現れた草むらの方向を見据え、語気を強めて話しかけた。

「沢田くん、そこにいるんだろう? 出てきたらどうだ!?」

 美月を除く、遊撃隊6人が顔つきを、キッ! と変貌させて構える。先ほど、美月に向けていた顔つきとは180度変わった厳しい表情だ。

「最初から演技だったってわけだ。大事な仲間をだますなんて真似は、果たしていかがなものかな?」

 草むらから史郎の声がした。良二の予想通り、奴は近くにいた。

「君たちも俺たちを引っ掛けたからな、お相子って事にさせてもらうさ」

「虫のいい話だ、薬で眠らせるなんて小細工までして」

 そう言いながら史郎は草むらから立ち上がり、良二たちに姿を見せた。

「いつから僕がここに居るとわかってたんだ?」

「焚火を見た時からさ。食器は二人分、両方食べかけ、しかもまだ湯気が立っている。美月が君を万一から守るためか、不在だと嘘をついたからその逆が正解だ」

 良二の説明に、史郎は小さくため息をついた。

「同じ異世界人同士で腹の探り合いは悲しいね」

 目を伏せ、良二たちを責める言い方をする史郎。だが誠一は、それをまるであざ笑うかの如く、冷ややかな目線をくれて史郎に応えた。

「本来なら、初めまして沢田くん、と言いたいところだがね、そうはいかないようだ。なあミカド?」

 史郎の目尻がほんの少し動いた。

「僕がミカド? 何を言ってるんだい? ミカドはまだ三界に散らばって漂ってるんだ。それを僕に集めて新生させるのがこの計画だろ?」

「じゃあ、何故さっきは俺たちの事を『同じ異世界人』なんて言い方をした? 沢田くんなら、同じ日本人同士、若しくは地球人同士と言うはずさ」

「…………ミツキが言っていた通りだ。演技と言い、ミツキを眠らせたことと言い、全くしたたかな奴よ。うまく丸め込もうとしたのは甘かったな」

「おまえは新生計画には不満なのだな? 要望があれば俺たちが委員会に伝えてやる。面倒起こすのは止めてお互い協力し合わんか?」

「協力? アデスの連中は余をどこかの異空間の彼方へ送り飛ばそうとしているのだぞ? メーテオールやライラと同じく、人間界を見守る立場の余を斯様な手段で滅せようとしている奴らの言葉なぞ聞く耳持たんわ! ようやく、ようやく自我を取り戻し、人間界を治められると思った矢先に!」

 史郎……ミカドの言葉が荒ぶってきた。今度は誠一に変わり良二が説明する。

「落ち着け! 500年たった今は、あの魔素増殖による魔獣の大発生は、お前が新生するための副反応だった事だと解釈している。その反省を踏まえて、地球から俺たちを召喚させてまで真っ当に実体化させるための方策を考えたんだぞ?」

「おめでたい奴らだ! あの連中が貴様らの見えぬ陰で何を目論んでいるか。サワダの語彙を借りれば、頭お花畑、だな!」

 お花畑……今度は良二の目尻が吊り上がった。

「何だと? 何が言いたいんだ!?」

「余が委員会の思惑通りに蘇り、連中の求めるアデスとなったとしよう。その暁には貴様らはどうなると思っておるのだ? 貴様らは、たった4~5人で天界12神や魔界8魔王に匹敵する戦力を有しておるのだぞ? しかもアデスに来て1年も経たぬうちのこの成長! そんな得体の知れぬ余所者がこの先、アデスの脅威になり得るかもと誰も考えんと思ったか!?」

「俺たちは召喚魔法陣で日本に帰るんだ! アデスの脅威にはならない!」

「ほざけ! 魔界の大魔王や12神の一角と恋仲になっておきながら、異世界に帰るから気にするな、などと言われて、はいそうですかと納得する連中か!」

「違う! 俺たちはアデスのためになるなら身を引く覚悟は!」

「そんな綺麗言を欲と疑心暗鬼にかられた重鎮どもが耳を貸すか! だからお花畑と申したのだ!」

「まあ待て、クールに行こうぜ、二人とも」

 良二とミカドのヒートアップに、誠一が水を注ぐように割って入った。

「なあミカド。妄想でも我儘でもなんでもいいから、お前の望むもの、求める状況とかが有るんなら、まずはそれを聞かせてくれんか? 出来る出来んを先に考えてたら見えるものも見えなくなるだろ?」

