幕間 「自分の言葉」
謁見から戻って一夜明けた翌朝、セバスチャンが書類を
持って執務室に入ってきた。
月次の進捗確認だった。いつも通りの時間に、いつも通
りの書類を持ってくる。そういう人間だ。
「昨日のご報告を伺えますか」
「つつがなく」
「アリシア様のご様子は」
「問題なかった。仕事の話は三十分で終わった。国王も
満足されていたと思う」
「そうですか」
セバスチャンがこちらを一度見てから、書類に視線を戻
した。
「……何かあったんですね」
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ディアスは少し笑った。
「分かるのか」
「昔から変わっておられません」
「それはそうだな」
書類の確認が一通り終わってから、ディアスは言った。
「国王が彼女を欲しがった。うちよりできることが多い
だろう、来ないかと」
セバスチャンの手が止まった。「陛下が、直接」
「冗談だよ、あの人なりの。ただ——まったく本気じゃ
ないとも言い切れない」
「アリシア様は」
「固まっていた。断り方を探してた」
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「それで、俺が断った」
セバスチャンが「どのように」と聞いた。報告を受ける
ときの顔だった。
「冗談はやめてください、と。それから——彼女は私の
アリシアです、と言った」
セバスチャンが書類から目を上げた。初めて。
少し間があった。
「……陛下の前で」
「うん」
「王妃様も同席の」
「そうだ」
「……」
「何も言わなくていい」
「いえ」セバスチャンが静かに言った。「何も言いません」
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それからしばらく、二人とも黙っていた。セバスチャン
は書類を整えていた。ディアスは窓の外を見ていた。
「国王は笑ってた」とディアスが言った。「王妃が、
『ディアスがそこまで言うのは初めて見たわ』と」
「そうでしょうね」
「陛下もそうだな、という顔をしていた」
「そうでしょうね」
「……二回言う?」
「二回言いたいので」
ディアスはまた少し笑った。
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「一つ聞いていいですか」セバスチャンが言った。
「どうぞ」
「あの言葉は、考えてから言いましたか」
「いや」
「言ってから気づいた、ということですか」
「そうだ」
「何に」
「自分がそう思っていることに」
セバスチャンがしばらく黙った。それから、静かに言った。
「……長くお側におりますが」
「うん」
「そのようなことをおっしゃるのは、初めて聞きました」
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「アリシア様は」とセバスチャンが続けた。「昨夜から
様子がおかしいそうです」
「クラーラから?」
「はい。書類が三行しか進んでいなかったと」
「……そうか」
「あの方は、言葉で言われたことしか言葉として受け取
りません。ただ、昨日の言葉は仕事として処理できなかっ
たようです」
ディアスは天井を見た。
「つまり、今が好機だと言いたいのか」
「申し上げているのは事実です」
「回りくどい」
「公爵様が遠回りをされるので」
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「言葉で言えばいい、ということか」
「はい」とセバスチャンが言った。「今度は、ハッキリと。
言い訳なしに」
「言い訳なしに」
「昨日は陛下がいらっしゃったから言えた、では困ります」
「……きついな」
「今もそのようにお見受けしておりますので」
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「分かった」ディアスは言った。「ただし、俺のやり方で」
「アリシア様がご理解できる方法で、お願いいたします」
「それが俺のやり方だよ」
セバスチャンが書類を持ち直した。一礼して、扉に向か
った。扉を開けながら、少し間を置いて言った。
「……上手くいくといいですね」
珍しい言い方だった。
「お前にそれを言われるとは思わなかった」
「私も思いませんでした」
扉が閉まった。




