グレートエスケープ
メルが淹れてくれるお茶は何時も美味しい。
だが今日ばかりは苦みばかりが舌に残る。
12神ほか、宮殿内の神族の目を掻い潜り、メーテオールの瞑想室にもぐり込んだライラはメルの淹れたお茶をいただきながらそう思った。
「苦そうね?」
見破られている。
「あんたのお茶は、お医者より身体の調子を見抜くわね~。それはそうと、あんたも大丈夫なの? 静養が必要なんて、なに無茶したのよ?」
「ええ、リョウジさんが殊のほか激しくて、なかなか放していただけなかったから……ステキでしたわぁ」
「そう言うのいいから。あんたがそう言う冗談言っても白々しいだけなんだからね? どこで聞きかじって真似してんだか知らないけどさ、キャラじゃないのよ!」
「ん~、こう言えばライラが顔を真っ赤にして怒るはずなんですが……失敗ですねぇ。でも、あながち嘘でもありませんよ? 一時間ほど、かなり深く繋がってましたからね」
「あんたもだけど、リョウくんもかなり負担だったはずよ? そこまで焦るって、サワダの行動はそんなにヤバいの? リョウくんの聖属性、はじめはゆっくり底上げするはずだったでしょ?」
「……今朝方から、私自身、妙な焦燥感は感じていました。加えて、リョウジさんも心穏やかにありませんでしたし。リョウジさんまで焦られては効率も低下しますので、最初は精神の波を抑えるようにお眠り頂いたのですが……あなたの、あの一言が随分と応えてらしたようで」
「うう、あれは失敗だった~」
「私たちが破裂する……そのような事になったら、今のアデスは影も形もなくなってしまう状況になるわけですから、心配しても仕方ないのですがねぇ。それでもあなたを案じてらっしゃるんですから、これからは言葉に気を付けないと」
「一緒に魔獣になろうねぇ~、とか誤魔化したんだけど……」
「火に油ですよ?」
メルは御茶請けにクッキーの様な焼菓子を取り出し、ライラにも勧めた。
「さて、本題。メル、リョウくんたちを釈放して!」
「あなたも私も、為政に干渉するにはそれなりの理由が必要です。今現在では12神と8魔王に任せておく時期ではありませんか?」
「メル~。白々しいって言ってるでしょぉ~? 彼らに任せられる状態なら、あんたがあんな無理するはずないじゃん! 自分の精神体の一部を切り取ってリョウくんにねじ込んだんでしょ?」
「口金ですか? あれは、いずれ施すつもりでしたから。一応念のため、と言うことで早めに」
「ねぇ~、あたしからの要請でも、召喚異世界人に対しての不義理を説くでもいいからさぁ~、何とか動いてよ~」
「……そんなことしなくたって、彼らは、勝手に出て来ちゃいますから」
猊下、しれっと仰るの図。
「だから、それやっちゃうと委員会とか黙っちゃいないでしょう! リョウくんたちがアデスの敵にされちゃうじゃない!」
「こちらに召喚されてやがて8カ月。まだそれだけの月日しか経っていませんが、彼らはアデスの事を大変愛して下さってます。昨日リョウジさんと繋がってみて、それがよくわかりました。大丈夫ですよ、アデスは彼らを悪いようにはしません」
「…………あのね、メル。以前リョウくんが話してくれた例え話でさ。新しい事業を切り開いて、それを自分の力で達成したと得意になったとしても、実は自分たち以上の存在に、そうなるように導かれていただけで、その大いなる存在の掌の上で踊っているだけなのではないか? ……ってそんな感じだったかな~? そう言うのを聞いたのよ。シャカノテノヒラとか言ったかな?」
「チキュウのお話し? 面白い視点ですね」
「アデスにおいては、一番の存在って言うのはあんたのことかな? と思ってたんだけどね。リョウくんたち異世界人と付き合ってて、フッと思う事も結構あってさ、今のもその一つ」
「私たち以上の存在があると?」
「あんたにしかない、9番目の属性。それってそういう存在を感じられる、意思の疎通が出来る属性なんじゃないかって、そんな風に……思い付きだけどね」
「もしも、アデス世界を作った創造主、そのような存在があるとして、私はそれを感じ伝える使徒、だという事かしら? ふふ、光栄ね。それが本当だとしたら、だけど」
「もう一つ。これは隊長さんに聞いた例え……お話しだけど、人のお腹の中には目に見えないくらい、とても小さな蟲、それがもう、とんでもない数の蟲がいて、うごめいているって言うのよ」
