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火と技術のテクナール

 ジュリ……ジュリ……ジュリ……

 何の音だろう? 何か聞いたことのある音だ。

 ジュリ……ジュリ……ジュリ……

 石? 石と金属……こすれ合う音……

 …………シャー……シャー……シャー……

 音が変わった。キメの細かい音になった。

 砥石か? 中目から細目、仕上げ目に変わったみたいな……


 誠一は目を開けた。

 ボーっとしたオレンジ色の光を纏った屋内は、石造りだとすぐ分かった。

 その壁は照明石の色ではなく、焚火の炎に近い色合いに染まっている。

 しかし、それほど煙たくはない。鼻に届く臭いも木や紙の燃えるものでは無い。

 コークス、石炭が燃える臭いに近い……

 目線を横に向ける。煉瓦で作られた炉が見える。横にふいごも。

 鍛冶場か?

 反対側を見る。

 壁や作業台の上に様々な剣や槍、防具とかだけではなく、鍬などの農機具まで飾られる様に並んでいる。

 その中のひとつの剣に目が留まった。

 細めの太刀。

 その刃の複雑な刃紋。

「この刃紋……」

「ん?」

「しかもこの地肌、折り返しか? ……しかし、何回折り曲げた?」

「……瀕死の重傷で気ィ失ってたのに、目覚めた早々出た言葉がそれか? おめぇ……鍛冶屋か?」

 誠一は呆れてそうな声のした方に目を向けた。

 そこには若干背は低く、ずんぐりとした、それでいて筋肉質な体で、研ぎ出したばかりのナイフを片手に話しかける人物がいた。

 口髭を蓄え、一見、誠一と同世代くらいの初老っぽい、ドワーフ系の容貌の男だ。

「あ、失礼……」

 起き上がろうとする誠一。が、腹部に痛みが走り、思わず顔が歪む。

「無理すんなや? わしは回復系の魔法はとんと苦手でな。せいぜい止血くらいしか出来ん。あとは包帯撒く程度じゃからな」

 ――そうだ、俺は美月に撃たれたんだ……

 腹に三カ所の痛み。手や足には打ち身程度の痛みはあるが骨に異常は無さそうだ。呼吸も正常、肺に問題無し。脈拍も通常通り、心臓も無事。頭痛、感じられず……

 大雑把だが自己診断を終えた誠一は、腹にきつく撒かれた包帯を確かめた。

「俺に治療を?」

「ああ。ここに籠るために、メシ用の魚捕まえようと、網を川に張っといたんだが、そこにおめぇが引っ掛かっててな。こんなところに腹に穴開けて流れてくるなんぞ、よほど訳ありだろうが、まあ、ほっとくことも出来んで、ここに連れてきたんじゃ」

「それは……世話になったようだ、ありがとう。ところでここは? 鍛冶場だってのはわかるが……」

「わしの工房じゃ。近くにいい燃石(石炭)が取れるところがあってな。仕事が一区切りつくと休暇取ってここに籠っておる」

 男は炉の近くに置いてあったポットから茶をカップに注いで啜った。

「飲めるか? 飲めるんならおめぇの分も入れるが?」

 誠一は起き上がった。痛みは走るが痛覚が鈍い誠一は起きられないことも無さそうだ。

 男は誠一に茶を注いだカップを渡した。

「内臓はやられとらんから飲んでもよさそうじゃがの。服と腹の前に壁でも作ったか? あっちゃこっちゃの方向に刺さっとるような傷じゃったが?」

「……咄嗟に風で防壁張ったつもりだったんだけど……慌てたんだろうな……」

「腹に三つの穴……転んでケガしたわけでも無さそうじゃなぁ?」

「…………」

 ――ごめんね、黒さん……

 ――パンッ! ……パンッ! パンッ!

