第二十四話 「条件は全員」
呼んだのは六名だった。
北部の農産物取引に関わる主な商人、手形の連鎖に入っている者を中心にセバスチャンが選定した。招集状はクロイツ公爵家の名義で出した。
断った者はいなかった。
━━━━━━━━━━━
応接室に椅子を六つ並べた。普段は来客一名を迎える部屋だ。六名が座ると、少し狭い。それでいいとアリシアは思っていた。同じ空間にいる、という感覚が要る。
セバスチャンが先に全員を通し、アリシアは廊下で待った。
中から声が聞こえた。ゴットハルトとヴァルターは顔見知りらしく、短い言葉を交わしていた。残りの四名の声は少なかった。
「揃いました」とセバスチャンが戻ってきた。
━━━━━━━━━━━
入室すると、六名が立ち上がりかけた。「お座りください」と言って、机の正面に立った。
「本日はお時間をいただきありがとうございます。クロイツ公爵家特別顧問、アリシア・フォン・ランベルトです」
短く名乗った。余分な前置きは省く。
「皆さんにお集まりいただいた理由は一つです。お手元の問題を、全員で同時に解決できる方法があります。今日はその話をしに来ました」
誰かが小さく息を吸った。
━━━━━━━━━━━
机の上に紙を広げた。六つの円と矢印の図。
「北部の取引に関わる六者の手形の流れを図にしました。一は二への支払いを待ってもらっている。二は三に、三は四に、四は五に、五は六に、六は一に——」
「……それは」
端に座っていた男が口を開いた。カールステン、麻布の卸業者だ。六名の中では一番若い。
「うちの話ですか」
「六者全員の話です」
静かになった。全員が図を見ていた。自分の位置を探している。どの円が自分で、矢印がどこに向いているか。
ゴットハルトが先に見つけたようだった。大きな手で図の一点をそっと押さえた。何も言わなかった。
━━━━━━━━━━━
「現金は、誰の手元にも動いていません」とアリシアは言った。「手形が回っているだけです。これが今の状態です」
「それは……分かっていますが」とカールステンが言った。「だから困っているわけで」
「はい。では、解決策を見せます」
もう一枚、紙を取り出した。三つの円と矢印、そして中央に大きくゼロと書いてある。
「三者で考えます。一が二に百払う予定。二が三に、三が一に百払う予定——この場合、実際には誰も払わなくていい。三者が同時に合意すれば、全員の手形が消えます」
沈黙があった。
「……消える」とカールステンが繰り返した。「それはどういうことですか」
「誰も損しません。誰も得もしません。手形が消えるだけです」
━━━━━━━━━━━
「待ってください」
カールステンが身を乗り出した。「お金が消えるということは、誰かが損をしているということでしょう。どこかに消えた分が行くはずです。そうでなければ話が合わない」
部屋の空気が動いた。同じことを思っていた者が、他にもいる。
「ゴットハルトさん」
アリシアが名前を呼ぶと、男が顔を上げた。
「私も同じ疑問を持ちました」とゴットハルトが言った。低い声だった。「先日、この方と話をしたとき、同じことを言いかけた」
「どうなりましたか」
「図を見て、自分で気がつきました」
ゴットハルトがカールステンの方を向いた。「矢印が全部つながっているのが見えるか。お前が払う相手も、お前に払う相手も、同じ輪の中にいる。払った分は別の経路で戻ってくる。だから全員がゼロでトントンになる」
カールステンが図に目を戻した。しばらく何も言わなかった。
━━━━━━━━━━━
「本当に?」
奥から声が上がった。年配の穀物仲買人、レマンだ。「本当に誰も損しないのか。そんな話が、あるのか」
ヴァルターが隣で少し動いた。
「ヴァルター」とレマンが言った。「お前はどう思う」
「最初に聞いたときは信じなかった」とヴァルターが言った。「だが数字を見た。矛盾はない」
「お前が言うなら」
レマンがアリシアを見た。「……もう一度、説明してもらえますか。今度はゆっくり」
━━━━━━━━━━━
アリシアは最初からやり直した。
六者それぞれの立場から、順番に確認した。「あなたが払うはずだった額」と「あなたが受け取るはずだった額」を、一人ずつ声に出して数字を示した。
数字が一致するたびに、誰かが小さく頷いた。
カールステンが途中で「待ってください」と言った。「もう一度、そこを」
アリシアは繰り返した。
カールステンが紙に何か書き始めた。自分で確かめようとしている。しばらく書いて、止まった。
「……本当に同じだ」
誰も返事をしなかった。でも否定する声もなかった。
━━━━━━━━━━━
「条件を一つ、確認させてください」とアリシアは言った。「これは、全員が同時に合意しなければ成立しません。一人でも抜ければ構造が崩れます。一対一の交渉では動かない。今日、この場で全員で決める必要があります」
部屋が静かになった。
「異議のある方はいますか」
誰も口を開かなかった。
「では」
最初に手を挙げたのはゴットハルトだった。次にヴァルター。レマンが少し遅れて頷いた。カールステンが最後に、紙から目を離して手を挙げた。
残りの二名が続いた。
━━━━━━━━━━━
セバスチャンが書面を出した。六名が順に署名した。
全員が部屋を出始めたとき、ゴットハルトだけが少し立ち止まった。
「一つだけ」
「はい」
「この仕組みは、どこで知ったんですか。先日も聞きそびれた」
「前の仕事で、似たことがありました」
ゴットハルトが何か言いかけた。止めた。「……そうですか」
出ていった。
━━━━━━━━━━━
全員が帰った後、セバスチャンが書面を手に戻ってきた。
「六名、揃いました」
「ありがとうございます」
「カールステンが最後に署名したとき」とセバスチャンが言った。「手が少し、震えていました」
「気づいていました」
セバスチャンが一礼した。「来週から、数字が動きます」
「そうなります」
少し間があった。
「……楽しみにしています」
アリシアは顔を上げた。セバスチャンはすでに扉の方を向いていた。




