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良二たちが放り込まれた牢獄は、ヴァンキッシュ宮殿敷地内の最北端にある警衛隊本部の半地下にあった。
牢獄と言うよりは、取り調べ中の容疑者を入れておく留置所であり、囚人が同居しているわけでもなく、良二たち以外の1房は空き家だった。全部で4房。
そこに良二と誠一。カリンと容子。メアとシーナが二人一部屋に留置されている。
手錠や枷、とまでは言えないが、腕輪の様な魔力封印錠――魔封環が両の手首に嵌められていて、魔法はほぼ、99%封印されていた。
今や人間界では並ぶ者がいないくらいの魔力持ちとなった良二ですら水がチョロチョロ、誠一の雷魔法も静電気の火花程度まで抑え込まれるほどの効果がある。
拘束され、身体検査等を経たのち、投獄されたのが夕方ごろ。
今は夕食を終え、消灯の時間まで何をする訳でもなく過ごすしか無くなっていた。
「投獄されるなんて、革命でも起きなきゃ縁が無いと思ってたわ」
カリンが寝床で頭の後ろに手を組み、寝ころびながらボヤく。
良二たち異世界人に比べて魔力は格段に低いのに、彼女らにも魔封環は架せられていた。おかげで念話も出来ない状態だ。容子の肩辺りに憑りついているはずのミカとも話すらできない。
同室の容子は、同じく寝床で膝を抱えて座っている。
「ごめんねカリン。巻き添えにしちゃって……」
「なんでヨウコが謝るのよ? あなたには何の責任もないし、責任云々と言うなら連中に早々と尻尾撒いてお縄についた少佐にあるんじゃない?」
「そんな言い方……」
「おかしい? 責任者は部下の責任を全て負うから責任者なのよ? ねぇ少佐ぁ? 私の言ってること、何か変かしらぁ!?」
「返す言葉もございません!」
対面の房から誠一の返答が返って来た。
「カリン様! 主様はあの場で逆らっても却って不利だと判断されて、敢えてこちらを選んだのだと思います! 責任とか、そんなこと今は!」
容子とカリンの隣の房からシーナがカリンに抗議する。
「一般論を言ったまでよ。それに少佐自身が責任をちゃんと認めてるでしょ? ついでに言うなら……」
カリンは、よいしょ! と声をかけながら起き上がると、鉄格子の前に寄ってしゃがみ込んだ。
「このオヤジが隠し玉も持たずに、こんなとこ来る事を選ぶとか? ……ちょおっと、思えないんだけどね~?」
良二は苦笑した。久しぶりにハッタリとカマかけでマリアルから情報を引っ張った、昼間の事を思い出す。
「人聞きの悪い事言うなよぉ? 俺は真実を知るために捜査当局に心から協力しようと思ってだなぁ?」
と、いかにもわざとらしく言いつつ誠一は、留置場の入口外にいるであろう、番兵を警戒するよう鉄格子の間から手を伸ばし、ハンドサインで促した。
過去の作戦行動中、例えば麻薬取引現場に踏み込む時も誠一は、念話のスキルを授かった後であるにもかかわらず、ハンドサインの使用をやめなかった。それが今、功を奏している。
魔法で水を出せるようになっても水筒を持参する誠一の性格ゆえであろうか。基本は大切なんだな~、としみじみ思う良二であった。
続いて誠一は、カリンとシーナたちに演技で口喧嘩するようにも指示する。同じくハンドサインで応答するカリンやメア。
と、言うわけで以下演技。
「余計な事言うもんじゃ無いっすよ殿下? それにクロさんって、そう言う小賢しい事ばっかり考えてるようでも、実は何も考えて無いってのも多いっす」
「まあ、それは否定しないけどさぁ」
「先輩! カリン様! それはちょっと言い過ぎじゃありませんか!」
「落ち着きなさいシーナ。隊長の口癖の悪さは、あなたもよく知ってるでしょ?」
「ぐぬぬ~」
女子の甲高い声が留置所内に響き、良二と誠一の押し殺した話し声が隠された。
二人は通気・採光の格子しかない壁際に寄り、これからの相談をし始めていた。
「に、してもロクな事言われてないね、黒さん?」