 耳に残る美月の声。三発の銃声。誠一は苦い表情で茶を啜った。

 ――美月……何があった……

「どこでやられたんじゃ? この辺は人が住むところなんぞ無いが?」

「……上流の滝だ。あそこの橋から落ちた」

「おお、あの修練場か。あの橋は手摺りが低いでのう、90cmくらいか? 本来、手摺りと言うからには……」


「「110㎝は欲しい」」


「……」

「……」

 ふっ!

 かはは!

 図らずも意見が合った二人は互いに眼線をあわせて笑い合った。

「しかし呆れたもんじゃな。そんな怪我で川に流されてて、目が覚めたら刃紋に気が行くとかよ? しかも折り返しの回数まで気に掛けるたぁな」

「10回近く折ってないか? それにあの刃紋、焼きに色々と手を加えてるように見えるけど?」

「人間界のな、アマテラって国の職人がやってたもんで、ちょっと真似てみたんじゃ。他の地域の剣は刺したり、ど突いたりが基本じゃがこいつはもう、切れる切れる。その代わりちょっとデリケートかの?」

 楽しそうに、ホント楽しそうに笑顔で話す初老男二人。今現在の立ち位置は違うが、誠一は気心の知れる相手に救われた自分の運に感謝したくなった。

「……あんたの名前を聞いても?」

「わしは火と技術の最上級神テクナールじゃ。おめぇ、例の異世界人じゃな? 今時、神族以外があの修練場に来るなんぞ、それしか思い当たらんでな。男の名は……キジマか? クロダだったか?」

「黒田だ。あんたとは一度話したいとは思っていたよ」

「わしもじゃ。じゃが、話したい事は、わしとおめぇじゃ、ちょっと違いそうじゃな?」

「……出来れば、俺が話したいネタの方が良かったかな」

 テクナールの話したい事……おそらく誠一にはあずかり知らない分野の話であろうことは彼の口調でわかる。それも、なんとなくだが誠一ら異世界人にとっては、あまりうれしくなさそうな話の予感、そんな話ぶりだ。

