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肉じゃがもどき

 メーテオールからの勅の呼び出し、と言う理由で、帝都府の応接室での軟禁状態から解放されたホーラはメーテオールの茶室で待機していた。

 謁見の間の様な公式の場ではなく、彼女の私室である茶室に呼ばれるのは異例のことであった。

「……猊下の御意に感謝ですね、ホーラ」

 彼女の監視という名目で、同席を許されたディーテがホーラに声をかけた。

「あなたも、あの時に私の言葉に従っていてくれれば、あなたの手首にそのような不名誉なものを取り付けずに済んだのだけれども……」

 ホーラは軟禁からは解放されたが、手首には良二らが投獄中につけられていた物と同じ魔封環が装着されていた。

 最上級神の一角に対してこの仕打ちは屈辱以外の何物でもないのだが、ホーラは甘んじて受けていた。

「気にするな御大。御大の立場からすれば当然であろう」

 ホーラの表情にはディーテに対する恨みも不満もなかった。

 ――クロダ少佐ら遊撃隊が脱走した。

 あの伝令兵が伝えた事実。ホーラは最初は驚き、混乱もした。

 だが、脱走した後は誰にも見つからず、誰も傷つけず、ものの見事に天界から消えてしまった事。エスエリアの召喚魔法陣付近は今も平静であること。

 それらの報告を受け、ホーラは誠一が我らを恨んではいない事、アデスに仇を成そうとしているわけでは無い事に希望を持ち、ディーテをはじめ、委員会の意向にも従順に従っているのである。

「我は時空の最上級神だ。今この魔封環を解かれたとしても、作戦発動まで帝都にとどまり出番をじっと待つ所存だ。セイイチらの片棒を担ぐ気はさらさらない」

「しかしながら、それはあなたの想い人であるクロダ卿を裏切る行為に他ならないのではありませんか? あなたの、クロダ卿と交際を始めてからの変化は天界の語り草でした。それほどの相手に(あだ)を成すかのような委員会に良い感情を持つはずがない。そういう手合いを納得させるための魔封環ですのよ?」

「それは本音か御大? だとすれば愛の女神たる御大にしては、目が曇ってると言わざるを得んぞ?」

「ホーラ……」

「裏切るも何も、我も奴もお互いの全てを受け入れ合っておるのだ。ここで我がアデスに背を向け奴の胸に飛び込んでみろ。奴に一晩中説教されてしまうわ」

「……」

「我としても同じだ。部下たちも捨て、チキュウの家族も捨て我に縋って来たりしたら横っ面引っ叩いてやるところだ」

「やはりその錠は必要ありませんね?」

 部屋に響くもう一人の声。


 ガシャ!


 同時にホーラに架せられていた魔封環の鍵がいきなり外れ、床に落っこちていった。

「猊下!」

 声の主はメーテオールだった。

 メーテオールは魔封環を外す魔法を発した指先をくるくる回しながらホーラたちの前に現れた。

 二人はメーテオールを迎えるべく席を立ち、膝を附こうとした。

「あ、けっこうですよ? ここは私のお茶室ですからそういうのは無しで」

 そう言いつつ、メルは二人に腰掛けるよう促した。

「猊下。この度は我の不徳の致すところにより、猊下のお手を煩わせたこと、心からのお詫びと感謝を……」

 改めてメーテオールに低頭するホーラ。対するメーテオールは、

「もう、クロダさんとお付き合いして柔らかくなったと思っていたのに、相変わらず固いですねぇ?」

と、笑いつつ、後ろに控えている側近メイドに茶を入れるよう指示した。

「さて……勅命で呼び出したからにはお仕事のお話しもしませんとね。今の状況を簡単に説明して頂けますか?」


 ディーテによる状況説明を受けたメーテオールは終始笑みを絶やさなかった。

 想定外の事、残念に思う事、不快に思う事、そう言った思いが何もないのだろうか?

 いや、それでこそ大神帝猊下だ。

 そんな思いを過らせながらもディーテは続けた。

「依り代たるサワダ卿の出奔、異世界人四天王の造反など、当初の計画、予定、目標がことごとく外れてしまい、一度は収まったミカド追放案が有力になるなど、些か本作戦の骨子が崩れてきている感はあります。その中で、最も最適な解はサワダ卿の身柄を確保することですが、現在、どの監視網にも引っ掛らず、困難を極めております」