 誠一の水差しにちょっとは昂りが収まったか、ミカドはトーンを若干抑え気味に……いや、むしろ落ち込んだくらいの口調で答えた。

「余は……余はアデスが好きだった。メーテオールやライラが実体を持たぬ頃から三人であちこち飛び回り、アデスの美しさに魅せられたものよ。しかし余は裏切られたのだ」

「裏切り?」

「ライラもメーテオールも実体……人の姿を持ち、天界と魔界でそれぞれ頂点に立ち、アデスを愛で、アデスに愛でられていた。それはいい、彼女らは魔素と共にある世界を見守るのだから」

「おまえは……人の姿を得られなかったのか? かつて一度も? その機会も?」

「愚問! だから今このありさま」

「だから今回、その沢田くんの身体を依り代としてお前を実体化を実現させようと……」

「今の余の姿は闘うために必要としただけだ! いつ、余があの連中の言う実体など欲……し……?」 

 話しの途中らしいが、ふっと口を止めたミカドは上を見上げた。目線を右に左に動かし何かを探っていそうな仕草だ。

 どうしたのか? 地上に何か感じるのか? 

 しかし魔素の澱みが邪魔をして地上の状況は……いや、ミカの言っていた龍脈か?

「おい、地上で何か動きが?」

「しらばっくれおって。魔界の軍兵が渓谷周辺に展開を始めておるわ」

 軍だと? もう嗅ぎ付けたのか? 良二も思わず上を見上げた。

 とは言うものの、それはむしろ俺たちを追いかけて来たのではないだろうか? 

 脱走後、自分たちが美月らと接触すると踏んで、わざと泳がせて尾行していたか?

 俺たちは、ここが魔力が通らない場所だということは例の事故で知っている。

 いや、美月も知っているから、やはり直接に史郎追跡もあり得るか?  

「軍が? まあ、陛下や猊下の天眼でも見えないところと言えばここくらいだからな。特定されるのは時間の問題ではあったな」

 誠一が半ばとぼけた口調で言った。

「でも、もしかしたら私たちを追いかけているのかもしれないわよ? なんたって私たちは脱獄囚なんだし?」

 カリンも同調して言う。良二も思いついたことではあるし、ミカドの敵意をほぐす効果も期待したいところだ。

「何を韜晦(とうかい)しておる。もはや貴様らのサル芝居なぞ!」

 ……やはりダメか。こいつはもう、誰の言葉にも耳を貸さない状態になりつつある。

「まあ聞け。お前の言う通り、異世界人である俺たちの意向を無視した計画が、予備とは言え考えられてるのは俺たちも確かだと思っているし、憤ってもいる。お前がどれほどそう言った情報を掴んでいるのか聞きたいと思っていたのも間違いでは無いんだ」

「あんたがミツキさん巻き込んでフケちまったから、あたしら反乱共謀罪でブチ込まれたっすよ!?」

「余の知ったことでは無いわ!」

 ミカドの気が再び昂ってきた。良二は自分の気まで昂らせまいと、冷静な言い方を心掛けた。

「なあ、お前が今のアデスの為政者に不信を持っているのはよく伝わってくる。だが、短気は起こすべきじゃない。お前の忌憚のない望みを聞いておきたいんだ。俺たちが仲介して双方の意見をすり合わせて、極力お前の要求に沿うように交渉するから!」

「笑止!」

 ミカドは良二の言葉を文字通り一笑に付した。

「余はアデスのミカドだ! この人間界は余のものだ!」

「お前が人間界で、ライラちゃんや猊下のような存在になりたいのなら、我ら異世界人特別遊撃隊は全面的にお前に協力したい。召喚魔法陣の無事を絶対条件にしてくれるなら喜んで手を組む。ぜひ考えてくれないか?」

「その手には乗らん。貴様らは仲間でも平気で欺く手合いだと、先程の件で証明されておるからな」

 そりゃそうだけど! てか、お前が最初に美月に嘘こいたんじゃねぇのかよ?

 良二は納得がいかない。だが、それはそれとして。

「じゃあ、お前はこれからどうする気だ?」

「余は、あの魔法陣を破壊する!」

 なんだと! 良二と誠一は同時に叫んだ。

「異世界と繋がった魔法陣、あれさえなければ余がアデス外に追放されることは無くなる。それが一番確実だ!」

「悪いがそれだけはさせんぞ? その考えを変えないのなら、貴様の身の上は何であれ敵に回ることも躊躇はせん! だが歩み寄る姿勢があるなら、道理の通らない理由で連中がお前を滅しようとするのなら、俺たちは出来る限り貴様に協力もする。よく考えろ」