「似たようなことを学者から聞いたことがあります。死んだ家畜の臓物を調べるとそれらにもたくさんの蟲がいたとか」
「まあその蟲が何をしてるかなんてのはどうでもよくてさ。隊長さんはその蟲に知能の様なものがあったとしても、自分が動いてる、生きている周りの世界が、実は想像もできないほど自分より巨大な生物の中なんだと、果たして理解できるだろうか? そんなことを言ってたようなことがあってね」
「アデスが意思を持つ生き物だったとしても、私たちにはそれを認識することは出来ない、というわけですか」
「あなたの9番目の属性がそれを理解、とまではいかなくても感じられるくらいは出来るんじゃないかって。その属性について分かっているのは有るという事だけ。人、魔族、神族、全てが理解も認識も出来ない属性。それがあるから、感じられるからリョウくんたちはアデスに愛されてる、なんて言えるんじゃないの?」
「頭に浮かぶんですよ。そうしようって……なるほど、私はアデスの掌で踊っているのかもしれませんね?」
「リョウくんは……大丈夫なのね?」
「大丈夫ですよ? 彼はアデスの救世主になる方ですから」
「はぁ?」
「あなたも、リョウジさんたちを巻き添えにした事を最初から言ってくれれば、もう少しスムーズに四天王として信任されたでしょうに下手に隠すから……あの時は困ったことするなぁ、と思ってましたが」
「え? え? 何の話? あ、ちょっとごめん……ん!」
ライラの表情が変わった。念話を受けているようだ。
「な、なんですって!」
いきなり大声を出すライラ。だがメルはそれを見てくすっと笑った。
「……う。うん、わかった。取り敢えず城に。でも誰が……え! ウソ! うん、うん、とにかくあんたも戻りなさい。どうせマークされてるはずだし天界をウロウロしてちゃぁ、マズいわ。あたしもすぐ戻るから!」
はぁ~……。念話終了と同時にライラは、どデカいため息をついた。
「ラーからの連絡よ。もう、リョウくんたら!」
「ね? 出て来ちゃうって言ったでしょ?」
「ったく信じらんない! 魔封錠かけられてんのに何で脱走できるのよ! 何のためにあたしやホーラちゃんが動いてると思ってんのよ~」
大魔王陛下、頭を抱えるの図。
「代わりにホーラが拘束されたようですね。取り敢えずライラはお城にお戻りなさい。ホーラの方は私に任せてちょうだい。すぐに自由にさせるから、クロダさんにはそう伝えてくださいな」
「もう~。わかったわよ、また何かあったら連絡するわ」
そう言うと、ライラはそそくさとメルの部屋から出て行った。
――時間は、ほんのちょっと遡って宮殿留置場。
最初は演技と言うことで口喧嘩の真似をしていたカリンたちだったが、何故だか今では本気で言い争いを始めてしまっている。
それも、どちらの男の方が具合がいいとか上とか、えらくエロい方向にズレまくっているのだ。
「あんな枯れかけたおっさんより、リョウジの方が活きがいいに決まってんじゃない! 火を見るより明らかってこの事でしょ!」
「カリン様! お言葉を控えて下さい! 主様の包容力は、若さだけが自慢の男とはわけが違うんです!」
「そうっすよ! 長年の経験をなめちゃいけねぇっす! 言っちゃあなんすっけど、ついこの間まで童貞拗らせてたヘタレモンとは毛並みが違うっすよ!」
「なあに言ってんのよ! モテ期の無かった、結婚が人生七大不思議筆頭の隊長の経験なんてモノの数にも入らないわよ! 未来ある良くんと一緒にしないでよね!」
頭痛ぇ~。良二は暗澹たる気分になった。
投獄初日から脱走計画実行を目論む俺らも大概だが、そんな状況で色事の自慢から貶し合いとかどんな神経してんだ、この娘らは! 一応ここは留置所だよ? 牢獄だよ?
まあ自分の名誉? を代わりに代弁してくれてるし、よくある嫁同士の、旦那の愚痴合戦よりかは幾分マシだが……
「いい加減にしなさい!」
外にいた番兵が業を煮やしたのか、些か険しい面持ちで入ってきた。騒がしい小娘どもに注意しに来たのだろう。
若手……に見える、階級章からすると1種下級神らしい。
「あなた方は今、自分が置かれている立場と言うものが分かっているんですか! 反逆共謀の容疑で留置されてるんですよ、留置!」
騒がしい囚人には注意し、騒動を起こさないようにするのは番兵として当然である。彼は任務や番兵心得など忠実に履行している。うん、立派!