「恐れながら、猊下に置かれましては、天眼でサワダの居場所をご確認あられるか、賜りたいところではありますが……」

「残念ながら、私の天眼を以ってしましてもサワダ卿も、同行されているでありましょうマツモト卿も確認できません」

 ホーラとディーテは軽くため息をついた。

「サワダ卿出奔、予想される理由は見当されましたか?」

「彼は常に協力的でしたので周辺の者たちも一様に動揺しております。小耳に挟まれた情報を勘違いなさったゆえの暴走ではないかという意見も多くございます」

「やはり魔法陣の崩壊前提でのミカド追放案に気付いたとするのが妥当かと我は考えますが……」

「クロダさんも、それに気付いて反旗を?」

「怖れながら、猊下、それは違います。我は遊撃隊拘束寸前まで彼らに同行しておりましたが、その時は事実の探索中で、ミカド追放案の存在にも確信をもっていなかったと思われます。テクナールとマリアルの言動から要点のみを引き出したにすぎないかと」

「サワダ卿依り代案以外は緘口令が敷かれていたのでは?」

「そうなのですが……あ奴ときたら我が何度言っても人の気を手玉に……」

「ぷ!」

 メーテオールが小さく噴き出し、軽くコロコロした笑いを見せた。

「相変わらずの様ですね、クロダさんは。ホーラの心中お察しするわ」

「お心遣い痛み入ります。全く、あ奴は!」

「しかし猊下、私の手法が彼らを過剰に刺激したことは否定できません。私としては、テクナールを担ぎ上げ、ミカドのみを追放し、魔獣の脅威を残そうとする一派、異世界人を反乱者と断定して魔法陣を彼らから取り上げる形で強制稼働させようと言う声が高まる恐れもあり、まずは帝都府預かりにしようと考えたのですが」

「根回しもせず、いきなり拘束では彼らが我らに不信をもって当然であろうが。御大らしくもなく焦ったな」

「結果、追放派を勢い付かせてしまいましたね。しかし念話で話しましたところ、テクナールは御輿には乗らないと明言しましたわよ?」

「彼が?」

「ええ、三界の共通の敵を置くと言う理念に変わりは無いものの、あの異世界人たちを敵にしては利も道理も無いと言ってましたわ」

「……有力な頭をもいだのは僥倖でございますね。たしか負傷したクロダ卿を救出なさったのは彼だと聞きましたが」

「どうせまた、いつもの話術でやんわり釘を刺し込んだんだろうな。食えん男だ」

「ホーラやラーがお慕いする方です。それくらい型破りでないと。さて、今後私とライラはどういたしましょう?」

「この際です。おそらくは魔界に逃亡した異世界人には、監視はしますが行動は阻害せず、自由に動いてもらおうと思っています。彼らがサワダ卿に辿り着いたら、状況に合わせて彼らと和解・協定を結び、共同歩調を取りたいと思います。その時、猊下やライラ陛下の御口添えがあれば彼らへの心証も良くなるかと」

「他には?」

「彼らが首尾よくサワダ卿をエスエリアに誘導できれば、当初の計画通り猊下と陛下の全魔力をもって……」

「……わかりました。ライラとも連絡を密にし、いつでも出られるようにしましょう。委員会にはホーラとラーの自由行動を認めるように要請してください。異世界の方々が目的を達する、もしくは前進があり、こちら側……アデス側に戻る姿勢を見せるなら、ホーラたちに仲介させましょう。委員会側の心証も多少は良くなると思われます」

「畏まりました」

「感謝の念に堪えません、猊下。我はこの身の全てをもって、猊下の御意に沿うべく事に当たる所存です」

 いつも通りのホーラに、メルは再び微笑んだ。


                ♦


 やはり日の射さない谷底では良い薪は多くない。

 沢の水はとてもきれいな流れなのでまあ、問題は無いのだが、その分周りの湿気はジメジメ、とまではいかないがそこそこ高い。

 だが、そこは火属性の適正抜群の美月、生木であろうと一瞬に近い短時間で乾燥させ、煙の少ない燃料にしてしまう。

 ついで火を起こして鍋をかけ、食事の準備に取り掛かる。

 美月も人並みに料理は出来る娘だ。しかしながら調味料や出汁の種類等が違うエスエリアや魔界では、得意とする和食的な料理を作ることは望めない。定番である、ご飯に豆腐のお味噌汁などを振る舞うというのは残念ながら難しい。

 しかしポトフに近い味付けで肉じゃがっぽいものは作れた。昨日で肉が切れたので見た目は普通に、ジャガイモと野菜の煮っころがしだが。

 渓谷に潜む前に深夜の八百屋などの食料品店や雑貨屋にもぐりこんで、しばらく分の物資は拝借しておいたから、あと数日の潜伏は可能だ。

 とは言え、アシの早い食材から消費しているので、今後は限定的なレパートリーになってしまうのはやむを得ないところか?