「今のお前は孤立無援だ。お前が人間界を統べる魔力を持ってるとしても、ライラとメーテオール猊下が本気で二人掛かりで攻撃してきたら、勝ち目はないだろう!?」

「貴様ら何を勘違いしておる? サワダは修行のおかげで、既にライラやメーテオールに並ぶ魔力の持ち主になっておる。そこに余の魔力が重なればアデスに敵はおらぬわ!」

 ――あ…… 

 良二は失念していた。実体がないとはいえ、ミカドの魂が新生しているとなれば今現在、アデスには二人のミカドがいることになる。そしてそれが融合しかけているのだ。

 理屈から言えばライラより、メルより、高位の存在となることに……

「話はこれまでだな。貴様らは貴様らで勝手に動くがよい。余の行動を妨げようというなら、その時は覚悟してかかってまいれ!」

「ここからどうやって移動する? 上には魔界軍がいるし、そこに辿り着くには魔素の澱みを通らねばならんぞ?」

「澱み? 魔界軍? ふふふ、そのようなモノで余の行手を遮ることが出来ると思うてか? 行き掛けの駄賃だ、余に逆らうことがいかに不毛か、見ておくがよいわ!」

 そう言うとミカドは地面に手を当てた。途端に体全体が光りはじめる。

 発せられた青白い光に浮かんだミカドの顔は不敵に、そして不気味に笑っていた。

 やがて光はミカド全体を包み、一気に輝きを強めると、あっという間に地面に吸い込まれていった。

 それと同時に光を吸い込んだ大地がいきなり、

バキバキバキッ! 

と、砕け、裂かれていくような音を放ちながら盛り上がった。

 高さとしては1.5m~2mくらいか? その盛り上がりは、まるでドラッグレースのスタートのごとく走り出し、峡谷の崖肌に向かって移動を始めた。それに伴い、周辺の地面が大震災の地割れ以上の、正に崩壊と言っていいほどの勢いで次々割れていく。

「総員退避!」

 直感で、こいつはヤバい! と感じたか、誠一が全員に避難を指示した。

 裂け目が移動する進路上にいたメアとシーナは即座にジャンプ、そこから逃げる。

 盛り上がる地面の衝撃が地震さながらに大地を揺らし、良二たちは思わずしゃがみ込んでそれに耐えた。

 大地の裂け目は崖肌にぶつかると今度は地上に向かって真上に走り出した。

 吹きあがる石や土が良二たちにバラバラと降り注ぎ、思わず顔を背ける。

 盛り上がりの先端はすさまじいスピードで駆け上がっていき、澱みの有る層まで達したのか、裂けた先端はもう目視出来ず、音と振動しか確認できなくなった。

「な、何だ今のは!?」

 石や土が降りかかる中、良二が思わず声に出した。

(龍脈じゃ! あ奴、予が地上を見る時に使った龍脈を駆け上がっておる! ここにも支脈があったんか!)

 ミカが叫んだ。

 ミカの存在は、今ミカドに知られると、どう出るか未知数だったので別命あるまで黙っててもらっていた。

 だが、この現象は彼女にも予想の範囲外だったらしく、思わず声を出してしまった、と言う震えも混じった叫び声だった。

「龍脈!? でも、ミカは移動は出来なかったって言ってたじゃないか!」

(あ奴の魔力、とんでもない事になっとるぞ! 龍脈を無理やり押し広げて駆け上がっておる!)

 この地面の盛り上がりはその副産物か!? 

(なんちゅう奴じゃ! 通った後の龍脈がズタズタになってしもうとる! これじゃ数刻もかからず消滅してしまうわ!)

 ミカドはまだ駆け上がっているらしい。時おり大きな石が落っこちてくる。

「いったんこの場を離れるぞ、対岸へ移動だ!」

 誠一はまだ眠っている美月を抱えて良二たちに指示した。

 カリンやシーナたちも落下物に警戒しながら誠一の後に続いた。

「ミカ! あの龍脈は地上のどこに繋がってるんだ!?」

(前にも言ったじゃろう! 予が使ってた龍脈の支脈じゃから、リョウちゃんに降りてきてもらった橋の上に繋がっとるハズ!)

「降りたんじゃねぇよ! 落とされたんだろうがよ!」

(細けぇ事は気にすんな!)

「そうだ、それどころじゃない! この岩肌の裂け目が、もしも橋脚に当たったら只じゃ済まないよ! 橋のどの辺に繋がってるんだ!」

(あ……あああっ! マズい! マズいぞ、リョウちゃん! マジで橋脚のすぐそばじゃ!)

 最悪だー!