良二も誠一もよく言ってくれたと、密かに思った。とは言え、女同士のケンカに首を突っ込むなら、それ相応の覚悟が必要だ。
「うっさいわね! だから大人しく檻ン中に入ってんじゃないの。それともおしゃべりの一つも許さないほど天界の留置所は融通が利かないっての!?」
「話すにしたって、うら若き乙女がそんなあられもない話題を大声で堂々と! 恥を知りなさい、恥を!」
う~む、お堅い。天界だからか、個人の志向か?
「なぁ~にカッコつけてんのよ、元服前のガキじゃあるまいし!」
「あ? あんた童貞かぁ?」
カリンとメアが容赦なく突き刺した。
「ど、どどど童貞ちゃいますわー!」
「ああ、そりゃ耳に毒なお話しだったわよねぇ。ごめん遊ばせ?」
「みなさまぁ~。そんな言い方、お気の毒ですよぉ? プ!」
投獄された不平不満が全力でこの番兵にぶつけられているかのようだ。そのストレスも相まって言葉にトゲが生える生える。
「まったく! 嘆かわしいです! 今の人間界の風紀はどうなっているんですか!」
「ああ? 素直に言いなよ、童貞ってさぁ?」
「まさかあたしたちに筆下ろししてほしいとか?」
「あらそうなの? んじゃ取り敢えずパンツ脱ぎなさいな? 私たちの相手に足りるか、まずは品定めよ?」
キャーハハハハ! 耳障りなほど甲高い嘲笑の大合唱が留置所内に木霊する。
――ムゴイ……
つい、この間まで彼のお仲間だった良二にとって、彼女らの集中攻撃には同情を禁じ得ない。とはいえ、助け舟出す義理も無いが……
むしろ自分たちの奥がどんどんおばちゃん化していることの方に激しい危惧を覚える良二である。
「黒さん、メアやシーナの口撃に遠慮がない件について一言?」
「俺にとっちゃ日本での延長にすぎんな。鉄工所の嫁さん同士の会話なんて、旦那の愚痴でも姑の悪口にしても、そりゃ凄まじいんだぞ?」
ご、ご苦労様です……
「事を起こすまでに、少しでもストレスを解消できれば僥倖だ」
違いない、図らずも番兵は彼女らのストレス解消係を演じてくれている。
ホントにホントにご苦労さん。
「もういいです! 私の権限で、今この時刻をもって消灯とします!」
ブー! ブー! ブー!
「すぐに就寝して明日に備えなさい! 以上です!」
番兵は、房と房の間、鉄格子の一番上あたりの高さにある照明灯のボタンを押した。照明魔石が光るのを停止し、留置所内は闇に包まれていく。
「おやすみなさい! 良い夢を!」
バァーン! 扉が荒っぽく閉じられる。その向こうから「童貞の何が悪いとやぁー!」と叫んでいる気がするが幻聴だろうか?
良二たちは目が暗闇に慣れるまで待った。
頃合いを見計らい、もともと闇の中でもある程度動けるメアに、ハンドサインで照明灯からの魔石の取り出しを指示した。
照明灯自体は柱にがっしり固定されているが、消耗品である魔石を取り出せる扉に鍵などはかかっていない。
メアは靴を脱ぎ、足の親指、人差し指で鉄格子を挟んでよじ登り、格子の間から手を伸ばして照明灯内の魔石を取り出した。格子に当たらないように、狙いを定めて良二たちの房へ魔石を投げ入れる。
誠一は受けとった魔石を、床にねじるように擦り付けて粉末にしていった。服を脱いで、手に被せ、出来る限り音を響かせないように気を付けながら魔石粉を作っていく。
「この世界でも装薬銃……俺たちの使っていた銃、弾薬が作れないかと考えててな。木炭や硫黄はともかく、硝石がネックで火薬が作れなかったんだが、発光する魔石や高温になるポットの魔石を使ったら? ってこっそり実験してたんだ」
「懲りてなかったんだねぇ」
「温熱魔石より照明用の発光魔石が殊の外、良好でなぁ。魔石粉弾薬と銃本体の図面も引いてあるから、いつでもロッタのオヤジに頼めるまでにはしてるぜ? ホーラに見つかったらえらい目に遭いそうだが」
話しながら誠一は粉末になった魔石を集め、魔封環の鍵穴に封入していく。
「問題は雷管だ。火薬も作れないのに叩いて発火するような起爆薬なんて無理だからな。そこで……」
魔石粉を入れて、トントン叩いて奥まで行き渡らせた後、防音と発火の圧力を封じ込めるため、服を魔封環にギュウギュウに巻き付ける。
「俺の雷魔法だ。ごくわずかな火花だけでも着火するから、発火ガスを封じ込めて圧力をかけりゃ……」
ボンム!