 こういう時、黒さんがいてくれたら、有り合わせでも様々な献立を組み立てたりするのかなあ? 美月は史郎用の器に煮っころがしを盛りつけながら、そんなことを思っていた。

「史郎くん、ご飯できたよ!」

 美月は史郎に食事の準備が出来たことを大声で伝えた。

 焚火から約20m程度離れたところで魔素吸収の錬成を行っていた史郎は、「ああ、ありがとう!」と返事をしてきた。

 

 天界出奔。あれから、かれこれ一週間……

 美月と史郎は、かつて良二がフィリアと共に落下した、ウドラ渓谷の底に逃げ込んでいた。

 ここは、谷底と地上の間には、アデス人にとって瘴気レベルの魔素の澱みが漂っており(ミカいわく魔素の肥溜め)、地上からも谷底からも魔力は届かず、念話の授受も出来ない秘境である。ライラやメーテオールの天眼すら見通すことのできない谷底は、絶好の隠れ場だろう。

「う~ん、いい匂いだ」

 史郎が辺りに満ちる料理の匂いを堪能しながら戻ってきた。焚火のそばに座り、美月から盛り付けられた器を受けとる。

「ごめんね、もう魚もお肉も無くなっちゃったから野菜とジャガイモだけなの」

「え? 何を謝ってるんだよ。冷蔵庫がある訳じゃないから仕方無いじゃないか。それに……モゴ……うん、美味しいよ、今の状況じゃ十分すぎるくらいさ、ハフハフッ」

 史郎は口いっぱいに料理を頬張りながら美月に気に病まないように励ました。

「食料は後、精々4日くらいかな? 修行を続けるなら、またどこかで仕入れて来なくちゃいけないけど……」

「いや、その必要はないだろう。多分、明日明後日には魔素吸収と属性の底上げは終わると思うよ」

「ここの魔獣がいい練習相手になったね」

「僕は美月たちほど実戦経験が無いからね、いい経験だったよ。でも美月の射撃はすごいね? 狼っぽい魔獣とか一発だったじゃん」

「うん! 射撃はずいぶん腕上げたよ? 訓練じゃ黒さんが付きっ切りで教えて……くれて……」

 美月の脳裏に、誠一の腹に大穴を開けた情景がフラッシュバックした。

 史郎には言わないが、あれから彼女の夢に、あの光景が出ない日は無い。

 実際は誠一の身柄は川に流されて行方を追うことは出来なかったのだが、美月の夢に出る誠一は、赤く染まった水たまりで、撃たれた腹を押さえながら彼女に助けを求めるように手を差し出し、虚ろな眼で自分を見つめてくるのだ。

 助けようと手を出しても届かない、逃げようとしても、すぐ後ろにその眼が浮かんでいる、そんな夢。

「また、思い出した?」

 史郎が心配そうな眼で美月を見る。

「ん……大丈夫……」

「何度も言うけど……あれは僕の責任だ。僕が君に黒田さんを撃つ事をお願いしたんだから」

「わかってる……わかってるよ……」

「亡くなったと決まったわけじゃないよ。僕の修行が終わって、小林さんたちを迎えに行った時にきっと」

「ホントにそう思ってる?」

「そこは信じなきゃ。そのためにお腹を狙ったんだろ?」

「助かってても……みんな怒ってるだろうなあ」

「ちゃんと事情を話せばわかってくれるよ! 委員会の連中は召喚魔法陣をミカドを潰す爆弾にする気なんだから、それをちゃんと説明すればきっとみんな……」

「それなら、あの時だって!」

「あの時はマリアルがいたからさ! それに12神の一人と付き合ってる黒田さんはきっと彼女の言い分に耳を貸しちゃう。美月が自分を撃ったというショックと、ケガの痛みが重なって冷静になってくれれば、僕の説明を聞いてもらえると思ったんだ」

「それくらいのインパクトが無いと……だったよね」

「黒田さんは撃たれた怒りより、キミがなぜ自分を撃ったか知りたいはずだよ。そこから話せば僕の言い分にも耳を傾けてくれるさ」

 史郎はスプーンの止まった美月の手を、そっと握った。

「大丈夫さ。黒田さんは家族と再会することを何より願っているんだし、魔法陣の危機だということをていねいに説明すればわかってくれるさ」

「そう……そうよね……」

「……食べよう、か……」

 史郎は美月に食事を促そうとした。が、ついと言葉を止め、沢の上流に目線を移した。

「どうしたの?」

「……何かが来る」

「魔獣? まだいるんだ……」

「訓練の標的にして、ほとんど退治したはずだけどなぁ」

「あたしがやる! 史郎くん援護して!」

 美月が器を置き、ブルパップ錫杖を抱えた。

「待って、気配が魔獣っぽくないよ」

「え?」

「それに沢の上流から近寄ってくる。僕たちを追ってる捜索隊かもしれない」

 捜索隊? 追手がここに気付いたの?