 ミカド――いや、異世界人沢田史郎捜索隊は、魔界国防軍を中心に魔王府近衛軍との混成で組織され、それに天界軍一個大隊が直接支援隊として加わって兵站を含めて総勢8千人、規模としては甲種一個師団級の編成となった。

 まだ不十分とは言え、魔力的には8魔王や12神級に匹敵する能力を持っている反逆者に対抗するには、それなりの戦力が必要とされる上にウドラ渓谷は全長が20kmもあり、手広く展開する必要にも迫られたというわけだ。

 その内、谷底への探索班として、魔界軍の一個中隊が昇降ルートを使った降下を試みていた。

 しかし、良二が転落した時のラーやカリンと同様、魔素の澱みの始まる残り500m地点で大半の者が待機を余儀なくされた。やはり、この先の層はアデス人にとっては瘴気に等しいのだ。

 とは言え、何の対策もなくノコノコやってきたわけでは無い。

 天界からの供与で空気を浄化する効果のある魔石が用意され、それを仕込むと、数時間の行動を可能にする防護マスクが急造されたのである。

 だが、今現在の瘴気層がどれほどの高さ、厚みを持っているか、はっきりしたデータが無いため、それを確かめる必要があった。

 急造防護マスクの効果は精々4時間。つまり片道2時間以内で瘴気層を突破出来なければ予備マスクを持たせなければならず、必然的に人員も半減する。

 現状、偵察として伝令を含め3名の者が瘴気の層の観測に降下しており、彼らからの連絡待ち状態と言うわけである。

「そろそろ1時間か。どんな調子かな?」

 谷底探索隊の隊長に上番したトルマ少佐は、マスク無しで降りられるギリギリの場所まで来て、下の様子を眺めつつ副長のパンム大尉に話しかけた。

 狼の魔人パンム大尉は鼻が利きすぎるのか、終始眉間にしわを寄せていた。

「志願しておいてなんですが、これほど臭いとは思いませんでしたねぇ。今でもマスクしたい気分ですが……」

「俺の鼻でも感じる不快さだなぁ」

「隊長がたエルフ族は、もともと空気の綺麗なところに住んでる種族ですからねぇ。結構堪えるんじゃないですか?」

「お前たちほどではないさ。それにしても、ホーラ様も夜王様も、よく平気で降りられたものだな。しかもマスク無しで」

「最上級神に8魔王……こんな間近で拝見したのは初めてですよ、ビビったなぁ……そういや夜王様は以前、例の魔導特別遊撃隊員を救出するために降りられた事があったそうですね。その時は、我らと同じ症状が出たそうですが……ん?」

 ――伝令! 伝令ー!

 伝令兵が下から上がって来たらしい。何か動きがあったか?

「宛て、トルマ少佐。発、夜王様。瘴気の層は早足の速度において40分で通過可能。それより下層に瘴気は認められず。防護マスク装備で前進されたし。以上であります!」

 そう伝え終わると伝令兵はその場にへたり込んだ。防護マスク装着のまま走ってきたのだから、呼吸はかなり苦しかっただろう。

「そうか、ご苦労であった。上の待機所でゆっくり休め」

 トルマ少佐は伝令兵を労うと、パンム大尉に命令を発した。

「よし、副長! 各小隊に伝達、10分後に底を目指して前進を開始する。各自防護マスクの点検を行い、第一小隊から順次出発せよ! マスク装着は現在地通過をもって行う事!」

「は、直ちに」

 パンム大尉は即座に各小隊長に指示を発した。と、ここで、

 ――伝令! 伝令ー!

今度は上から伝令兵が走ってきた。

「伝令! 宛て、トルマ少佐! 発、捜索師団司令部! 当師団はギャランドゥ橋周辺で彼我不明の戦力と交戦状態に突入せり! 同橋崩壊により、多数の兵が転落! 至急、救援に向かわれたし!」

「なんだと!」

 トルマ少佐は我が耳を疑った。



 ギャランドゥ橋に展開していた捜索団兵士は約60名。

 その橋上にいた兵だけではなく、周りにいた者たちも、いきなり谷の底から駆け上がってくる地鳴りと振動を感じ、各自警戒態勢を取った。どこからか「異常振動だ! 気を付けろ!」と誰かが叫んでいる声も聞こえてきた。

「な、何ごとだあれは!?」

 バババ! バリバリバリ!

 崖肌の一部が異常な盛り上がりを見せ、石の破片や土塊を撒き散らしながら橋脚目指して向かってくるのを何人かの兵士が目視した。

「橋から離れろー! 橋脚付近に異常ありー!」

 また誰かが叫んだ。橋の上の兵士は、何が起こったのか分からない者や、押取刀で走り出す者、異常を見定めようとする者が交錯し、混乱の坩堝るつぼとなった。やがて、

 ババーン!