鈍く低い爆発音が耳に届いた。誠一は直ぐに、巻いていた服を解いた。
「99%封じられても残り1%でこの通り!」
鍵部分が弾けた魔封環は、少しガチャガチャ捻ると誠一の手首からゴロンとずり落ちた。
「手首は大丈夫かい?」
「ああ、意外と応えたな。でもまあ我慢できんほどじゃねぇ」
次いで誠一は左手首の魔封環も破壊する。これで誠一はフリーだ。
しかし光剣を起動すると光が漏れる。二人は寝床の下に潜り込み、服で遮光して誠一が指先から小さいブレードを出し、良二の魔封環の鍵を焼き切った。
誠一の光剣に対して良二の水剣は光が出ない。番兵に気付かれることなく、同じく指先から短刀身の水剣を起動させ鉄格子の錠をぶった切った。すぐに外に出て、容子やメア達の房の錠も切断し、自由となった全員が誠一のもとに集まって来る。
「番兵を相手するのは得策じゃない、採光窓から抜けよう」
言われて良二は、窓周辺の外側の様子に警戒しながら窓の鉄格子を切っていった。
ヴァンキッシュ宮殿はライラの城と違って、城壁で囲まれていなかったのは助かった。
夜陰に紛れ、樹の陰からブッシュ内に潜り、匍匐前進宜しく這いずり、宮殿からとにかく遠ざかることを最優先に動いた。
だが、上級神住宅街を抜ける辺りで宮殿の方が騒がしくなってきた。恐らく良二たちの脱走が発覚したのだろう。
騒がしくなったのは宮殿方面だけではない。非常呼集がかかったか、就寝中の上級神住宅街のあちこちに灯りがともり、神族が緊急出仕していく。
(植え込みや草むらに隠れて伏せろ。その内、中級や下級も出てくる。奴らをやり過ごすぞ)
誠一が念話で指示する。
(シーナ、索敵を続けてくれ。動きが収まったら教えろ)
(わかりました)
(ミカちゃん、いる?)
(おう、ヨウコが魔法封じられとったから話すことも出来なんだでなぁ。もどかしかったぞ)
(少佐、出来れば明るくなる前に帝都から離れたいところだわ。この先、どこへ行くの?)
(ホーラかラーと連絡が取れればな。転移で魔界へ向かいたいところだが……)
(黒さん、ダメだ。何故かライラと念話が繋がらないよ)
(ホーラもダメなんだ、応答がない。結界内にでもいるのか、監視されてるのか)
(ホーラさまは捕まったわ。クロダ、あなたのせいよ)
ん? 誰だ?
(今どこにいるの? 迎えに行くわ)
(この声は……ウェンか? なんであんたが?)
(いいから場所を教えて)
(待ちなさいよ。あなた少佐に良い感情、持ってなかったわよね? 何のつもり?)
(それは後回し。今はあたしを信じて場所を教えて。安全なところへ避難させるから!)
ウェンが? しかもホーラは捕まっているだと?
(……宮殿の北東。上級神住宅街の外れ。屋根が緑の住宅、その北側の植え込みに隠れている)
(わかった。ちょっと待ってて……)
ウェンとの念話は切れた。
(黒さん、彼女信じて大丈夫かな? ホーラさんが捕まったって言うのがホントなら俺たちのこと恨んでるんじゃ?)
(可能性はあるな。だが今の口ぶりだと俺たちを嵌めようとは思って無さそうだが、しかし拘束されたとは……)
(主様、右手前方5mに転移波動です)
良二たちはシーナに言われた方を見た。言葉通りの方向、樹の影にウェンが転移してきた。
「ウェン、ホーラが捕まったのは本当か? 彼女は俺たちの捕縛に抗議はしたが邪魔はしなかったはずだ。何の罪で!」
「話は後だって言ったでしょ? 転移するわよ、みんな集まって!」
「どこへいくのさ!」
「とりあえず魔界よ。陛下も夜王様も身動き取れないから、行けるところは目立たない辺境の村とかになるかもだけど」
「差し当たってはブレーダー閣下の領地内だ。有望な伝手がある」
「さっきも言ってたけど……黒さん、それ誰?」
「なに言ってやがる。おまえの嫁の愛人だよ」