 美月に緊張が走る。

「美月、焚火から離れよう。沢の草むらに隠れるんだ」

「う、うん!」

 二人は足音に気を付けて沢の方に向かった。草むらの濃いところへ潜んで、まずは気配の正体を見極めなければならない。

「焚火、消した方が良かったかな? ここにいた事がバレちゃう」

「熱は残るから、どうせ今までいたことはバレちゃうよ。それより焚火に近付いてくれれば相手が誰かハッキリわかる。魔界の兵隊か、民間人か、それとも……美月、これからは念話に切り替えよう」

 美月は黙って頷いた。

 二人で息を殺して相手が寄ってくるのを待つ。

 こういう時の時間の流れと言う奴は何故か遅い。イラつくほど遅い。だが気を取り直し、焚火周辺に意識を集める。

 魔獣なら何ということはない、見つけ次第、攻撃すればいい。

 だが相手が人だとまずい。少人数だとしても、それが斥候だったらすぐに大部隊が後から続いてくるはずだ。

 心臓の高鳴りが呼吸を邪魔するくらいに強くなってくる。

(来た!)

 史郎が念話で知らせた。心臓がキュッと締めつけられる感覚に耐えて、美月は目を凝らし耳を澄ませた。

 聞こえる。いくつかの足音が聞こえて来る。

 だんだん大きくなっていく。近付いてくる。

(3、5……6か……人だ、魔獣じゃない)

 6人? 誠一が無事なら遊撃隊は6人だが。でもそんな都合よく……美月の胸の内は期待と不安が錯綜していた。

 そのグループは焚火の手前まで近付いてきた。焚火の炎に照らされて、顔が薄っすらと浮かび上がってくる。

 連中は焚火に寄り、置きっぱなしの料理を調べているらしい。

 やがて話し声も聞こえてきた。

(あ……あの声……)

 ――この味は……美月だな……じゃがを再現……

(あ、あ……)

 ――俺が……教えて……

 黒さんだ!

 生きてる! 黒さんが生きてる! 生きてくれている!

 美月は手で口を押え、零れそうな安堵の声と涙を懸命に抑え込んだ。



「ここは……俺とフィリアさんが最初に焚火したところだな。橋の真下くらいか?」

「大丈夫っすか? 毒でも入ってたりとか?」

「そんな罠を仕掛けるってのは考えにくいな。ここで籠るんなら食料は何より貴重だし」

 誠一はそう言うと、器に残った煮っころがしを口にした。

「……この味は、やはり美月だな。肉じゃがを再現したがってたから俺が味付けを教えてやったんだ」

「取り皿の方にも湯気が立ってる。近くにいるね、黒さん」

「なら、とにかく探しましょう、主様。隠れたということは勘違いなさっているかも?」

「そうね、ミツキたちが少佐に恨まれていると誤解したままなのはよくないわ。今は疑い合ってる場合じゃない!」

「美月! 近くにいるんでしょ!? 出てきて! 聞きたいことがあるの!」

「美月、出てきてくれ! 委員会の奴らは一体何を企んでるんだ! 教えてくれ!」


(誤解? 美月が?)

(あたしが恨まれていると誤解って……疑い合ってる場合じゃない……って?)

 美月は若干混乱した。

 確かに自分は、誠一や特にメア、シーナには恨まれているはずと思っていた。

 でもそれを彼らは誤解と言った。疑い合っていてはダメだとも。

(彼らだけで来たのかな? でも、それはおかしいな?)

(え? 何がおかしいの?)

(委員会の奴らからすれば、黒田さんらが僕らと行動を共にされたら困るはずだ。連中はどうあっても彼らを拘束するはずだ。僕だけが逃げたのならともかく、美月も一緒だからね。異世界人は全員共犯とみるはずなんだ)

(でも、「委員会は何を企んでるんだ」って言ってたよ? 黒さんたちも史郎くんが言ってたことに気が付いたんじゃない?)

(だといいけど……)

(じゃあ、まずはあたしだけ出て行ってみる。史郎くんは遠くで訓練してるって言っておくよ。それで黒さんたちの真意を探ってみようよ)

(うーん、ちょっと危険だけど……彼らが委員会を敵にする気でいるなら、僕たちもずっと隠れている訳にはいかないな……でも美月に危険が……)

(出て行ったら真っ先に頭を下げるよ。まず謝って事情を話すようにすれば)

(……わかった。もし美月の身に何かあったらすぐ助けに出るからね)

(ありがとう。じゃ、行ってくる!)

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