と言う轟音とともに橋脚付近から青白い光の塊が飛び出してきた。

 橋脚の周りの崖はその衝撃で粉々に崩れ始め、同時に支えを失ったギャランドゥ橋も自重に耐えきれず、本体が折れ曲がり始めた。

 誠一が驚いていたようにこの橋はアデスには珍しく、基本骨格は鉄骨構造が採用されており、石橋の様な崩落は起きなかった。しかし全長300mを超す橋体に振り回されれば、上にいた兵たちが無事に済むはずは無い。

「うわー!」「キャー!」

 橋上の兵士は曲がった橋にしがみつくも、上に下に、右に左にしなう橋本体に振り回され次々と谷底へ転落していった。

 最後まで踏ん張れた数人は、手すりを梯子代わりによじ登り、なんとか地上に辿り着くことが出来た。周辺に展開していた兵士が集まって来て、彼らを介抱しながら同時に問いかけてくる。

「大丈夫か、おい!?」

「一体何が起きたんだ」

「わからねぇ! いきなり橋が落ちやがった!」

 全力でよじ登った疲労、何が何だか分からない心労でみな肩で息をしていた。今、生きている実感が無いくらい頭がフラフラする。

「ん? なんだありゃあ……」

 焦点の定まらない視界の向こうに、なにか青白い光の玉が見えてきた。いや、玉ではない、人の形をした光……

「誰か!?」

 兵士の一人が誰何(すいか)とともに剣を構えた。

「余に剣を向けるか?」

 光が喋った! いや、光じゃ無いんだ、人……人なのか?

 兵士は改めて目を凝らし、剣を構え直した。

「愚か者めが」

 奴の手の辺りの光が増した。剣を構えた兵士にはそう見えた。

 と、次の瞬間、

 ガシャーン!

 構えてた自分の剣が地に落ちた。

 落としたわけでは無い、兵士は全力で剣を握っていたはずだ。その証拠に落ちた剣は握ったままの両手首がついたまま転がっている。

「あ、あ、あ……」

 兵士は自分の手首を凝視した。しかし、自分の手首はそこには無かった。そう、彼の手首は剣と一緒に落ちているのだから……

 周りに集まってきていた兵士たちは橋の崩壊から謎の光、そして落ちる同僚の手首に頭が追いつかなかった。

「わああああああー!」

 手首を切られた兵士はひざを折りその場にへたり込んだ。

 手首の無くなった腕を見て、剣を握ったまま落ちている自分の手首を見て悲鳴を上げ続けた。

「うるさいよ?」

 また奴の腕が光った。

 次の瞬間、細い光の針の様なものが奴から飛び出し、兵士の眉間に命中した。

 その光の命中と同時に兵士は糸の切れた操り人形さながらにその場に崩れ、そのまま動かなくなってしまった。

「アビイ! おい、アビイ!」

 倒れた兵士はアビイと言う名だったか。同僚らしい、その兵士がアビイのもとへ近づき身体を揺すり、声をかけた。だが、脳を謎の光に撃ち抜かれたアビイは、その声に反応することはなかった。

「アビイ! 返事しろ! アビイ、アビイよぉ!」

 同僚は声をかけ続けた。

「何者だ貴様! アビイに何をした!?」

 やっと思考を取り戻した兵士が、光の人影に怒鳴った。橋の崩壊を見た他の兵士たちがさらに集まり、その人影を取り囲んでいく。

「無駄であろう? 余の名を聞いてもすぐ死ぬのだから」

 なんだと!? そう兵士が叫んだと同時に人影が一層明るく光った。

 それを感じた次の刹那、眩い光の人影から無数の光の針が飛び出した。

「ふ!」「う!」「べ!」「……!」

 光の針を食らった兵士たちは、ほぼほぼ声も出せなかった。

「ご!」「ぼ!」「ゃ!」

 末期の一言すらこの世に残せない、そんな最期……針を食らった兵士たちは断末魔の叫びとも無縁に、ドミノ倒しよろしくバタバタと順番に崩れていった。

 この一撃で100人以上は崩れただろうか? ラーがユズ一味に見せた光技より、速さも射程も上回っていそうだ。

 難を逃れた兵士も勿論いた。だが彼らは、やはり何が起きたか理解できなかった。

 ただ、あの人影が光ると人が死ぬ……それくらいはボンヤリ思い浮かんだ。

「まあシラミ潰しも面倒くさい。生き残った奴は褒美として我が名を覚える栄誉を授けよう。我が名は、ミカドだ!」

「ミ、ミカ、ド……?」

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