幕間⑦ クラーラ(謁見後)
アリシア様が屋敷に戻られたのは、夕方だった。
お顔の色は悪くなかった。お疲れでもなさそうだった。
ただ、馬車から降りたときから、少し遠かった。目が、
どこか別のものを見ていた。
仕事をします、とおっしゃった。
いつもと同じ言葉だった。でも、いつもは言葉の前に
一瞬の判断がある。今夜はそれがなかった。
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一時間後、お茶を持って執務室に入った。
アリシア様はペンを持ったまま、止まっていた。書類
を見ているようで、見ていなかった。
テーブルにカップを置いた。気づかれなかった。
「アリシア様」
「……あ」
顔を上げた。少し間があってから、「ありがとうございます」
と言った。
書類に目が戻った。三行しか書かれていなかった。
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クラーラはアリシア様が来られた頃のことを、今でも
よく覚えている。
最初は正直、近寄りがたかった。何でも一人でできた。
何も頼まなかった。こちらが何かをする前に、必要なもの
を自分で判断して動いていた。侍女が入る隙間がなかった。
懐かれている、と気づいたのはいつだったか。
気づいたら、アリシア様がこちらに話しかけるように
なっていた。なんとなく、が出てきていた。「クラーラ、
少し聞いていいですか」「これはどう思いますか」。仕事
の話だった。でも、誰かに聞く必要があって聞いていた。
変わったのだと思う。少しずつ、気づかないうちに。
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今夜も、三行だけの書類を見ていた。
ペンが、動いていなかった。
クラーラは部屋の端で控えながら、見ていた。こういう
ときに声をかけると、アリシア様は「大丈夫です」と言う。
大丈夫かどうかの話ではないのだが、そう言う。
だから、待った。
しばらくして、アリシア様が小さく息をついた。それ
から、ペンを置いた。
「クラーラ」
「はい」
「……今日は、もう上がっていいです」
「かしこまりました」
一礼して、扉に向かった。
「クラーラ」
振り返った。アリシア様は書類を見たまま言った。
「……謁見というのは、疲れるものですね」
「そうでございますね」
「そうですね」
それだけだった。アリシア様は、また書類を見た。
クラーラは扉を閉めた。廊下に出て、少し歩いて、
止まった。
謁見が疲れた。そう言いたいわけではないだろうと、
思った。
何かが、あったのだ。
小さくため息をついた。公爵様のこともある。アリシア
様のこともある。この屋敷は、静かなわりに、目が離せ
なかった。




