第二十六話 「波及」
別の書類を広げていたとき、ノックがあった。
セバスチャンだった。
「北部農産物の流通量、確定値が出ました」
書類を受け取った。数字を見た。先月比で二割三分の改善。見込みは二割だった。
「ありがとうございます」
「……それからもう一点」
セバスチャンが続けた。いつもより、少し間があった。
「アリシア様がいらした隣国……ヴァルナ王国側にも、波及が出ています」
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「どの程度ですか」
「北部の輸送コストが先月比で八パーセント改善しています。商会筋からの情報ですので確度は六割ほどですが」
「方向性としては合っています」
「はい」
アリシアは書類を机に置いた。「そうなりますね。クロイツの仕入れルートが回復すれば、川上から順に動く。ヴァルナ王国の北部はその川下にあたります」
「……最初から、そこまで見えていたのですか」
「計算はしていました」
セバスチャンが少し間を置いた。「失礼しました。確認するまでもありませんでしたね」
「いいえ」とアリシアは言った。「確認は必要です。計算と現実は違うことがあります」
セバスチャンが一礼して、下がった。
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午後、ディアスが執務室に来た。
手に書状を持っていた。「これ、届いたんだけど」
差し出した書状の封蝋を見た。見慣れない紋章だった。受け取って、開いた。
短い文だった。
クロイツ公爵に謁見を求める。顧問を同席させること。日時の指定が続いて、最後に署名があった。
「……どなたからですか」
「国王」ディアスが言った。「うちの、ね」
アリシアは書状から目を上げなかった。
もう一度、最初から読んだ。内容は変わらなかった。
「……謁見ですか」
「うん」とディアスが言った。「顧問指名で」
アリシアは返事をしなかった。書状を持ったまま、何も言わなかった。ディアスを見ようとして、目が書状に戻った。
「……そうですか」
声が、少し遅かった。
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「クロイツの件について話を聞きたい、ということですね」
「そういうこと」
「分かりました。準備することは」
「それは後でいい」ディアスが言った。何かを言いかけて、やめた。軽く書状を指で示して、部屋を出た。
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一人になってから、アリシアは書状をもう一度手に取った。
謁見。
言葉として処理しようとした。業務上の対応。準備すべきことがある。資料の整理、想定問答、当日の所作。仕事として整理できることはいくつもある。
(ただ)
カルディア王国の国王が、顧問一人の話を直接聞きたいと言っている。
それが何を意味するかは、分かっていた。分かった上で、仕事として処理しようとしていた。
窓の外を見た。
計算の外に出たのは、これが初めてだった。