「まあ助けて頂いたこともあるし、テクナール殿の話で行くのはどうかな?」

「ふ、聞いていた通りじゃな。畏れ多くも猊下をペテンに掛けたってのは伊達ではないか?」

 俺が引っ掛けたのはライラ陛下だよ? という誠一の言葉に、それはそれで大概じゃろ? と笑いながらテクナールは脚を組み直した。ふ~っと一息ついて話始める。

「わしはな、今回のミカド新生計画にはもろ手で賛成できなくてな」

「ん~、俺は本計画は三界の安定が目的だと聞いているんだが? 何か俺たちに聞かされてない懸念材料があるとでも?」

「安定自体はいいんじゃ。問題は安定した後のことじゃよ」

「三界の魔素濃度が安定すれば、魔獣による被害は激減すると聞いたが」

「そうじゃ、魔獣による被害は無くなる。だが同時に、三界共通の敵がいなくなるという事でもある」

「……なるほど。確かにそれは懸念材料だな?」

「ふむ、やはり、おめぇの無事を知らせるのを後回しにしたのは正解かのぅ?」

 テクナールは若干眉を顰め、誠一を一瞥した。

 買いかぶられたな……誠一は心の中で苦笑した。

 しかし自分の無事や、美月の件が良二らに伝わっていないと言うのは上手い話ではない……そうも思った。

「だが、もともと魔獣被害の少ない天界はそんなに気を使う事も無いのではないかな? 魔界や人間界は悶着もあるかもしれんが」

「ほう、意外と他人事じゃな? そのころには元の世界に帰っているからか?」

「正直、そんな気持ちもあるが……結局、アデスはそれを選んだんだろ? 魔獣が居ても居なくてもいつか通る道では無いのか?」

「気楽に言ってくれるのう。アデスが、より戦乱の世界になるかもしれんのに」

「気に障ったらスマン。だが、俺たちの世界はそう言う歴史の連続だったもんでなぁ」

「そうか、おめぇらは魔素異変前の人間界のまま進歩したってわけか」

「平たく言うとな。こちらだって人間界は魔素異変までそんな感じだと聞いたし」

「魔素異変では天界が干渉すべきでは無かったかもな。魔界のツケを払うのに人間界にも魔素を消費させようとしたこと、それが種火のように三界に根付いてしもうとる」

「魔獣亡き後、三界はやがて覇権を競い合い、刃を交える……と、テクナール殿は懸念されてるわけか」

「その前に魔界、人間界は内戦状態になるじゃろうな」

「仮にそうなるとしても結構先の事じゃないか? 時間をかけて、余剰になった軍人らは帰農させるなり、職人に育てるなりすれば産業の発展も期待できるしさ。それに猊下やライラ陛下、そしてミカドが目を光らせれば内戦になるまでには至らないんじゃないかな?」

「委員会発足会議でもそれで押し切られたわ。今や三界は政治、経済産業がしっかり結びついておる。それぞれの利権も絡んどるから、安定を最優先したいってのはわからんでもないが……じゃが三界のそれぞれの利権を護るため三者がいがみ合いを始めたらどうじゃな?」

「今の猊下やライラ陛下を見ると考えにくいが……有り得んことでは無いか? てか一考はすべきだな」

「今は彷徨えるミカドと魔獣を共通の敵として結束しておる。ミカドの魂分のみをどうにかすれば……現状より幾分安定した世界になるのではないかの?」

 ミカドの魂分? それをどうにかする、だと?

「それは魔素異変時に、別世界へ魔素を送った時の再現では無いのか?」

「似て非なるもんじゃ。当時は高濃度魔素の集結がミカドのものとは知られていなかったからな。その前に気付かれてしまい人間界に流れたという説が最も信頼されておる」

 以前、良二との議論で飛び出したことのある説だ。結構当たるもんだと誠一は意外に思っていた。と、それよりも、

「じゃあ、今度はどうするんだい?」

これを聞かざるを得ないだろう。一番イヤ~な予感に繋がりそうな気配……故に誠一は、その先は見当付きましぇ~んと言いたげな、軽い口調で言ってみた。

「ミカドを実体化させた後、アデスから追放するんじゃ」

 なるほど、一番の不安定分子さえ滅してしまえば、今までのアデスが続くと……しかしこれで言葉を選んだつもりか? 特に「追放」辺りに突っ込みたいところであるが、誠一はそれを飲み込んだ。今は例の魔法陣とは無関係な別の方法、と理解したフリをする場面だろう。

「どこかにまた、別空間への門でも開くってわけかな? まあそれが功を奏したとして、人間界の統治は神々と魔族が引き続き行うと?」

「魔獣と言う共通の敵に対して、三界が協力し合ってアデス世界を維持するんじゃ。わしはこれがアデスのあるべき姿じゃと思っておる」

 ――一理はあるだろうがな。

 顔には出さないが、誠一は懐疑的に思った。いつまでも同じ夢を見続けられるほど、歴史と言うものは甘くはないのではないか? と。

「……まあ、俺たちは所詮異世界人だからな。アデスのことはあんたらが決める事だし、故郷へ帰る日まで協力はさせてもらうさ。あんたの意見はわかったけど、三界としては委員会の計画に沿って動くんだろ?」

「ああ、状況によっては修正もあるじゃろうが、それに乗じて我が意を押し付けるほど自分は愚かじゃないと思っとるよ」

「今の考えは、あんただけかい?」

「多少の差異はあるが、天界でも魔界でも似たような意見はあったのう」

「色々な意見を出し合うのは良い事さ。少数は多数に従い、多数は少数の意を汲み取るってのが理想だ」

「まさに理想じゃ」

 テクナールの口調には皮肉も多分に込められていた。他ならぬ誠一自身もそう思っているし。

「まあ、事が済んだらおめぇからは色々と話を聞きたいところじゃのう」

「俺たちの故郷の話かい?」

「チキュウとか言ったか? 科学知識とか技術とか聞きたいことが山ほどじゃ。一目で折り返しや刃紋を見抜くとか? 聞かん訳にゃいくめぇが。そういや以前、木炭で爆裂魔法真っ青の爆発を引き起こしたそうじゃの? 噂聞いただけでワクワクしてくるわい」

