第二十二話 「川上の話」
面談の前日、アリシアはもう一度記録を出してもらった。
北部の中継拠点を押さえている業者、ゴットハルト輸送。ここ三ヶ月の扱い量の推移、通行使用料の変遷、取引先の一覧。数字を並べると、「調整」という言葉で片付けられる動きではないことが改めて分かった。
問題は金額の大きさではない。やり方だ。
公式な通達を出さず、取引先への個別対応として処理している。ルールの外に置くことで、抗議の窓口をなくしている。
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翌朝、セバスチャンが先方を応接室に通した。
ゴットハルト輸送の代表、クラウス・ゴットハルトは五十を過ぎた男だった。がっしりした体格で、日に焼けた顔をしている。座り方に業者の実務家らしい重さがある。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
「いえ」とアリシアは言った。「確認したいことがあってお呼びしました。単刀直入に聞かせてください」
ゴットハルトが少し背筋を正した。
「ここ三ヶ月で、通行使用料を引き上げていますね」
「……価格の調整は、随時行っておりまして」
「個別の取引先へ個別に通知するかたちで。公式な改定ではなく」
相手が黙った。否定はしなかった。
「理由を聞かせてください。責めているわけではありません。数字を見る限り、御社が悪意で動いているとは思っていない。何か事情があるはずです」
ゴットハルトが大きな手を膝の上で組んだ。
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少し間があってから、口を開いた。
「……仕入れが上がっているんです」
「仕入れ」
「荷馬の飼料、馬具の修繕、北部の宿賃。全部、去年の秋ごろから上がっています。特に飼料が」
「供給元はどちらですか」
「王国側の卸業者を三社使っています。去年まではそれで問題なかったんですが、各社が価格を上げてきまして。こちらも利幅が削られるので……」
アリシアは手元の紙に数字を書き留めた。王国側の卸業者。去年の秋。
「三社とも同じ時期に」
「はい。一番大きいところが先に動いて、残り二社が追った形です」
(川上で何かが起きている)
飼料の価格が動いたのであれば、その理由がある。需要の急増か、供給の減少か、あるいは流通の詰まりか。
「その卸業者とは直接やりとりがありますか。価格変更の理由を説明されましたか」
「コスト増、という説明だけで、詳細は」ゴットハルトが少し言いにくそうにした。「聞きに行ける立場でもないので」
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次の質問を選んだ。
「支払いの方はいかがですか。回収が遅れている取引先はありますか」
相手の顔が、わずかに変わった。
「……まあ、多少は」
「どのくらい」
「二、三社、手形の期日が延びていまして」
「延びている、というのは」
「先方も仕入れが上がっているので、手元が苦しいようで。少し待ってくれないかと。お互い様ですから、融通を利かせているだけです。問題というほどでは」
「その二、三社は、御社以外とも手形のやりとりがありますか」
ゴットハルトが少し考えた。「あると思いますが」
「御社への支払いを待ってもらっている間、その二、三社は別の誰かから受け取りを待っている可能性があります」
「……まあ、そうかもしれません」
沈黙があった。
ゴットハルトがゆっくりと顔を上げた。「つまり」
「現金が動いていない可能性があります。手形が循環しているだけで」
相手が何かを言いかけて、止まった。
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面談が終わって、ゴットハルトが帰った後、セバスチャンが戻ってきた。
「いかがでしたか」
「想像より、大きな話です」
「具体的には」
アリシアは書き留めた数字を見た。「川上の問題が川下まで来ています。輸送コストの話だけで終わらない可能性がある」
「川上というのは」
「王国側の卸業者です。そこが動いた理由が分かれば、構造が見えます」
セバスチャンが少し眉を動かした。「王国側の話になりますか」
「なるかもしれません」
しばらく考えるような間があった。「……調べられますか」
「やってみます。ただ時間がかかります。来週、もう少し分かります」
セバスチャンが一礼した。「承知しました。何かあれば」
「ヴァルターに連絡を取れますか。王国側の商流に詳しいはずです」
「手配します」
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夕方、書類をまとめながら、アリシアは少し考えた。
川上の問題。王国側の卸業者が去年の秋から価格を上げている。その理由がある。それを誰も聞きに行っていない。
(去年の秋から)
「北部の輸送費に一点気になる点がある」と先日ディアスに言った。気になる点が、今日で少し大きくなった。
(こういうのを、面白いと思っている)
昨日気づいたことを、今日また確かめた。誰かに言おうとして、ディアスの顔が浮かんだ。「楽しかったか」と聞こうとして止めた人の顔が。
なぜそこに結びついたのか分からなかった。
書類を閉じた。
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同じ頃、王国の財務会議室では。
「北部の食糧輸送に遅延が出ております」財務卿が資料を読み上げた。「先月に引き続き、農産物の入荷が予定より遅れている地域が複数あります」
「原因は」とレオナルドが言った。
「輸送業者の絞り込みが起きているようで、詳細はまだ整理中です。コストの問題とも聞いておりますが」
「整理中、というのはいつ終わる」
「もう少し時間をいただければ」
レオナルドは紙を机に置いた。
財政の数字。エミリアの件。そして今度は食糧輸送の遅延。報告を聞きながら、なぜかアリシアの顔が浮かんだ。
理由は分からなかった。
「次を聞く」