「甘んじて受けさせてもらうわ。あながち間違っちゃいねぇし」
と、黒さん、お手上げポーズ。
「まあ、それでマリアルさんも口滑らせてくれたわけで……黒さん、委員会はあの魔法陣でミカドをどこかに吹っ飛ばす気だってのは確定かな?」
「最初からその計画だったかどうか、決めつけるのは時期尚早だが、選択できる作戦オプションとして並んでいたことは確かだろう」
「……ミカドに人間界を治めさせるのではなく、今度こそミカドの魂を確実に葬り去ろうと、そう言う方法か」
「テクナールはそれを支持しているような言いぶりだった」
「でもそれをやったら魔法陣は……ライラの言い方だと、魔法陣は未だ日本の、あの時間に繋がってると言ってる。ミカドが地球に転送されるのか?」
「もしそうなったら日本、いや地球は大混乱だろう。シランの例もあるし、核兵器を相手に出来るくらいの新戦力、魔獣軍団がいきなり現れるんだからなぁ」
「もしかして沢田くんはその情報をどこかから気付いて? それを阻止するために、それで反旗を?」
「慌てるな、それはあくまで地球に転送される事が確定した場合だし。召喚されたばかりの頃のフィリア殿下の説明からしても、あの時からすでに地球が標的と決まっていたとは考えにくい。天体の位置が召喚時と同じでなければ逆召喚は出来ないのなら、それ以前に起動させると出口への道筋とかは変わってしまう可能性もありえる。そもそも起動するかどうかすら今の俺たちでは判断できん」
誠一は良二にテクナールの工房でのやり取りを説明した。
「テクナールは転送そのものは可能であることを前提で話している、そんな感じだった。それが不確定な段階ではミカドを追放とかという発想はあるまい」
「沢田くんに憑依させ、分離せずそのまま彼ともども地球かどこか分からない異空間へ飛ばそうというのか? まさか! ライラは彼を人柱にはしないと言ってたよ! ライラが俺たちに嘘つくなんて!」
「だから慌てるなと言っているだろう。声も大きくなってるぞ」
「ご、ごめん、つい……」
「ライラちゃんやメルさんが嘘をついているとは俺も思ってない。そんな嘘をつけるほどの器なら俺が引っ掛けたペテンの数々も承知の上で演技していたことになる。可能性は全くゼロではないが、ちょっと考えにくいな。それに、仮にそう言った計画が動いていたにしても彼女らには知らされていないかも?」
「黒さんには悪いけど……ホーラさんは知っていたよね?」
誠一は目線を落とした。
あの時、答えに詰まったホーラ……彼女は間違いなく知っていたはずだ。
誠一には気の毒なことかもしれないが、それは考えておく必要がある。
自分たちの周りはどこまで味方で、どこまでが敵となりうるのか?
「残念だが彼女は知っていたな。あの顔……あの表情を見せられてしまってはな」
「最初からそれを踏まえたうえで、黒さんと恋仲を演じたのかな?」
良二は些か意地悪……と言うよりホーラを敵ボス的な存在と仮定した問いかけをしてみた。
良二にとって誠一はどんな時も自分たちの味方であり、自分たちよりも長い人生経験を基に物事を判断し、自分たちを時には導き、時には背中を押してくれる頼もしい存在だ。
彼の心の混乱は、そのまま自分や容子らの混乱につながる。
「もともと俺たちを監視しろと言ったのはこっちだからな。彼女はアデスの時空を司る最上級神、この世界に対する責任は俺がお前らの上官として担っているものよりはるかに重い。俺かアデスかで選択を強いられても、アデス! と即答できるくらいでなければ俺もここまで入れ込んじゃいねぇよ。強いよ、彼女は」
「黒さん……」
「むしろ俺が自分たちに有利な状況を維持するために有力者としての彼女に近づいた、近付かせたという方がしっくりくるかな?」
「……ごめん黒さん。キツい言い方になったかも」
「その意気は大切だ。お前は今、最低でも容子とカリンを守らなければならん。あらゆる可能性に躊躇するな」
「ああ、わかってるよ」