「それをやると、ホーラが怒るんだよなぁ」

「わしだけならよかろうが。この鍛冶場から出さなければいいのじゃ」

「なんだよ? 見たとこ普通の鍛冶場に見えるが? そんな特殊な造りなのか、ここ?」

「偽装結界に通信結界、いろいろ囲っておるから情報が流れることはないわ。試しにわし以外に念話送ってみぃ。誰とも通じないはずじゃ」

 言われて誠一は念話を送ってみた。しかし誰からも返事が返って来ない。

「…………なるほど、応答がないな……」

「ここだけの話じゃが、こいつぁ猊下の天眼をも欺いてる複合結界じゃ。休暇中は誰にも邪魔されずに鍛冶仕事に熱中したいでな」

「そいつはすごいが……俺の無事まで知らせられないってのは不都合だ。少しの間解いてくれないか?」

「明日の朝までわしでも解けんが?」

「なんだそれ!?」

「だから熱中できるんじゃろうが? まあ、どうせあんな渓流は夜間は捜索せんだろうから、朝一番で知らせりゃいい。遺体が確認できなきゃ、連中も希望をつなぐじゃろうしの。それまでは体を厭うた方がええ」

「その間、部下たちに心配させちまうだろうがよ……まあ、じたばたしても仕方ねぇか。んじゃあ、もうひと眠りさせてもらうかな」

「おう、わしもこいつ研ぎ終わったら仕舞うつもりじゃ。ゆっくりせい」

 テクナールはそう言いながらさっきまで研いでいたナイフを持ち上げた。顔が映るほどの美しく、きれいな鏡面に仕上げられたブレードを見て、誠一は思わず目を見開いた。

「見事だな。俺も趣味でそういうのを作って見たいとは思っていたが」

「道具や機械っちゅうもんは素直なもんじゃて。機械が不調な時は必ず何か原因があるし、それを取り除けば、また快調に動いてくれよる。感情の有るわしらみたいに、意味もなく不機嫌になったりヘソ曲げたりはせんでな」

「……あんた、人付き合いが苦手な奴だって言われてないか?」

「おめぇもだろ?」

 職人気質同志、二人はニヤッと笑い合うと誠一は養生するべく、寝転んだ。

「借りが出来たな、テクナール」

「とっておきの話、期待しとるぞ?」

 誠一は笑顔を浮かべたまま、目を瞑った。



「見えた! 橋から800m下流! 一つ、二つ……三つ目の滝の左岸! ラー、そこからすぐよ!」

「やったか!」

 夜明けとともに、ライラの天眼は誠一を発見する事に成功した。

 渓流に先行していたラーやシーナらに念話が送られ、現場に向かうように伝えられた。

(発見しました! こ、こちらに気付かれてます、手を振っておられます! 無事です、セイイチさまはご無事です!)

