表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元社畜令嬢、婚約破棄されたので隣国で本気出します  作者: ハル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/48

第二十四話 「条件は全員」

 呼んだのは六名だった。


 北部の農産物取引に関わる主な商人、手形の連鎖に入っている者を中心にセバスチャンが選定した。招集状はクロイツ公爵家の名義で出した。


 断った者はいなかった。


━━━━━━━━━━━


 応接室に椅子を六つ並べた。普段は来客一名を迎える部屋だ。六名が座ると、少し狭い。それでいいとアリシアは思っていた。同じ空間にいる、という感覚が要る。


 セバスチャンが先に全員を通し、アリシアは廊下で待った。


 中から声が聞こえた。ゴットハルトとヴァルターは顔見知りらしく、短い言葉を交わしていた。残りの四名の声は少なかった。


 「揃いました」とセバスチャンが戻ってきた。


━━━━━━━━━━━


 入室すると、六名が立ち上がりかけた。「お座りください」と言って、机の正面に立った。


 「本日はお時間をいただきありがとうございます。クロイツ公爵家特別顧問、アリシア・フォン・ランベルトです」


 短く名乗った。余分な前置きは省く。


 「皆さんにお集まりいただいた理由は一つです。お手元の問題を、全員で同時に解決できる方法があります。今日はその話をしに来ました」


 誰かが小さく息を吸った。


━━━━━━━━━━━


 机の上に紙を広げた。六つの円と矢印の図。


 「北部の取引に関わる六者の手形の流れを図にしました。一は二への支払いを待ってもらっている。二は三に、三は四に、四は五に、五は六に、六は一に——」


 「……それは」


 端に座っていた男が口を開いた。カールステン、麻布の卸業者だ。六名の中では一番若い。


 「うちの話ですか」


 「六者全員の話です」


 静かになった。全員が図を見ていた。自分の位置を探している。どの円が自分で、矢印がどこに向いているか。


 ゴットハルトが先に見つけたようだった。大きな手で図の一点をそっと押さえた。何も言わなかった。


━━━━━━━━━━━


 「現金は、誰の手元にも動いていません」とアリシアは言った。「手形が回っているだけです。これが今の状態です」


 「それは……分かっていますが」とカールステンが言った。「だから困っているわけで」


 「はい。では、解決策を見せます」


 もう一枚、紙を取り出した。三つの円と矢印、そして中央に大きくゼロと書いてある。


 「三者で考えます。一が二に百払う予定。二が三に、三が一に百払う予定——この場合、実際には誰も払わなくていい。三者が同時に合意すれば、全員の手形が消えます」


 沈黙があった。


 「……消える」とカールステンが繰り返した。「それはどういうことですか」


 「誰も損しません。誰も得もしません。手形が消えるだけです」


━━━━━━━━━━━


 「待ってください」


 カールステンが身を乗り出した。「お金が消えるということは、誰かが損をしているということでしょう。どこかに消えた分が行くはずです。そうでなければ話が合わない」


 部屋の空気が動いた。同じことを思っていた者が、他にもいる。


 「ゴットハルトさん」


 アリシアが名前を呼ぶと、男が顔を上げた。


 「私も同じ疑問を持ちました」とゴットハルトが言った。低い声だった。「先日、この方と話をしたとき、同じことを言いかけた」


 「どうなりましたか」


 「図を見て、自分で気がつきました」


 ゴットハルトがカールステンの方を向いた。「矢印が全部つながっているのが見えるか。お前が払う相手も、お前に払う相手も、同じ輪の中にいる。払った分は別の経路で戻ってくる。だから全員がゼロでトントンになる」


 カールステンが図に目を戻した。しばらく何も言わなかった。


━━━━━━━━━━━


 「本当に?」


 奥から声が上がった。年配の穀物仲買人、レマンだ。「本当に誰も損しないのか。そんな話が、あるのか」


 ヴァルターが隣で少し動いた。


 「ヴァルター」とレマンが言った。「お前はどう思う」


 「最初に聞いたときは信じなかった」とヴァルターが言った。「だが数字を見た。矛盾はない」


 「お前が言うなら」


 レマンがアリシアを見た。「……もう一度、説明してもらえますか。今度はゆっくり」


━━━━━━━━━━━


 アリシアは最初からやり直した。


 六者それぞれの立場から、順番に確認した。「あなたが払うはずだった額」と「あなたが受け取るはずだった額」を、一人ずつ声に出して数字を示した。


 数字が一致するたびに、誰かが小さく頷いた。


 カールステンが途中で「待ってください」と言った。「もう一度、そこを」


 アリシアは繰り返した。


 カールステンが紙に何か書き始めた。自分で確かめようとしている。しばらく書いて、止まった。


 「……本当に同じだ」


 誰も返事をしなかった。でも否定する声もなかった。


━━━━━━━━━━━


 「条件を一つ、確認させてください」とアリシアは言った。「これは、全員が同時に合意しなければ成立しません。一人でも抜ければ構造が崩れます。一対一の交渉では動かない。今日、この場で全員で決める必要があります」


 部屋が静かになった。


 「異議のある方はいますか」


 誰も口を開かなかった。


 「では」


 最初に手を挙げたのはゴットハルトだった。次にヴァルター。レマンが少し遅れて頷いた。カールステンが最後に、紙から目を離して手を挙げた。


 残りの二名が続いた。


━━━━━━━━━━━


 セバスチャンが書面を出した。六名が順に署名した。


 全員が部屋を出始めたとき、ゴットハルトだけが少し立ち止まった。


 「一つだけ」


 「はい」


 「この仕組みは、どこで知ったんですか。先日も聞きそびれた」


 「前の仕事で、似たことがありました」


 ゴットハルトが何か言いかけた。止めた。「……そうですか」


 出ていった。


━━━━━━━━━━━


 全員が帰った後、セバスチャンが書面を手に戻ってきた。


 「六名、揃いました」


 「ありがとうございます」


 「カールステンが最後に署名したとき」とセバスチャンが言った。「手が少し、震えていました」


 「気づいていました」


 セバスチャンが一礼した。「来週から、数字が動きます」


 「そうなります」


 少し間があった。


 「……楽しみにしています」


 アリシアは顔を上げた。セバスチャンはすでに扉の方を向いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