「話を戻すか。テクナールは魔獣と言うアデス人共通の敵を残すことによって三界の結束を固めていきたい、そう思っているのだろうな」
「……どちらがいいんだろうな」
「アデス人が決める事さ。俺たちはそれに協力するしかねぇ。魔法陣を押さえられている以上は、多少振り回されても仕方あるまい」
「でも、やっぱり沢田くんは人柱にされることを恐れて逃げ出したって言う考えが一番しっくりくるな。それがもし早とちりだったとしても、魔力も上がってるし、美月を連れて逃げ出すって事も有り得る話だし」
「当然それは俺も考えた。おとといの面会で逃亡を計画して昨日実行という線はもちろんある。しかしそれならなぜ俺を撃った? 事情を話してから、それでも俺が邪魔をするならば、と、撃つのはそれからでもよかった筈だが問答無用で撃ってきた。それが解せん」
「そこから先は……う~ん、やっぱり本人に聞いてみないと全ては憶測だね……で、俺たちのこれからだけど、どうすべきかな? 大人しく沙汰を待つしかないのかな?」
「それも得策じゃないな。沢田くんが反旗を掲げた以上、委員会はミカド排除プランに移行すると見ていい。それであの魔法陣がぶっ壊れる、日本への繋がりが無くなるというのであれば俺は何としてもそれを阻止する」
「……だよね……」
「そうなったらお前たちも道連れになる。それは俺の望むところじゃない。その時は俺一人で動くからお前らはライラちゃんを頼れ。彼女の庇護下に入れば、少なくとも命の保証はしてくれるだろう」
「…………」
いつも驚かされる。家族との再会において誠一は一切ブレることがない。
それだから、いろいろ性格や言動に問題があっても、自分は彼についていけるのだ。
「黒さん、俺の理想はライラに容子、カリンを守ることだよ。あの娘たちの笑顔を。容子はミカと仲がいいからね、ミカド共々ミカが追放されたらあいつ……俺はミカドをミカの性格のままで新生できるように、そのために動くよ」
「そうか、ミカド追放阻止では俺とお前は同じ方向へ走れるな?」
「うん、大丈夫。……となると、ここでジッとしている訳にもいかないね? このままでは委員会によって、事が終わるまで拘束されたままだろうし」
「ああ、事態が判明するまで待つのは得策じゃないな。委員会より先に美月や沢田くんと接触しないと、彼らの真意が分からなくなる。ここは電撃作戦よろしく拙速をもって事を成すとするか」
「拙速って……まさか今夜何か…………初日から脱走する……なんて?」
「おお、勘は鈍って無さそうだな。頼もしいぞぉ?」
誠一は左の眉を吊り上げながら言った。
まあ確かに宿舎だと10人以上を相手に立ち回らねばならなかったし、何よりライラを巻き込んでしまうところだった。しかし、ここなら敵は番兵一人だ。
全員が魔封環を架せられているし、投獄初日から脱走とは思うまいから、油断を突くなら確かに今夜だろう。
しかし、その魔封環によって頼りの魔法は、ほぼほぼ無力化されているのだが。
「でもどうやって? 魔法は、ほとんど99%封じられてるし」
「1%ありゃ十分よ。俺たちゃ21世紀の地球で生きてた日本人だぜ?」
ニッタァ~
また悪い顔してるよ、このおっさん! メチャ活き活きしてやがる! 誠一の顔を見て良二はそう思わざるを得なかった。脂ぎっていると言ってもいい。
が、今日ほどその悪い顔が頼もしく見える日もなかった。
「脱走するとしてどこへ行くんだよ? どこの世界も敵だらけになっちゃってるし……魔界ならライラに頼めば何とかなるかもだけど」
「正解、とりあえず魔界行きだ。それに沢田くんの件だが、恐らくは彼と美月は今、魔界に居るはずだ」
「美月たちも? そりゃ確かに天界よりは勝手がわかるだろうけど、でも今は委員会が実権握ってるし、どこへ逃げても同じなんじゃ?」
「沢田くんの行動があくまで美月を守ることにあるならば、魔界の魔力を吸収するという選択肢は外さないだろう。召喚魔法陣を取り戻すにしても、修行が終われば猊下やライラちゃん並みの魔力持ちになれるってんだから、12神が立ち塞がっても十分に勝算はある」