 よぉっしぃー! 良二は両の拳を握り締めて叫んだ。

「良くん!」

 隊長の無事に容子も歓喜、良二に思いっきり抱きついた。同時に喜びのキス。

「ライラありがとう! 良く見つけてくれたね! ホントにありがとう!」

「あ~、最初は焦ったよ~、どこにも見えなくてさぁ~。あたしの天眼がイカレたのかと思っちゃったもん~」

「ホントに、ホントにありがとう」

 良二はライラの顔を抱き寄せて、額に力強くキスした。

「ありがとうライラさん! ほんとにありがとう!」

 加えて容子もライラの頬に感謝のキス。

「は~、とりあえず一段落ね」

 カリンも安堵してソファにもたれた。

 やがてホーラとラーの転移でメア、シーナ、そして誠一が宿舎に戻ってきた。

「隊長!」

「黒さん!」

 駆け寄る良二と容子。そんな部下たちに誠一は柔らかな笑顔でお礼の挨拶。

「ただいま、みんな。心配かけさせたようだね、済まなかった」

「さあ、セイイチさま。お楽になさって。包帯を替えましょう」

 ラーに促されてソファに腰掛ける誠一。シーナが包帯を解いて患部を綺麗に拭き上げ、容子が回復魔法をかけ始めた。

「……これ、ホントに美月が……」

 魔法を掛けながら、まだ薄っすら残る三つの銃創を見ながら容子が呟くように聞いた。

「ああ、そうだ」

「黒さん、帰って早々悪いけど……一体、何があったんだ? なぜ美月が?」

「俺にもわからん……いきなり撃たれてな。ただ、殺す気は無かったんじゃないかと思うな」

「主様、それはどうして?」

 誠一の手に縋り、涙もようやく止まったシーナが訊ねる。

 良二も容子も同様だ。撃たれたと言うのに、殺意が無いとはどういう訳か?

「俺は美月に、コンバットシューティングではまず腹を狙えと教えてきた。頭を狙えば一撃だが首から上って言うのは頻繁に動いてて外しやすいんだ。だから面積が広く、動きの少ない腹をまずは狙う。それで相手の動きを止めて、とどめが必要なら次に頭や心臓だ。だが、あいつは腹しか撃たなかった。俺がショックで手を拱いていたのに二発目三発目も腹だった。殺す気なら簡単にヘッドショット出来る状態だったのに」

 何より美月の、あの悲しそうな眼……

「だから隊長は美月には殺意が無かったと……」

「何か事情……裏がある。黒さんはそう思うんだね?」

 誠一に確認しながら、良二もそう信じたいと思った。自分の利益や恨みでそんなことを美月がしでかすなど、良二も考えたくなかった。しかし、

「それでも!」

いきなりラーが大声で抗議した。

「それでも、セイイチさまをこんな目に遭わせたこと、リョウジさんやヨウコさんの前ですが私は承服できません! 事情があれば話せばいい事! 殺意が無かったと言っても、今回は運が良かっただけで! 万一、万一の事が有ったら私は、私は!」

「夜王、抑えろ」

「しかしホーラさま!」

「すまんなラー。今は……今はまだ美月を責めないでやってくれ。キミたちが俺を心配してくれたことは心底嬉しいし有り難いよ。だが今は……な?」

「う……」

「……頼む……」

 その誠一の言葉に、感謝と懇願の目線に、ラーは怒りの思いを飲み込まざるを得なかった。

 つい感情が出てしまったが、一番つらいのは誠一だ。

 その誠一がそう言うからには、これ以上、美月を悪く言うことは出来ない。

 そんなラーの手を、誠一は優しく握ると、

「美月の事、『許さない』とは言わなかった事には……感謝するぞ」

と、微笑を浮かべて囁いた。

「申し訳ありません、つい……」

 誠一は握ったラーの手にゆっくりではあるが力強い口づけをした。

「ライラ陛下、セイイチを見つけて下さり、感謝の念に堪えません。このご恩、我は一生忘れません!」

「や~、見つかってよかったよぉ~。リョウくんから呼ばれてすぐ天眼で探したのに、遺体の気配すら見えなかったんだもん~。さっきも、なんだかいきなり現れたって感じでさ~」

「ああ、実はテクナール殿の工房で手当してもらっていたんだよ」

「テクナールの? あやつ、あんな所に工房を持っていたのか? 休みの日は全く足の掴めない奴だったが」

「どうやら多重に結界を張ってたみたいでね。念話も届かないし、ライラちゃんや猊下の天眼でも見つからんと豪語してたよ」

「え~? 秘密基地じゃあるまいし」

 良二が呆れながら言う。それさえなければ夕方ごろには見つかってたかもしれないのに、とも。

「あ、ここだけの話て言ってたから内緒にな? テクナールには借りが出来たし」

 いや、もう手遅れでしょ?


