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元社畜令嬢、婚約破棄されたので隣国で本気出します  作者: ハル


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第二十八話 「謁見」

 扉の先は、広い部屋だった。


 天井が高い。左右に柱が並び、正面に玉座があった。

窓から差す光が、まっすぐそこへ伸びていた。


 玉座に人が座っていた。五十代ほど。体格は良い。表情

は静かで、こちらをまっすぐ見ていた。


 その隣に、もう一脚、椅子があった。座っている女性は

国王より少し年下に見えた。表情は穏やかで、何も言わ

なかった。


 ディアスが頭を下げた。アリシアも倣った。


 「アリシア・フォン・ランベルトと申します。お召し

いただき、光栄に存じます」


 「顔を上げろ」


 低く、よく通る声だった。


━━━━━━━━━━━


 「北部輸送路の件、報告は受けている」


 国王が言った。


 「クロイツの仕入れルートが詰まった。原因を辿れば

我が国の北部貿易管理の崩壊だった。それをクロイツの

顧問が止めた」


 「はい」


 「ヴァルナ王国側の商流まで回復している。これは

計算の上か」


 「はい。根本を直さなければ、またいずれ同じことに

なりますので」


 少し間があった。


 「我が国の財務卿が三ヶ月かけて原因を見つけられな

かった問題だ」


 アリシアは返事をしなかった。


 「礼を言う」国王が言った。「それが、今日の用件だ」


━━━━━━━━━━━


 「望むものを言え。クロイツへの便宜でも、個人への

報酬でも」


 アリシアは少し考えた。クロイツ公爵家にとって何が

最も有効か。通商協定の条件、北部街道の整備、関税の

見直し——


 「……少し、考える時間をいただけますか」


 「構わない」


 国王が言った。それから玉座を立った。


 段を降りながら、表情が少し変わった。


 「……ところで」


 声が、軽くなった。


 「ディアスのところより、できることが多いと思うけど。

いっそ、うちに来ないか」


 アリシアは顔を上げた。


 国王が笑っていた。さっきまでとは別の顔だった。


━━━━━━━━━━━


 断ったらまずい。


 頭の中でそれだけが動いた。国王からの直接のオファー

だ。断り方を間違えれば、クロイツとの関係にも響く。

適切な言葉を選ばなければ——


 (でも)


 嫌だった。


 理由を言葉にするより先に、そう思っていた。


 「……その件は」


 声が出たが、続かなかった。


 「陛下」


 ディアスが言った。


 静かな声だった。普段と変わらない声だった。ただ、

一歩だけ前に出ていた。


 「冗談はやめてください」


 国王が少し眉を上げた。ディアスが続けた。


 「彼女は私のアリシアです」


 部屋が、静かになった。


━━━━━━━━━━━


 最初に動いたのは王妃だった。


 「……まあ」


 小さな声だった。それから、くすりと笑った。


 「ディアスがそこまで言うのは、初めて見たわ」


 国王も笑っていた。さっきより、もう少し深く。


 「そうだな」と国王が言った。「悪かった、冗談だ」


 あっさりと、引いた。


 ディアスが一歩下がった。表情は変わっていなかった。


━━━━━━━━━━━


 謁見が終わったのはそれから少しして、だった。


 廊下に出て、アリシアは歩いた。ディアスが隣にいた。

どちらも何も言わなかった。


 (私のアリシア)


 頭の中で、言葉が繰り返された。


 仕事として処理しようとした。クロイツ公爵家の顧問

として、公爵が所有権を主張した。外交的な意味合いが

ある。適切な対応だった——


 できなかった。


 言葉が、仕事にならなかった。


 アリシアは前を向いたまま、歩き続けた。隣のディア

スを見なかった。見られなかった。

私のアリシア?!

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