第二十七話 「道中」
馬車は朝のうちに出た。
アリシアは膝の上に書類を置き、手を止めなかった。
想定される質問の順序。数字の確認。クロイツ側の立場
として答えるべき範囲。整理すべきことは書き出してある。
正面のディアスは窓の外を見ていた。
「読んでる」
「はい」
「ずっと」
「必要なことです」
ディアスが何か言いかけて、やめた。
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一時間半ほどして、アリシアは書類を束ねた。
あと確認するとすれば、想定外の質問への対処だけ
だった。それは準備できるものではなかった。
「終わった?」
「おおよそは」
「おおよそ」ディアスが繰り返した。「残りは」
「数字に関係しない質問です。国王がどういう方か、
書類には書いていません」
ディアスが窓から目を離した。少し考えてから言った。
「よく笑う。意地が悪い。頭はいい」
「……三点ですか」
「数字より人を見る方だ」
アリシアは書類を揃えた。「分かりました」
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街道が広くなった頃、馬車の速度がわずかに落ちた。
「王都、初めて?」
「……はい」
「どう見える」
アリシアは窓の外を見た。「思ったより大きいです」
「そう」とディアスが言った。「俺も、初めて来たとき
そう思った」
「……公爵様も」
「国王に連れてこられた。まだ子どもの頃。父が亡く
なった年だった」
アリシアは何も言わなかった。
「怖かったな、あの頃は」ディアスが窓の外を見なが
ら言った。声の調子は変わらなかった。「今日みたいな
日。知らない部屋で待ってて、扉が開いたら何が始まる
か分からなくて」
「……そうでしたか」
「終わってみれば大したことなかった。でも待ってる
間が一番長い」
アリシアは前を向いた。「……覚えておきます」
馬車が速度を落とした。石畳の音が変わった。
アリシアは書類を鞄に入れた。手の動きを止めずに
言った。
「……ありがとうございます」
ディアスは答えなかった。窓の外を見ていた。口の端
が、少し動いたかもしれなかった。
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門をくぐったとき、空気が変わった。
石造りの廊下。天井が高い。足音が響いた。案内の
侍従が前を歩き、ディアスがその隣に並んだ。アリシア
はその後ろだった。
廊下の窓から中庭が見えた。整えられた芝。噴水。
手入れに相当な人手をかけていることが造りを見れば
分かった。
(規模が、違う)
クロイツ公爵邸も小さくはない。ただここは別の種類
の大きさだった。国の予算が石の一つ一つに積み上げ
られている。前を向いた。今は計算する場面ではなかった。
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待機室に通された。椅子が二脚。テーブルに水差し。
侍従が「しばらくお待ちください」と言い、扉を閉めた。
二人になった。
アリシアは椅子に座らなかった。立ったまま部屋を
一度見渡した。
「座らないの」
「……落ち着かないので」
ディアスが椅子に座りながら、少し見た。「正直だ」
しばらく、静かだった。廊下を通り過ぎる足音。遠く
で扉が閉まる音。それだけだった。
ディアスが立ち上がった。アリシアの隣に来て、同じ
方向を向いて立った。特に何も言わなかった。
アリシアも何も言わなかった。
ただ、少し前より落ち着いていた。理由は分からな
かった。
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扉がノックされた。
「お時間です」
アリシアは息を一つ整えた。書類の確認は終わっている。
準備すべきことはした。あとは扉の向こうだけだった。
ディアスが先に動いた。扉に手をかけて、一度だけ
アリシアを見た。
何も言わなかった。
扉が、開いた。