 傷の手当てが終わった誠一は、改めて自分が撃たれてからの状況推移について、皆から説明を受けた。

「そうか、美月は今は沢田くんと行動を共にしてる可能性大なんだな?」

 誠一の問いに良二は頷いた。

「昨日の面会……多分、そこで今日のことを相談し合っていたと考えるのが妥当なところだと思う。それにしても……」

「ああ、動機が皆目わからんな」

「ミカちゃんの言うように駈け落ちだとしたって……一体どこへ逃げるの? 伝手もないアデスじゃ天界にしろ魔界にしろ人間界にしろ、当てになる人もないし無謀すぎるわ」

「それに駈け落ちならクロさんを撃つ理由がわからないっす。」

「主様が邪魔である……そう言う条件が必要な動機……」

「ライラちゃん? 以前にミカドと増殖した魔獣を人間界に放り込んでケリをつけさせようって勢力がいたって話し、してくれたよな? そう言った連中が沢田くんを利用するために何かの甘言でそそのかした、もしくは利用したって線は無いかな?」

「可能性はあるけど新生計画の大綱、三界の安定路線になってからは連中の動きも弱くなったし、監視もされてるはず。そうよね、ラー?」

「はい、彼らには最近目立った動きはないはずです。それに、それだと却ってその連中に疑いが持たれてしまいます。セイイチさまを狙撃する理由は、やはり薄くなるかと?」

「沢田くんがそそのかされたのか、自発的に動いたのか、その辺りが分かればなぁ。なあライラ、沢田くんや美月の居場所は天眼では探せないのかい?」

「サワダは会ったこと無いからミツキちゃんを探してみたんだけど……全然わからないの。まるで朝方の隊長さんを探してる時みたいに何も感じないのよね。一定時間ごとに探索はしてみるけど」

「頼むよ。居所さえわかれば、すぐに事情を聞きに行きたい」

「マリアル、貴様が撃たれた時も美月は一人だったんだな? サワダは居なかったのだな?」

「ああ、撃たれて回復魔法が効かないと分かってすぐ転移したからな。おそらくあの後、サワダ卿と合流したんだろう」

「その後の目撃情報は天界でも魔界でも全く無し……まさに雲隠れですわ」

 早々に手詰まりだ。居場所や移動経路が分かればある程度の推測も出来るが、その辺りの情報が全く無い状況では手の打ちようもない。

「彼らが何か事を起こすまで、待つしかないのかなぁ」

 良二は力無く呟いた。ついで誠一を見る。

 誠一は容子の治療を終えて新しい包帯を巻いてもらった後、上着を整えていた。もう傷は塞がっているが、再生して間もない皮膚を護るためだろう。

 ひと息ついている誠一の目を見て、いつもと違うその目の動きに、良二は軽く眉間にしわを寄せた。

 誠一の目は半分ほど伏せられ、視線を下に向けながらもホーラとマリアルを交互に眺めている。

 彼一流の、悪い目だ。

 そんな誠一がマリアルに聞いた質問の口調は、驚くほど平静であった。

 まるで、ここにいる全員が既に知っていることを確認するだけのような、そんな口調だった。

「まあ沢田君はある程度、この計画の大綱は説明してもらってるはずだしなぁ。マリアル殿? テクナール殿が言ってたが、ミカドの魂を分離した後は12神が召喚魔法陣でアデス外に転送する段取りになってるんだよね?」

「いや、強制起動はあくまで奥の手でミカドの新生次第だから……あ!」

 マリアルは思わず誠一を睨んだ。誘導された事に気付き、噂通りの奴だったか! と言いたげな眼で。

「セイイチ!」

 ホーラが叫んだ。誠一に飛びつき襟元を締め上げる。

「ホーラさま何を! 主様のお怪我に触るではありませんか!」

 諫めるシーナ。しかしホーラは止めない。

「貴公! こんな時にまたやらかすか! 懲りたんじゃないのか!」

 詰め寄るホーラ。

 ――やりやがった! 黒さん久しぶりのカマかけ!