「俺たちも討伐支援と通常訓練だけで、あれだけ魔力が上がったもんな……」
「まあとにかく。ライラちゃんがダメでも魔界ならこちらも有望な伝手もある。とりあえず魔界を目指そう」
「有望な伝手?」
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予想以上に滞りなく進んだ異世界人の拘束完了に気が緩みかけた委員会側のスキを突く形で誠一が悪だくみを考えているのと同じころ、想い人であるホーラは逮捕状に署名したディーテの執務室に乗り込み、談判していた。
「御大!」
ディーテは執務室の自分の机を挟んで、鬼の如き形相のホーラと相対していた。部屋内は人払いさせ、彼女と二人っきりである。
信頼の厚い盟友でもあるホーラが想い人を逮捕・拘束されて怒るのは、当然わかってはいたが、彼女にも納得してもらう必要はある。もちろん彼女がアデスより異世界人を取ることなど、微塵もあり得ないことも分かったうえで。
「ねえホーラ? 今さら私が説明するまでもない事態だと言うことは、わかっているでしょう? 作戦開始まであなたには大人しくしててほしいの」
「その言葉はそっくり返すぞ御大! 御大もクロダやキジマに叛意が無いことくらいはわかるだろう! 逮捕拘束はやり過ぎだ! 只でさえ、仲間の不可解な行動に動揺してる彼らをわざわざ刺激して、敵に回すようなことをするのは愚策だ。直ちに釈放し、事の次第を説明して我らに協力してもらうべきだ!」
「もちろんそれは考えています。彼らは明日、午前から取り調べと言う形で説明を受ける予定です。ただ、彼らに対し不審に思う勢力……いえ、この機に乗じて彼らを反逆者として利用しようとする勢力が存在するのはあなたもご存じのはず。そう言った連中に正当性を与えないためにも強い態度で臨む必要がありました。私も異世界人の方々を疑ってはいませんし、今までのアデスに対する功績も十分承知しています」
「だったらなぜ、もっと迅速に!」
「やり過ぎである必要があるのです。テクナールを担ごうとしている一派を黙らせるためにも、アデスの恩人たる異世界人を、連中のせいで不当に扱わざるを得なかったと言う状況が!」
「最初からそう言って彼らの協力を願えばよいではないか! 彼らならわかってくれるはずだ!」
「ホーラ。私はあなたまで拘束するようなことはしたくないの。お願い、今は私を信じて。私もミカドのあるべき姿を、三界の安寧を願う一人。そのミカドと、猊下やライラ陛下と手を取り合ってアデスを見守っていただける世界を臨んでいるのよ?」
「……そうか……わかった」
「ホーラ……」
「今から猊下にお目通り願ってくる」
「ホーラ!」
「御大は思い違いをしている! 我らは、彼らのアデスに対する信頼を裏切ったことになるんだぞ! 彼らは我らアデスより数段進歩した科学知識や技術を持っているのを我が抑えていたのに! 我らに裏切られた彼らはアデスに対する義理立てをする必要が無くなってしまったのだ! せめて日が変わる前に彼らの信頼を取り戻さないと余計に混乱を招くことになる! もはや猊下の勅命をいただいてでも彼らを解放して信頼を取り戻すしか……失礼する!」
「お待ちなさいホーラ!」
ブヴォーンンン……
ディーテは執務室内に結界を張った。これで少なくとも転移による退出は出来ない。
おそらくは今ごろ、執務室前廊下には宮殿衛兵隊が殺到している事だろう。どうあってもホーラを出さないつもりだ。
「何を施そうが画策しようが我は全力で突破する、後悔するぞ御大」
「ホーラお願い! 今だけ、今だけは私の言う事を聞いて……」
ディーテの声を無視し、ホーラはメーテオールに直談判すべく、扉のノブに手を掛けた。
――伝令ー! 伝令ー! 道を開けられよー!
宰相執務室前の廊下に、伝令兵の叫び声が響いたのはその時だった。