 しかし今回は良二は誠一を支持したくなった。何かが陰に潜んでいる、そんな予感が募る。ホーラにとっては知られたくなかったであろう事案が……

 睨みつけるホーラであったが、誠一は逆にホーラを問い詰めた。

「ホーラ。最初から行程に入っていたのか?」

 かつてない厳しい形相の誠一。

「セイイチ……」

「答えろ、ホーラ! 最初から計画に入っていたのか!? それをやると魔法陣と地球との繋がりはどうなるんだ!?」

「あ、あああ……」

 ホーラは答えに詰まった。だがそれが答えだと誠一も、そして良二も思った。認めたくない現実だが彼女は最初から知っていたのだ。魔法陣の、もう一つの使い道を。

 と、その時、

バァーン!

部屋の扉が勢いよく開き、重武装の鎧を纏った神族の衛兵らしき連中が、部屋になだれ込んできた。数は10名を超えていよう。良二たちの逃げ場を断つ布陣で、あっという間に展開、包囲した。

「宮殿警衛隊!? 何? なんですの!?」

 珍しくラーが慌てふためく。

 宮殿警衛隊は、宮殿及び帝府の治安を守る最高位の部署である。

 兵員は防衛軍から選抜された上級者で構成されており、彼らが相手をする連中は帝府、引いてはメーテオールに仇なす輩と言うことだ。その彼らが何故ここに?

「特別遊撃隊長クロダ少佐ですね?」

 一番、位の高そうな兵が誠一に確認する。

「……そうだ」

「我らは帝都府宮殿警衛隊のものであります。クロダ少佐、キジマ中尉、コバヤシ中尉、並びに秘書官シーナ・エウロパ、アマテラ王国王女カリン・アマテラ、エスエリア王国・フィリア王女侍女メア・キャーロル。以上の者をアデスに対する反乱共謀罪の容疑で逮捕、拘束いたします。宰相ディーテ閣下署名の逮捕状もございますが、ご確認なさいますか?」

「なんだと!」

「なぜあたしたちが!?」

「そんな! お姉さまがなぜ!」

 良二に容子、そしてメリアンも叫ぶ。

 その横で、誠一は再びホーラを見た。

 彼女は狼狽していた。

 違う、我は知らない、我は何も聞いていない、と言いたげに首を横に振る。魔法陣の事はともかく、この、自分の与り知らぬ帝都府の所業にも噛んでいると誠一に疑われている、その悲しさが溢れるほど表れている彼女の眼が気の毒なくらいだ。

 ホーラはそんな誠一の視線を振り切り、歯軋りが聞こえそうな形相となって衛兵の前に歩み寄り、すぐに詰問をはじめた。

「彼らを逮捕とはどういうことか! サワダとの共謀なら、お門違いもいいところだ! 彼らは被害者なのだぞ!」

「サワダ卿、マツモト卿のご謀反の次第が判明するまでの間、彼らを拘束する事をミカド新生計画実行委員会が承認致しました」

「バカな! 天界の委員長は我だぞ! そのような事案は初耳だ!」

「緊急事態につき、現在は運営条項第4条第1項を根拠として、最高顧問の宰相ディーテ閣下が全権を掌握致しております。ホーラ閣下の委員長権限は一時凍結となりました」

「ふざけるな! それは我やローゲンセン、フィリア王女の任務続行が不可能になった時の条文だ!」

「申し立ては帝都府を通じ、ディーテ閣下にお願い致します。今、妨害なされますとホーラ閣下も公務執行妨害の(かど)で拘束しなければなりません。ここはご堪忍を」

 そう言いながら、男は部下に目配せをした。衛兵たちが良二らを拘束するために前へ出ようとする。

 が、それを遮るように、

「待ちなさい!」

大魔王陛下立つ!

「私が誰かはわかっているわね? ここにいる遊撃隊の方々はキジマ中尉はじめ私の親族に準拠する者だと私、ライラ・サマエルの名で宣言します。天界と魔界との二界間条約に基づき治外法権の適用を求めます! 彼らの逮捕拘束は、私に剣を向ける事と同義と心得なさい!」

 親族に準拠! そう言う方法もあるのか、と良二は驚いた。まるで婚約宣言でもされたような気になったが……いや悪くない、いい方法だ……てか、ありがたい。

 だが、警衛隊の隊長らしき男は、そのライラの言葉にも全く動じる事は無かった。目尻すらピクリとも動いてはいない。

「陛下の御意に逆らうは本心ではございませんが、実行委員会発足後は作戦終了までの間、委員会々則が三界の全ての法令、法規、条令に優先される事はご存知かと思います。何とぞ、何とぞ、ご理解いただけますよう……」

 さすが防衛軍職種の中でも、選りすぐりのエリート兵だけの事はある。

 とは言え、ライラも当然引き下がれない。

「……あなたの、命令に従う真摯な態度と覚悟には敬意を表するわ。だけど宣言した以上は、私もあなたと同様、引く気は無いわ」

 ライラは拳に力を入れ始めた。

「下がりなさい! で無ければ!」

「ライラちゃん!」

 今にも警衛隊を屠らんばかりのライラを呼び止め、誠一は首を横に振った。

「でも隊長さん!」

 得心の行かないライラに、今度は小さく、諭す様に数度頷く誠一。

「貴官が隊長か?」

「はっ、宮殿警衛中隊第一小隊長グレン大尉であります」

「お役目ご苦労。我ら遊撃隊全員、貴官の指示に従おう。抵抗はしない」

「黒さん!」

「隊長!」

 腑に落ちない良二と容子が何か言いかけるが、誠一は手を上げ二人を制した。

 誠一の選択に、身に覚えも無いのに自分が罪人であると認めるなどと! との怒りすら憶える良二であったが、しかしここでこれ以上ゴネればライラの立場もマズい事になる、そう言う思いも同じく出て来る。

 ――ライラの気持ちは嬉しいが、彼女の立場を危うくさせては……

 良二は一つ深く息を吸い、自身を落ち着かせると、一旦は誠一に任せようと考え直した。

「ついては我ら二人の男はともかく、女性隊員への手錠、その他の身体的拘束はご容赦願いたい。陛下やホーラ委員長、夜王殿らの言動に対しても不問として欲しい」

「ご協力感謝します。少佐殿とキジマ中尉への魔力封印錠をもって要望を受け入れましょう」

 魔力封印錠とは、その名の通り体内での魔素の流れを攪乱し、魔法を使えなくする手錠だ。良二と誠一の両腕にその錠が、がっしりと嵌められた。

「セイイチ!」

「セイイチさま!」

 ホーラとラーが誠一に縋りつく。

「ホーラ……キツい言い方をして済まなかったな。ラー、やはり俺は、君たちを信じてるよ」

「待っててください、必ず! 必ずご自由に!」

「セイイチ! 我は、我は!」

 誠一はにっこり微笑むと二人の頬にキスをした。

「リョウくん、あたし……」

「大丈夫だよ。必ず戻ってこれるさ」

「あたしもこれからメルのところへ行ってくるわ! 待ってて、必ず自由にしてあげるから!」

「うん、ありがとうライラ……愛してるよ」

 ライラは良二に力の限り抱きつき、唇を重ねた。

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